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第五章 幸福

「どうして君はそんな風に考えられるのかな」

「わたしがもしリーリン様の立場だった場合。仕返しを受けたくないからです。ほら。自分のされたくないことは他者にしてはならないと」

 にっこりと笑って見せた。

「……なによそれ。……あなたおかしいわ」

 気味が悪いといった表情でわたしを見ている。

 それさえもどうでもいいと思ってしまっている。

「リーリン様。わたしの考えを受けてくださいますか」

「……もうどうでもいいわ。あなたにこれ以上かかわらない。近づかない」

 そうおっしゃってくださったので。

「ジエラ様。書類を」

「……いいのか?」

「ええ。破棄いたします」

「口だけかもしれないぞ」

「ジル王子。ここには王子とジエラ様がおられます。お二人も聞かれましたでしょう? この状態のなかで、破棄した直後に掌返しだなんて、そんなことされるはずないですわ。リーリン様が」

 笑みは消さない。

「……ええ。撤回などしませんわ」

「わかったよ。はい」

「ありがとうございます」

 わたしはそのまま書類をびりびりに破りすてた。

「では。リーリン様。お約束よろしくお願いいたします」


 よかったの?


 ええ。

 ことを大きくするのは好みではないから。


 ……アンゼリカがいいのならいいよ。


 ありがとう。


 ジル王子とジエラ様が来てくださったからできた事。来られなければ、あの書類を突き付ける予定だった。わたしの手元にもちゃんと一部残していたの。

 それも破棄したし。

 これでキレイになくなった。

 腕の跡もきれいになくなっている。

「ああ。……アキ様かしら。音楽室から音がする」

 ドアを開けると。

「君が来てくれて嬉しいよ」

 にっこりとほほ笑むアキ様に、わたしも微笑み返す。

「音楽室から音がすると、アキ様ではないかと思って開けてしまいます」

「ふふふ。……さあすわって」

「失礼いたします」

「ジエラとジルから聞いたよ。驚いた。君が彼女を許したことに」

「許すも何も……」

「彼女のいつも一緒にいる二人がね。君に対する彼女の行為に少々やりすぎではないかと思っていたらしい。それもあって、こちらに協力してくれたようだけれど」

 あのお二人がジル王子たちにお話しされていたのは意外だった。

「腕はもう大丈夫なんだよね」

 そういってわたしの腕をつかまれて、同じように袖をまくられた。

 包帯はない。

「よかった。君が傷つくのはいやだから」

「……アキ様」

「なんだい?」

 わたしの腕をそっとさするアキ様の手を外し、もどして。

「アキ様はどうしてわたしの腕のことをご存知だったのですか?」

 正直だれにも気づかれていないと思っていた。

「君の演奏の姿かな。腕がさがっていた。疲れているのかとも思ったが、怪我をしていると。演奏中の君の姿勢はとてもきれいだったから」

 ……腕の高さを見られていたとは。

「腕が治ってそうそう悪いのだけれど。……いいかな?」

 弓を構えられて。

「承知いたしました」

 わたしも鍵盤に手を置く。


 アンゼリカが幸せそう。

 アキ様と二人。

 視線をかんじることなく、ただただ演奏を楽しんでいる。

 ……不要だといいはなったあの時のアンゼリカとは大違いだ。

 アンゼリカは私のせいであんなことを言ったんだ。

 私がそう考えてしまうから。

 ……前世の私は、そういう人間だった。

 他人に興味がなくて。

 どうでもよくて。

 自分にかかわるかどうか。それだけだった。

 だから必要なければ、切り捨てたし、距離をとった。

 そうやって一人になって。

 だからゲームばかりしていた。

 アンゼリカはわたしの影響を受けている。

 ……私は不要だ。

 アンゼリカの幸せに私はいらない。 

 このままいけば、アキ様ルートは問題なくエンドを迎える。

 時系列的に、もうすぐエンドのはず。悪役令嬢との対決あと、二人で話をし。

 どうしてアキ様がアンゼリカを気に入ったのか。

 アンゼリカの気持ちを伝える。

 そうして二人の気持ちが伝わって。

 エンド後としては、アキ様の婚約者として学園で過ごし、卒業後、無事妻となる。母親を呼び寄せて、アキ様のご両親ともともに暮らし、アキ様のお仕事にも少し手伝いながら。女主人として家を守っていく。

 そこに私はいらない。

 無事。アンゼリカを守ることができた。

 幸せになる道ができた。

 私のヒロインのハッピーエンドルートを見ることができる。


 え……。

「ん? どうしたんだい?」

「……いえ」

 指が止まったわたしにアキ様が不思議そうに見下られた。

 にっこりと笑って。

「失礼いたしました」


 なにか……。

 どうしたの?


 ううん。何でもないよ。


 そう?

 ならいいのだけれど……。


「いいかな」

「はい」

 今日はお茶をしている。

 あれから、リーリン様方からの嫌がらせはなくなって、とても穏やかな日を過ごしている。

「君のことが好きです。心からお慕いしています。僕の婚約者になっていただけませんか」

 ……。

「わたしもお慕いしております。わたしでよければ」

 にっこりと笑い返した。

「君のことは初めて会った時からずっと気になっていたんだ。他のだれとも違う空気をまとっていたから。二重奏もとても心地いいものだった。……チェロはね。僕の一番お気に入りの楽器なんだ。他の楽器もいくつかするけれど、一番好きなんだ。チェロでの演奏が僕が一番僕らしくあれるんだ。……君と

演奏していた時が一番僕にとって幸せな時間なんだ。……それに君は嫌がらせを受けてもなお、誰にも頼ることなく、自分の腕を犠牲にして。それでもなお、相手に対して、罰を与えなかった。その理由にも僕はとても共感したよ。不要なこと。そうだね。自分にとって何が必要なのか。きちんと理解しておく必要がある。僕たち貴族は尚の事ね。それをいいきって、拒絶するとは……。本当に君は」

