表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話「レグナ視点:廃棄塔に残された“魂の記録”」

──空が、曇っていた。


私は雲の切れ間を飛ぶ。

目的地は、すでに公式記録からも抹消された“旧感情隔離施設”、通称・廃棄塔。


かつてこの塔は、感情の制御が難しい子どもたちを一時的に預かる“魔力調整隔離場”だった。

今は誰も近づかない。

でも、私は知っている。


ユリカの“空白の記憶”は、ここにある。




塔に到着した私は、古びた封印に手をかざす。


薄く残る魔力障壁は、誰にも解除されないまま、ただ風化していた。

それを王族コードで静かに解除する。カチリと音を立てて、鉄の扉が開いた。


中は、まるで時間が止まったようだった。


無人の施設。埃の匂い。朽ちかけた床と壁。

しかし、魔力の残響は生々しい。

この場所は──まだ、終わっていない。


私は奥へと進んだ。


数台の古い魔導端末と、記録結晶の残骸が並んだ部屋。


端末に魔力を通し、ログを呼び起こす。

青白い光と共に、映し出される過去の断片。


『対象:ユリカ・サフィール』

『状態:魔力暴走(極度の感情連動)』

『処置:記憶遮断処置・隔離期間 約21日間』


──やはり、ここだった。


私は手を止めた。

その横に、もうひとつの記録が並んでいた。


『同行者:記録名義なし』

『備考:同行記録者フロリア(当時識別コードF-03)』


「…………」


私は知らなかった。


フロリアもここにいた。


ユリカと共に──でも、記録には“残らない存在”として。




その奥にあった、隔離用の“カプセル室”──


扉を開けた瞬間、私は足を止めた。


薄暗い部屋。中央にある小さな寝台。

その上に、布団の形が今でも残っているように見えた。


そして、その脇の机には、三つの物が置かれていた。


一つ目。絵日記の切れ端。


『きょうは、しゃべらないできめた』

『あのひとのこえ、あたたかかった』

『ないてもいいって、はじめておもった』


子どもの字。たぶん──ユリカの手で書かれたもの。

名前はない。けれど、間違いなく彼女のものだった。


二つ目。白いスカーフ。


わずかに魔力が残っている。

私が触れると、ほんの一瞬、手のひらが温かくなった。


(魂の残滓……?)


記憶ではなく、“感情”が染みついた布。

そのぬくもりは、優しく、そして切なかった。


三つ目。記録破片。


破れた紙片。電子記録ではない、手書きの処置報告書。


『自発的選択による隔離申請』

『当人による記憶封印の意思確認、済』


その文字を見た瞬間、私は言葉を失った。


(……自分から、忘れることを選んだ?)


ユリカは、ここで──

自分の意思で、記憶を手放した。


それは、“壊れること”よりも恐ろしいことだった。




私はカプセルの中で、しばらく立ち尽くしていた。


彼女がどんな思いでこの寝台に横たわっていたのか、

どんな気持ちで声を閉ざしていたのか、想像するだけで心が軋む。


けれどその隣に、

きっとフロリアが座っていた。

声をかけていた。

手を握っていた。


──そして、ただ黙って見守っていたのだろう。


私は拳を握った。


「誰が、こんなことを──」


問いに答える者はいない。

でも、私は知っている。


あの子の心を救ったのは、ここではない。

ここで壊れなかったのは、

フロリアが“あの本”を差し出したから。


だから──


私は、もう誰にも、ユリカの記憶を“奪わせない”。


たとえこの記憶が、彼女を壊すとしても。


私は、すべてを知った上で、

あの子のそばに立ち続ける。


それが、“姉”の資格だと信じているから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