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第四章 不要

 どうしてなにもしないの?


 あら。証拠集めをしているのよ?


 アンゼリカのする事を私はわかっている。

 この腕だって証拠。

 これ以上のものがいる?


 ええ。

 一番いいのは現行犯なのだけれど。


 まって。

 教室の方はそれでいいけれど、リーリン様は難しいでしょ。あの方はお話はしているけれど、それだけといわれたら……。

 ……そういうこと。


 あら。伝わったかしら。


 うん。

 わかった。

 だからなにもいわない。

 アンゼリカがそれを求めるのなら。


 ふふふ。

 ありがとう。


 腕をさするアンゼリカに私はただただ見守ることしかできなかった。

 アンゼリカの望みが叶うように私はあるだけ。

 それが私にできること。

 しないといけないこと。

 でもね。

 アンゼリカ。

 私はあなたが私のせいで変わってしまったような気がするの。

 私が生まれる前のあなたならそんな考えでなかったでしょう?

 少なくともゲームのあなたはそうではない。

 あなたには言わなかったけれど、少しずつ変わってるの。私の知っているゲームのシナリオとは違うの。でもそれはいわない。

 だって。

 これはあなたの人生だもの。

 アンゼリカの幸せだもの。

 そのためなら私だってなんだってするわ。


 時はすぐにきた。

 体感ではなく確かな時間で、とても早くに。

「いいかしら」

 いつもの憂いの笑みのままなのは本当に尊敬する。

 お声はあまりにもふるえているけれど。

 あらあらら。

「いかがされましたか?」

 つとめて落ち着いた声をだした。

「あなた。何をかんがえているのかしら」

「何を……といわれましても」

「その腕。同情をかっているの? 哀れんでほしいとしか考えられないわ。あなたそれで、あの方の意識をひこうとしているの? どうしてそんなにもあの方の興味を引くようなことをするの? 何がしたいの? あの方と恋仲になりたいの? そんなこと一度もあなたは言ってない。ただただお話するだけ。あの方があなたに興味を持った。そのほうが強いわ。ねえ。そんなにもあの方の興味が引けて楽しいの? 何がしたいの?」

 ……落ち着いておられない。

 声だけに感情が乗せられている。

 カップを口に運ぶ動きも。

 わたしを見ていない目も。

 全部全部変わらないからこそ、声だけが浮いている。

「わたしはただわたしの望みが叶うことを求めています。それだけですわ」

「あの方に! これ以上! 近づかないで。あなたの望みは母親の幸せでしょう? ならそれをかなえてあげる。私があなたを幸せにしてあげる。だから」

「リーリン様」

「……なにかしら」

「それはわたしは望みません。何でもするとは言いましたが、あなたからの幸せはいりません。わたしはわたしの望む方法で、かなえます。幸せになります」

 バシャ。

 ……。

 ……。

 ……ふう。

 少し冷めていてくれてよかったわ。

「その腕で。まだピアノを弾いて。あの方と演奏して。あの方に特別だと言われて。あの方の興味をひいて。あの方の眼にとまって。なのに、何をされても涼しい顔で。すがることも、同情も、援助も。あなたはなにも求めていない」