 わたしを見るアキ様の眼は、とても優しくて。とてもまっすぐで。とても怖い。

「他とは違うものがありそうだね」

 ……。

「アキ様。もし、わたしが他の方と違うからそれに興味を持たれてということであれば。それは一時の気の迷いではありませんか。そうであるなら。このお話は聞かなかったことにさせてください。興味がなくなってすてられては、目も当てられませんわ」

 カップを口に運び、一口含む。

 うん。落ち着いている。

「ああ。そういうところだよ。それをはっきりと口に出していう。……こんなことを言うのはあまり好きではないけれど、僕の家からして、興味関心を引こうとする方が圧倒的に多い。僕の眼にとまるように。見てもらえるように。……彼女もそうだった。だから彼女は様々な楽器を練習していた。実際一緒に演奏したけれど、その時は僕は他の楽器にしたんだ。どうしてもチェロは嫌だった。そんな中で、君は特別何かをするわけではなくて。ただただ自然のまま。僕と話をして。演奏して。それだけ。僕への好意なんて感じなかった。君は僕のことをただの先輩として見ているのだと思っていたよ。僕の婚約者になりたいというのがあったのならば、きっと助けを求めただろうからね。僕のせいで傷ついている。かわいそうなわたしを見てくれって」

 怖さがなくなった……?

「君はそういったものを感じ取らせてくれなかった。だから僕は君がいいんだ。僕を特別にしない君が」

 優しい。

 穏やかで。

 まっすぐな眼で。

「君といると僕はただの僕でいる気がする。君に側にいてほしいと願っている。もう一度君に伝えるね。僕は君が好きです。僕の婚約者になってくれませんか」

 この方はわたしを見ている。

 この方がいうほどわたしは、アキ様をアキ様だけで見ているわけではないのだけれど。この方の家も込みで見ているのだけれど。

 それに対して目をつむってくださっているのだろうか。

 ……。

 わたしは。この方が好きで。

 側にいたいと願っている。

 この方とのこの時間。

 二重奏の時間。

「アキ様。わたしもアキ様をお慕いしております。わたしでよければ」

「ありがとう」

「アキ様。わたしからもいいですか?」

「なんだい?」

「アキ様の側にわたしを置いていただけませんか?」

 わたしの望み。

 お母様が幸せであること。

 そして。

 この方の側にいること。

「ああ。僕の側にいてね」


 アキ様とお話をして。

 そこからアキ様の動きはとても早くて。

 あっという間に両家の顔合わせになった。

「……本当にこの子なのですか?」

 お母様が不安そうな顔をされている。

「ええ。お嬢様がいいのです」

 アキ様がはっきりとおっしゃって。

「アキがこの人がいいとはっきりと言いましたからね。我が家としてはアキの想いを大切にします」

 アキ様のご両親は認めてくださって。

「……こちらがいうのもどうかと思うのですが。こちらは夫が早くに亡くなって、この子にはとても寂しい思いをさせました。母親だけでは、家を守ることと娘を守ることでいっぱいになり、親らしいことができていません。この子は私に少しでも楽をしてほしいと、勉強も屋敷のことも頑張ってくれました。娘の努力でこのご縁ができたのであれば、私は受け止めたいと思っています。……ですが。由緒正しいそちらとこちらでは……」

 言いよどむお母様。

 ……お母様のおっしゃりたいことは伝わってくる。

 どんな家にも起こりえること。

 身分違いの婚姻は一方が傷つくことが多々ある。

 それも身分が引く方だ。

 わたしがこれから社交界に出るにあたって。

 婚約が公開されたのち、嫌がらせを受けるのではないか。

「僕は何があってもお嬢様をお守りいたします。けして。傷つくことはありません。僕が排除します」

 ……。

 力強いお言葉。

 アキ様が明言されて。

 そのまなざしに。

「……娘をよろしくお願いいたします」

 お母様……。


 アキ様はわたしとの婚約をジル王子とジエラ様に報告したいと、一緒にお茶をすることになった。

「おめでとう。アキをたのむ」

「嬉しいことだね。ああ。羨ましいよ。君がアキの眼にうつって。ねえアキ。彼女ばかりにならないでね」

「何を言っているのか。僕たちの関係は変わらない。僕は二人に彼女のことを婚約者として紹介できるのがとても嬉しいんだよ」

「不束者ですが。よろしくお願いいたします」

「君が不束者なら、誰もがそうだろうな。……あれから問題なく過ごしているようだな。なによりだ」

 ジル王子がわたしを見られて微笑んでくださった。

「ありがとうございます。皆様よくしてくださいます」

 アキ様の婚約は学園中が知っていることになった。

 事あるごとにアキ様がわたしを婚約者として話に出されているようで。

「アキの事を慕っていた令嬢たちが悲しんでいるよ。まあ。勝ち目はないよね。アキがチェロを選んでいる時点で」

 ジエラ様がおっしゃるように、周りの方が教えてくださったのだけれど。

 別に興味もなかったのだけれど。

 アキ様はいくつも楽器を習われていて。その中でチェロがもっとも得意とされていて、その腕前も、一流の演奏家も舌を巻くほどで。アキ様自身もチェロは特別にされているようで。だからこそ。チェロでの二重奏ができるのは特別な相手だけ。

 そうなれなかった時点でそもそも眼中になかったということのようで。

「今度二人の演奏が聞きたいな」

「ジル王子のご希望とあれば」

 恭しく頭を下げるアキ様にならって、わたしも同じようにする。

「……ふふふ。いいな。二人が並んでいる姿。ずっと見ていられるよ」

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