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4 おかしなこと

 シーカリウススクール。都市部から離れた山岳部の麓に建てられたその学び舎は、生徒には知らされていない情報がある。


 主に貴族出身の子供が在学するシーカリウススクールは、表向きでは格式高い貴族御用達の学び舎。


 生徒の9割は貴族出身であり、残りの1割平民から上がってきた優等生。


 名門と呼ばれてもおかしくない程の質のいい生徒を抱えておきながら、世間ではシーカリウススクールなんて名前の学び舎がある事すら知る物は少ない。


 理由は「大人の事情」があるから。


 このシーカリウススクールに通う生徒のほとんどは、この世界に必要とされていない子供達。


 ある子供は、貴族とメイドの間に出来た隠し子。

 ある子供は、家の汚点と言われる程の出来損ない。

 ある子供は、優秀な兄に役割を取られてしまった用済みの弟。


 つまりこの学び舎はゴミ捨て場。いらなくなった子供を世間から隠蔽、廃棄する場所。


 もちろんその事情を知っているのは大人だけ。


 生徒は何も知らずにゴミ箱に通い続ける。

 

 なんて残酷なんだろう、なんて、今から殺す私が言えることじゃないけど。


 既に一人、私は人を殺している。


 ミリシオン・ナイツ・シエラ。ミリシオン家次男で、私の暗殺対象になってしまった少年。


 彼も本当なら、この入学式に参加していたはずなのに。


 体育館に並べられた椅子に座る新入生一同と、それを見守る教師達。


 それと後方には黒服の執事が複数名いるだけで、親らしき人物は一人もいない。


 それも当然だ。愛されていない子供の入学式なんて、親が見に来る筈もない。


 入学式が終わると、配属される教室に案内される。


 私が配属されたのは、23期デルタクラス。クラスメイトの数は15人で、その内10人が男子だ。


 つまり私はこのクラスの3分2を殺さないといけない、ということになる。


 木材の長机が階段のように設置された教室で、私は一番角の席にいち早く陣取る。


 私の後ろには生徒が座る席はなく、あるのは大きな戸棚だけ。掃除用具などが入っているのかもしれない。


 ここには素人しか居ないとはいえ、なるべく背中を晒す時間は短くしため、教室内の陣取りは徹底的に行わなければならない。


「えーでは、出席を取ります。名前を呼ばれた生徒は一言挨拶をするように」


 短い白髪と丸渕のメガネが特徴の初老の男性教員が、出席番号順に名前を呼んでいく。


「アルセント・アルメ」


「はい。アルセントです。よろしくお願いします」


 さて殺すならどの生徒からにするか。なるべく死んでも騒ぎにならない奴がいい。となると、存在感が薄くて交流関係が少ない男子生徒がいいな。


 となると先に情報収集か。このクラス内の雰囲気を把握してからの方が段取りが組みやすい。


「お前、大丈夫か?」


 ゆっくりと、慎重に声をかけられた方を向く。


 私が座っている長机の反対側にいた男子生徒が、身体を私の方に寄せながら、周りの生徒に気づかれないような小声で話しかけてきた。


 この生徒は、たしか──。


 名前を思い出すよりも先に、私は彼の視線の先を追った。


 彼が見ていたのは、私の手。


 その手はフルフルと、まるで自己紹介をするのに緊張している少女のように、か細く震えている。


 そう彼の目には映ったのだろう。

 だから「大丈夫か?」なんて声を掛けたのだろう。


 本当は、人を殺すのが怖くて震えていたなんて知らずに、善性の塊のような言葉をかけてくれたのだ。


「うん、大丈夫」


「そうか」


 男子生徒はそれだけ確認すると、再び体勢を前に向き直し、気だるそうに肘机についた。


 私は一度、浅く息を吸う。


 このクラスの情報を集めてから殺す? その方が段取りがいい? まるで自分が暗殺に意欲的かのように思考して、その実ただ暗殺を実行するのを先延ばしにしているだけ。


 無意識の内に、私は死を遠ざけていた。


 やっぱり私にはもう無理なのか。暗殺者なんて。そう諦めかけた時だった。


 風を感じる。いや、風と言うにはあまりにも微弱な空気の流れ。気配と言ってもいい。


 私の背後で何かが起きていてる。

 危機を察知した私は半身になり、顔を後ろに向けた。


 私の後ろにあらかじめあった、大きな戸棚。その戸棚が、ゆっくりと私の方にお辞儀している。


 つまり、今まさに私を押し潰さんと倒れてきていた。


 避けないと。反射的に脳が指示を出し、そこから熟考した。


 この戸棚の大きさだと、隣の席の男子も下敷きになる。そしてその男子生徒は、半身になった私をちらっと見ているだけで、倒れてきている戸棚には気づいていない。


 このままあと一秒もすれば、男子生徒は戸棚の下敷きになる。


 後頭部なんかを損傷すれば、死に至る可能性もあり得る。


 つまり、暗殺対象を一人減らせるかもしれない。


 私の手を染めないで。


 私だけこの戸棚から逃げることで、変な疑いがかかっても面倒だし、受け身だけ取ろう。そう思った時、男子生徒の視線がスっと倒れてくる戸棚に向けられた。


 ダンッ、という衝撃音とキャ、という女子生徒の声。その他には男子生徒ざわめく声と、初老担任の慌てた言葉と足音。


 そして、耳元で吐かれる、他人の吐息が聞こえた。


 戸棚に押し潰されているには、やけに柔らかく暖かい感触に目をやると、男子生徒が私と戸棚の間に挟まっていた。


 現状を把握して最初に出た言葉。


「おかしい」


 つい零れてしまう。現状の不可解さに、疑問が吐いて出る。


 だってこの男子生徒は、倒れてくる戸棚に一瞬目を向けた筈だ。


 避けようとしても間に合うか分からない距離だった。

 普通なら頭を守るなり、その場から離れるなりするはずだ。


 なのにこの人は、私の方へ飛んで来たんだ。

 

 倒れてくる戸棚を見た瞬間に、思考の時間もなく、即決したのか、反射的なのか分からない速度で私を守る事を選んだ。


 だから今、彼の額から流れている血が私の頬に垂れている。温かい血だ。


「ああ、おかしいよな。戸棚が急に倒れてくるなんて」


 苦笑いを浮かべる男子生徒は、私の耳元で的はずれな事を言ってのけた。


 違う、そうじゃない。おかしいのはお前だ。

 

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