 机の上のカップを確認した。

 かけられたのはわたしのお茶……。

 まだ口をつけていなかったのに。

 ……甘いわ。

 今日の紅茶は果物の甘みがしている。

「ねえ。その腕。いらないでしょう? そんなふうになっているのに、何もしないんだもの。ならいらないわよね。そうでしょ!」

 わたしの横に来て、腕をつかまれて。

 乱暴に包帯をはがされていく。

「もう、ひどいあり様でしょう? いっそ腕を切り落として……。……どう……え……」

 包帯が外れて、出てきたのは。

「この腕がどうかされましたか?」

 一切の傷跡のない腕がそこにはある。

「どういうこと? あなたついこの前まで……」

 反対の腕も同じように包帯を外されて。

「……どうして……」

 まったくの無傷の腕がそこにはある。

「こんなのおかしいわ。あの薬であなたの腕はただれて……。たとえ跡がなく治せるとしてもこの短時間で……」

「あらあらあら」

 にっこりとわらって。

「初めて目があいましたね。リーリン様」

 見あげられるリーリン様のお顔は、さすがに崩れていた。

「顔色が悪いですわ。いかがされたのでしょうか」

「……どうして……」

「わたしの腕がただれた? 治すのに時間がかかる? どうしてそれをご存じなのですか?」

 ポタポタと落ちてくる紅茶をぬぐって。

 ああ。机のは包帯が吸い取っているわ。

「この腕のことはあの方はご存知でしたが、他の方に話したことはございませんわ。ましてや、包帯をしていることさえも」

 長袖を着ていたから。

 見えないように。しっかりと隠していた。

「それに、どうして包帯のしたにただれた腕があると思われたのですか?」

「……あ……あなた……」

「あれ? どうしたの? 顔色悪いよ?」

「ひっ!」

 ぬっとわたしとリーリン様の間に入られたのは。

「ジエラ様」

 わたしは距離をとって、一礼した。

「こういうことだったんだね。資料はもらってたよ。君の記録。とっても詳細に書いてあった」

 ジエラ様の手には書類の束。

「ここに起きた事が記載されている。それらについて、しっかりと自供を得ている。署名もされている」

「……ジエラ様。何をおっしゃっているのか」

「わからないか? あなたほどの人が?」

 ジエラ様の冷たい視線に、冷静になられたのか、見慣れた表情に戻られて。

「どうしてこちらに? その書類は一体何なのでしょうか? 起きた事? 自供? 何の話かわかりませんわ」

 本当に素晴らしい方。

 先ほどまでの姿など毛ほどに感じられないほどに。いつものリーリン様。

 ジエラ様の手にあるのはわたしが準備したもの。

 嫌がらせが始まった日から、昨日までの事をすべて記載している。

 そして、それらの実行犯。

 リーリン様のお友達と話をしている。

 そしてそれらの行為がすべて、リーリン様の指示であることをしっかりと記載した紙に署名してもらっている。

 そうすれば、表に出さないからと。

 内密に処理し、なかったことにするからと。

「ここには、君の指示のもと行ったという記載がしっかりとされている。この書類の信ぴょう性について今議論するつもりはない。ずっと見ていたのだが、君はどうして腕をつかんで、驚いた? 怪我のひどい腕はいらないだろうってことみたいだったけれど、彼女の腕に怪我はない。どうしてそう思ったのか。はたまた君は腕が問題なくても、切り落とすつもりだったのか?」

「ジエラ様。何をおっしゃっているのか」

「腕を切り落とすという趣旨のことは言っていたな」

「っ! ……ジル様」

 もう一人登場されて。

 わたしはもう一度礼をした。

「どのような思考でそういったのか不明だが、その趣旨は確かに言っていた。……とてもではないが、君のような令嬢が口にする言葉とは思えないものだ」

「ジル様! 私は」

「君がいつも一緒にいるあの二人が心配していた」

「え……」

「君の言動がおかしいと。君らしくないと。……どう思う?」

 わたしのほうにジル王子が視線を向けられた。

「……わたしの何かがリーリン様のご不興を買ってしまったのか。申し訳ありませんが、わたしにはわかりかねます。ですが。わたしのせいであるというのでれば」

 膝をついた。

「わたしはリーリン様のされたこと。おっしゃったこと。すべてなかったことにしたいと願います。可能であれば、今日までの出来事を見てこられた方の記憶を消し去って、本当になかったことにしたいと」

「あなた……!」

 キっとわたしをにらまれた。

「情けですか? 私を愚弄するの? ふざけないで。……ジル様。ジエラ様」

「なんだ」

「その書類に記載されている内容が、私の指示によるものだとあるのですよね」

「ああ」

 ジエラ様に目配せをさえて、ジル様が書類を見えるように並べられた。

 無視から始まり、楽譜、文化祭。机やいすに塗布されている薬品について。

 全てにおいてリーリン様の関与を話している。

「……ええ。そのとおりですわ。私が指示をいたしました。この者にたいして、正しく知識をもってほしかったからです」

 再び上がった顔は。

「我々貴族は、その立場に応じて責務があります。その立場を正しく理解する。それが貴族としての基本です。それを私はお伝えしていたのです。あまりにも身分違いなことをしてはいけないと」

