第3話「机が供物で埋まる朝、授業は私の観察で始まる」
ユグナス中央アカデミア──通称ユグアカ。
中立地帯にある唯一の超国家型学園。各国のエリートと、ちょっとヤバい子が集まる不思議な学校。
私はその2年生。そして今日も、私の席が見えない。
「……机が、どこ?」
教室に入ると、まず目に飛び込んできたのは。
花束。
お菓子。
魔導手紙。
精霊による風のエフェクト。
「……完全に、墓じゃん」
机の上に置かれた数々の“供物”を前に、私はしばらく沈黙した。
「ユリカ先輩!本日も献上物をお預かりしておりますっ!」
ロゼッタが敬礼しながら駆け寄ってくる。
「今日の納品リストはこちら! 魔王領からの感謝の言葉(巻物)、勇者領からの祝詞(カラフルな短冊)、聖女様からの……えっと……“個人的な念波記録”です!」
「……念波!? もはや感情じゃなくて呪いの領域だよねそれ!?」
「あと机の下には、グリューナさんが忘れていった“生肉の塊”が──」
「いらないから!!なんで戦士の贈り物がサバイバル系なの!?」
私はお菓子と巻物だけ慎重にどかし、ようやく椅子を引いた。
「今日も席、使えるだけマシか……」
先週は“ユリカ信仰委員会”のせいで、机ごと祭壇になってた。あのときはさすがに先生が怒った。
1時間目。魔導言語。
先生が黒板にルーン文字を書きながら話している。
「では、この魔文字“クヴァレ”は“安寧”を意味します。──ところでユリカさん、昨日の“家庭内戦争記録”について、補足をお願いできますか?」
「なんで!? なんで授業中に私の家の話すんの!?」
「前期のレポート、全員“ユリカの1日”に関する比較分析なんです」
「課題がストーキング前提じゃん!!」
「ちなみに私は“寝起き直後のユリカの語彙分析”を選びました!」
ロゼッタが手を挙げるなり、私はちらっと彼女の方向を見た。
「……あれ? ロゼッタ、あんた1年じゃなかったっけ?」
「はい!ですが、“クロス年次履修制度”で先輩の出てる講義をすべて取得済みです!」
「そんな制度、自由すぎない!?」
「校長先生が“あなたの存在が教材だ”って言ってましたから!」
「校長、絶対グルだよねそれ……」
2時間目。魔力操作基礎。
教室の魔力濃度が高くなると、生徒たちの感情がゆらゆらと浮かび上がる。
ロゼッタの“今の想い”が、頭上にうっすら表示された。
《ユリカ先輩今日も麗しい……髪の毛の分け目、左3:右7が天才的……》
「読めるんだけど!? ロゼッタ、それ読まれてるからね!?」
「見られる前提で整えてますから!」
となりの生徒はもっとやばかった。
《もしユリカ様が落ちてきたら、私の腕で受け止めよう。骨は折れてもかまわない》
「いや何!?私、そんな落下物扱いされてるの!?空から降らないからね私!!」
さらに教室の窓の外をふと見ると、浮遊魔導カメラが一台、私の姿を追ってピントを合わせていた。
「誰!? 学内に持ち込み禁止じゃなかったっけアレ!?」
「聖女様が“ご自身で開発した”とのことです!」
「やっぱり聖女かーッ!!」
休み時間。
トイレに行こうとして廊下に出たら、案の定──
「ユリカさん、お手洗いでしょうか? ご案内します」
「いや、場所は知ってるから! 毎日通ってるから!」
「魔王領より派遣されております、案内補佐官シュメラと申します」
「職種まで増えてる!?」
「聖女様からは、“トイレ前での手洗い確認用に”と消毒液の贈呈が──」
「だからいらないってばあああああ!!」
ドアを開けると、なぜか便座に花が一輪置かれていた。
(あの花、朝机に乗ってたやつじゃない?)
使用後、廊下を歩いて戻ると──なぜか拍手。
「ユリカ様のご帰還!」
「本日も安らかなるお通じを!」
「この学校、いろんな意味で終わってるわ!!」
昼休み。
ようやく弁当を開こうとしたそのとき──
「ユリカさん!」
背後からふわっと風が吹く。
振り返ると、そこには聖女・フロリアがいた。
「あなたの健康のために、今朝も私の加護を込めたお弁当をお届けしました」
「……それ、さっき“供物”の中にあったやつだよね?」
「はい。お口に合わないかと思って、三通りの味付けで詰めてあります」
「どれも怖いってば!!」
私は箸を構えた。目の前には、おにぎり(妹作)、オムライス(姉作)、三種の祈祷弁当(聖女作)。
(どれを食べても、戦争になる)
その横でロゼッタがふせんを手にしていた。
「ちなみに私は“それぞれのおかずを半分ずつ食べて平等に扱うユリカ先輩”が最高に尊いと思います!」
「やめて!勝手にフラグ立てないで!」
──これが、私の昼休み。
ユグアカの学園生活は、愛と混沌で満ちている。