《金貨300枚のはじまり》
Title:《金貨300枚のはじまり》
【第一章】はじめての市場、はじめての取引
英傑は広場を抜けると、すぐに商店が立ち並ぶ活気ある通りへと出た。屋台には見たことのない果物や、魔物の肉らしき干物、そして金属や革製の装備が所狭しと並べられている。
空気には香辛料と獣臭と、何とも言えない熱気が混ざっていた。
「すげぇ……ゲームみたい、って言ったらアレだけど……」
足元では、小さな動物型のゴーレムが荷車を引いている。耳には翻訳機能でもあるのか、周囲の喧騒が日本語のように聞こえてくる。
「そこの兄ちゃん、旅人かい? 宿なら『赤い月亭』が安くて安心だよ」
声をかけてきたのは、口ひげを生やした小太りの商人風の男だった。
首には金の鎖、そして腰には鍵束。見るからに金の匂いがする。
「うん、ありがとう。あと……この金貨、使えるかな?」
英傑はチュートリアルでもらった金貨袋から、1枚を取り出して見せた。
男の目が一瞬だけぎらりと光った。
「おぉ、王国通貨の金貨じゃないか。しかも、新鋳だ。……坊や、よほど運がいいね。じゃあ、まずはこれで情報屋に案内してやろう」
英傑は少し警戒しつつも、ついていくことにした。
情報こそ命。変な宿で金貨を丸ごと奪われでもしたら、元も子もない。
案内されたのは、通りの外れにある木造の小屋。看板には「知の家」とだけ書かれている。
「ここで、君の“冒険の第一歩”が決まる。……がんばりな、坊や」
男は笑いながら去っていった。
英傑は小屋の扉をノックし、そして中へと足を踏み入れた。
中は思ったよりも広く、壁一面に巻物や本が詰め込まれ、奥には白髪の老女が座っていた。魔法使いのようなローブを身に纏い、目を細めて英傑を見つめる。
「……異界の子か。久方ぶりじゃの」
「えっ……? 俺のこと、知ってるんですか?」
「おぬしが手にしているその本と、背負っている剣。それらは古の予言にある“境界を越える者”の証。……いずれ、おぬしはこの王国の命運に関わる」
英傑は唖然とした。勇者でも、選ばれし者でもないはずだ――でも、今、そう言われたのだ。
「……そんなの、俺には無理です。勉強も運動も中の下、夢も目標もない、ただの中坊でした」
老女は、微笑んだ。
「だからこそ、おぬしに“余白”があるのじゃ。可能性とは、まだ満ちていない者の中にこそ宿るものよ」
静かに語られる言葉が、英傑の心に染みていく。
「……俺、本気で変わりたいと思ってる。自分のこと、好きになりたいんです」
老女はうなずき、小さな水晶玉を差し出した。
「これを握って、心に誓うがよい。“何を成し、何を失っても、自らを見失わぬ”と」
英傑は水晶を両手で包み、心の中で叫んだ。
――ここで、生きる。ここで、変わる。
その瞬間、水晶が淡く光り、部屋の空気が一変する。
「契約は、結ばれた。さあ、旅を始めよ、“境界を越えし者”よ」
英傑の冒険が、正式に幕を開けた。