第2話「姉は窓から、妹は布団の中から、私の朝をぶち壊す」
朝7時。
ユグナスの朝は、いつも静かだ。
──私の部屋を除いては。
今日の目覚めは、珍しく静かだった。姉の飛びつきも、妹の叫び声もない。
これは、逆に怖い。
私はそっと隣の部屋の扉を開けた。ミリアの部屋。
「……ミリア?」
返事はない。だけど、もぞもぞと動く布団の中から、銀髪の先端だけが見えている。
「ねぇ、起きなよ。朝ごはんできてる──」
「……いらない」
はっきりした拒否。しかも布団の奥深くに声がこもっている。
「また拗ねてるの?」
「べ、別に。拗ねてないし。……ただ、昨日の夜……ユリカが……お姉ちゃんの部屋に入ってたから」
「それは会議資料の確認だって何回言った?」
「でも、あのとき……笑ってた」
「笑ったらアウトなの!? それ、もう私の日常表情縛りじゃん!!」
ミリアは布団の中でジタバタ動いている。かわいいが、めんどくさい。
「……今日は学校行かない」
「ミリア、そもそも君、勇者業務で通学免除だよね?」
「知ってる!でも今日は見送りもしない!」
「そっちかよ!」
7時15分。私はリビングに移動して朝食の準備をしていた。
「はぁ……今日もカオスだなぁ」
この世界では、愛と魔法が混ざってる分、情緒が天気より変わりやすい。特に我が家はそれが激しい。
と、思ったそのとき。
──バキィン!!
窓ガラスが粉砕された。
「ユリカァァァァアアアアァッ!!!」
レグナ・サフィール。魔王にして、私の姉が赤いドレスをなびかせながら飛び込んでくる。
「ちょっとぉ!? なんで毎回窓から来るの!? 玄関使いなよ玄関!!」
「だって……朝の第一声が“私の名前”じゃなかったから……」
「怖い!論理が狂ってる!でも言い方だけやたら甘いのが余計に怖い!!」
「ユリカの寝起き顔、最高だった……ふわっとした髪と、半分開いた口元……美しすぎて、世界が霞んだわ」
「その記憶を“世界霞んだシリーズ”にカテゴライズしないで!!」
私はトーストを姉の口に突っ込んで黙らせた。
「おとなしく食べてろ。私が仕事行くまでは平和に過ごさせて」
「……ふふ。ユリカが私に口に物を入れてくれるなんて……これが、これが、恋……」
「早く誰かこの魔王連れてって!」
7時45分。
三人での朝食が始まった。
ミリアは不機嫌そうに椅子に座っていたが、おにぎりをちょこんと差し出してきた。
「……昨日、あんたあんまり食べてなかったから……その……はい」
「ありがと。めっちゃうまい」
「~~~~ッ!」
顔が真っ赤になったミリアは、口をムッと引き結びながら視線を逸らす。かわいい。
「ユリカ、こっちも。あーんして」
レグナが差し出したのはオムライス。ハートマークが描かれていた。
「……これカロリーどころか愛情が過剰摂取なんだけど」
「ふふ、もっと食べて? わたしの“想い”を、もっともっと詰め込んであげる」
「胃じゃなくて心が詰まるんだわ……」
8時10分。
「じゃ、いってきます」
私は制服の襟を整え、鞄を持って玄関へ向かう。
「ユリカぁぁぁぁっ♡♡♡♡」
姉は空気を読まず、後ろから抱きついてきた。
「ユリカが出ていく後ろ姿が、世界で一番愛しいの……」
「行ってくるって言ってるだけだよ!? 20分後には連絡くるってわかってるでしょ!?」
その隣で、部屋着姿のミリアがもぞもぞと出てくる。
「わ、私も……ユリカが学校行くまで、見送りする……」
「今日も来てくれるの?」
「だって……いないと落ち着かないし……べ、別にユリカが好きとかじゃなくて……うぅ……」
見送りのはずが、なぜか両腕をロックされて引きずられる私。近所の人たちはもう慣れている。
──そして、空中から光が降る。
「観測完了。ユリカさん、本日も可憐です」
聖女・フロリア・ノクターンが、空から現れた。
「え、なに今の!? ドローン!? いやいや魔法!? 盗撮じゃないよね!?」
「観察です。あなたの歩く音は、私の一日を満たす音ですから」
「ヤバいって! 甘いことを言うにしても距離感が怖いって!!」
この世界では、魔力と感情は連動する。
だから、好意が暴走すると、世界も崩れる。
──そして。
私はようやく、ユグナス中央アカデミア──通称・ユグアカの校門をくぐった。
「ユリカ先輩ーーっっ!!!」
突風のごとく駆けてきたのは、ロゼッタ・リィ。私の後輩であり、校内きっての百合妄想記録官。
「今日の“両腕ロック”!7秒間でしたよね!? ね!? あと聖女様の降臨タイミング、昨日より6秒早かったですっ!!」
「ロゼッタ、落ち着け。あと記録するな」
「無理です!! もはや尊すぎて風景が霞みました!!」
「霞んだシリーズ多すぎだよこの学校……」
そんなやりとりをしていると、
「ユリカ、おはようございます。……今朝はまた一段と、制服の乱れ方が素晴らしい」
セリナ先輩、勇者軍から派遣されてきた聖騎士。妹の直属護衛のはずだが、なぜか最近は私の出入りだけ監視してくる。
「ユリカが着崩してるのは、姉上の干渉か、それとも……夜の夢のせい?」
「ちがうから!勝手に夜を演出しないで!!」
こうして、私の学校生活もまた、戦場である。