第5話「帰宅したら姉も妹も聖女もいて、私の布団が全滅してた件」
ユグナス市・中立調整庁官舎A棟──
私は玄関のドアの前で、深呼吸した。
(よし……静かに開けて、バレないように部屋まで……)
カチャ。
「──おかえりなさいませ、ユリカさん」
ドアを開けた瞬間、まっすぐに聖女が立っていた。
「なんでいるの!? 家族より先に!?」
「本日は“帰宅直後の観察”をテーマに自主研究を進めておりまして」
「自主研究やめて!? 家庭内侵入の理由にならないから!?」
後ろを振り向けば、
姉(魔王)がソファに寝そべりながら葡萄を食べていた。
「ふふ、ようやく帰ってきたのね。今日もまた、あなたを奪い合うことに疲れたわ……私以外の存在と」
「誰が葡萄食べさせてんの!? グリューナ!? 部下に給仕させないで!!」
反対側では妹(勇者)が床に座って膝を抱えている。
「……私、ずっと待ってたんだよ。玄関で。結局、裏から帰ってくるなんて、ひどくない?」
「いや、あれは私の意思じゃなくて、先生たちの配慮で──」
「じゃあ……どうして、私に何も言わずに帰っちゃったの……?」
ミリアの目が、うるっとしていた。
やめて! そういう目はずるい!!
「え、えっと、今日はもう疲れてて……部屋でちょっと休もうかと……」
「それならベッド整えておいたわ」
姉が微笑む。
「枕には私の魔力をしみ込ませてあるから、よく眠れると思う」
「やめてええええええ!!」
「私の毛布で包んでおいたから、ぬくぬくだよ……」
妹がぽそっと言う。
「どんな熱狂的なファン!? ここ我が家だよね!?!?」
私はリビングの真ん中で立ち尽くしたまま、静かに息を吐いた。
「ねえ、今日だけは……ひとりでごはん食べてもいい?」
その言葉に、全員が動きを止めた。
「……ひとり?」
姉の瞳が細くなる。
「……どうして、みんなでじゃないの?」
妹が口を尖らせる。
「えっ、いや、その……一人の時間も大事かなって……」
「それは否定しない。けれど、その“一人”があなたなのが問題なのよ」
「わけがわからないよ!!」
「じゃあ、私の部屋で二人きりなら……それは“一人ごはん”じゃないよね?」
聖女が割って入ってくる。
「三人きりも、一人扱いでは?」
姉。
「私とユリカが“ふたり”なら、それが“ひとつ”だよ」
妹。
「もはや数学じゃなくて哲学なんよ!!」
結局その晩、私は三人分の視線に囲まれながら、ごはんを食べた。
テーブルの上に並ぶのは、
姉のオムライス(ハートマーク入り)、
妹のおにぎり(名前刻印入り)、
聖女の三色煮物(神託付き)。
(……胃じゃなくて心がいっぱいだ……)
ふと、思った。
この毎日が、いつか崩れることがあるとしたら──
そのとき私は、誰の手を取るんだろう。
……いや、まずは明日、生きて帰ってこよう。
「ごちそうさまでした」
三人同時に、笑顔になった。
「「「おかわりあるよ」」」
──平和とは、たぶん違うけど。
私は今夜も、生きている。