 一切の迷いも、偽りも、取り繕いもない。

 純粋な想いなんでしょうね。

「身分違い。それにより傷つくものを私はみてきました。家族と疎遠になるもの。家が没落してしまったもの。……私は彼女にそうなってほしくないのです。あなたにはあなたにふさわしいものを」

 ……憂いに満ち表情。

「それを決めるのは君ではないはずだが」

「私は同じ貴族としてこの子に」

「それを教えるほど、君はこの子よりも優れていると?」

 落ち着いているジル王子の声に、息をのんで。

「……ええ。この子よりも私のほうが」

「すごい自信」

 ジエラ様が呆れたようにおっしゃったから、視線がジエラ様にうつった。

「……どういうことでしょうか」

「その自信すごいねってだけだよ? そういうふうに誰かより自分が優れているなんて考えた事ないから」

「そうだな。我々は、けして他者より優れているわけではない。我々がそう見えるように皆が支えてくれている。それがなければ、我々は決して今の地位を保つことはできないだろうな」

「そんなことありません。王家の皆様あって、初めて我々が存在できるのです。逆です」

「まあそれは今はいいか。脱線してしまったね。すまない」

 わたしにはとてもやわらかい笑みを向けてくださって。

「……いえ」

「……どうしてお二人がここに?」

 今さらながらの質問だけれど。

「君が彼女に声をかけていたから。以前より気になっていた。彼女が我々と話をしているとき。君たちが近くにいることが多かった。彼女がいるところに君がいることも。あとをつけているのか。偶然なのか。君たちのつながりがわからなかったからね。不思議に思った。今日こうしてお茶をしているのを少し遠目にみていたのだが、君が不穏な動きをしたからきたのだが」

 わたしが伝えた。

 リーリン様とお茶をしたと。

 何度かお話をする機会を得たと。

 それだけ。

「君たち三人のことはよく知っている。だからこそ、見ていた。どうして近づくのか。何がしたいのか。あの二人からも話を聞いたよ。……よっぽど彼女の存在が目に入ったんだな」

 貴族というのは、立場を気にする。階級を気にする。家柄を気にする。

 だからこそ、釣り合わないわたしとリーリン様の関わりは考えにくいこと。昔からの関わりがあるわけでも、学園内での関わりもない。まあリーリン様がわたしを気に入ってということならあり得るかもしれないけれど。それもない。

 この方に気にかけていただけるものはわたしにはないから。

「君たちが話していたこと。そしてここに記載されていることから。君たちは我々の婚約者になることを願っていたようだ。学園で近づき、自分の存在を認識させ、家をつなげる。……とてもありきたりで

、当たり前の行為だけれど。だけれど。それで他人を蹴落とすようなことをするのは違うと思うが」

 ここだ。

「リーリン様」

「……なにかしら」

「わたし、今回のこと、気にしていませんの」

「は?」

「こうしていろいろと動きましたが、すべて破棄していいと考えています。なかったことに」

「……何がいいたいの?」

「これ以上。わたしとリーリン様がかかわることがないのであれば。それでいいと。学園の先輩と後輩。貴族としてどこかでお会いする機会があるでしょうが。それはそれ。それ以上の関わりを互いが求めないのであれば、わたしはこれらを破棄いたします。そして、ここでのことも記憶から消し去ります。記載されているようなことがなかったころのようになることを望みます」

「……君はそれでいいの?」

「ええ。ジエラ様。わたしはわたしの望みのためにいます。そこにリーリン様への怒りは不要です。だからなかったことに」

「ふざけないで!」

 リーリン様が大きな声を出された。

「私を……私を哀れんでいるの? 罪をとえばあなたはみんなから同情される。私は悪者として罰を受ける。そんな、私がかわいそう? そう思ってるの? やめて。私は私の意志でおこなった。だからそれによる罪も罰も受けるわ」

「リーリン様。哀れみではありません。単純に不要なのです。痛みを与えられたからと、やり返すのは意味がないと。そう思っているのです」

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