第10話「レグナ視点:妹の記憶が抜けている理由を、私はまだ知らないふりをしている」
──私は魔王だ。
そして、ユリカの姉だ。
それは誰にも譲れない立場であり、 何より、この世界で最も“正しい執着”をしている自負がある。
けれど。
たったひとつ、気がかりなことがある。
ユリカの記憶。 とくに、6年前の数ヶ月分が──不自然に、ぽっかりと抜けていること。
それに気づいたのは、ほんの偶然だった。
私は中立庁の“観測資料閲覧許可”を持っている。 必要に応じて、庁の記録を確認することができる。
ユリカの誕生日を祝う準備中。 彼女の好きな色、過去の記録、成長記録を調べていて──気づいた。
彼女の成長記録には、時折“記録不能”とだけ書かれた日付がある。 特に、彼女が10歳から11歳になるあたり。
そのあいだ、誰とも会っていない。 庁の端末にも、感情ログが存在しない。
魔力記録だけが、異常に揺れていた。
通常の数値の、8倍。
まるで、感情が暴走しかけていたような── あるいは、別の何かと“接続”していたような数値。
……でも。
私は、あえて口にしなかった。
そのときのユリカがどんな思いでいたのか、 知ってしまえば、私が“姉”でいられなくなる気がして。
でも、フロリアが気づいているのは知っている。
彼女の言葉には、いつも“思い出させたい”という色がある。
私はその逆だ。
思い出させたくない。 ユリカが、自分を取り戻した瞬間、 私の“姉としての優位”が壊れる気がする。
あのとき、魔王としてではなく、 ただの姉としてそばにいたのが私だったら。
……それでも、私はあの日のことを、知らないふりをしている。
けれど──
昨日、ユリカが“昔、泣いたことがある?”と聞いたと聞いたとき。
私は、背筋が凍った。
あの子は、夢を見た。 記憶の扉が、開き始めた。
私は、決意した。
私自身の手で、確かめに行く。
彼女が過ごした“記録にない日々”を。
私は魔王。 世界に干渉できる唯一の“監視者側”の一柱。
ならば、記録の“奥”にあるものまで──辿り着いてみせる。
それが、たとえ“姉”としてではなくなっても。
それでも、彼女のすべてを知っていたいと思うのは、
間違いじゃない。
……そう信じたい。
私は空を飛ぶ。 行き先は、かつて“感情隔離施設”と呼ばれた廃棄塔。
誰も覚えていない場所。
でも私は、そこに彼女の何かがあると、確信していた。




