3 最初の一人は
脱力しきって重くなったナイツの身体を、鉄柵の内側に投げ入れる。
地面に転がったナイツを再び抱えて、焼却炉まで運んだ。
力の入らない腕を思いっきり伸ばして、ナイツの死体を焼却炉に放り込む。
このナイツ程度の重さで疲れるはずないのに、腕はプルプルと震えていた。
やっぱりそうなんだ。
危惧していた事態が、自分の身に起こっていることを自覚する。
私は、人を殺したくないんだ。
脳裏に蘇る、父親の言葉。
『最初の一人は、ナイフにしろ』
毒に頼るな、銃に頼るな、事故に頼るな、自殺に頼るな。自分の手で握ったナイフで、ターゲットの命を終わらせろ。それが暗殺者になるという事だ。
父の言葉は理解できた。
つまりは、暗殺者として生きていく事に、腹を括れという事。
私が生まれたのは暗殺者の家系で、唯一の家族である父親は、暗殺者の師匠だった。
だから自分は暗殺者になるしかなかった。ならざるを得なかった。
自分の運命を呪った時期もあった。7歳頃だった気がする。
普通の子供なら学び舎に通う年齢だ。学び舎に行って、友達が出来て、一緒に給食を食べて、遊んで。
普通に憧れた。暗殺者じゃない、普通の人生が良かった。
でもそれも、子供の時の話だ。
今は暗殺者という境遇も悪くないと思っている。普通じゃないという事は、言い換えれば特別であるという事だ。
私は特別だ。暗殺者なんて、よくよく考えればチョーカッコイイじゃん。
そこら辺の凡人とは違う。これから先は、影の世界で生き抜いていく。
そういう自分も、なかなかイカしてる。なんて思っていた矢先の事だ。
なんだ、これ。私、暗殺者向いてないよ。
手に付いた返り血は、もう乾き始めている。
なのに私の手にこびり付いた、人の腹を刺す感触は消えてくれない。
高い、高い校舎を見上げて、すっかり暗くなった空に嘆いた。
「もう、殺したくないな」
山奥に建てられた物置小屋、を改装した自宅のリビングで、暖めたクリームシチューを啜る。
元物置小屋と言っても、二人で暮らすには充分すぎる広さだった。
というのも、この物置小屋は元々とある貴族が使用していた建物で、物置とは考えられない程の、充実した設備が整えられている。
その一つであるレンガストーブの前でぬくぬくと温まっていると、背中に悪寒が走った。
人の気配がして、手に持っていたシチューを床に落としながら振り向くと、眉毛を凍らした親父が立っていた。
私は目を細くて親父を睨む。
「気配消して入ってくんなって言ったよな、私」
「すまない、癖で」
無愛想に凍らせたまつ毛を瞬きもせずに答える親父は、床に落ちた皿を拾い上げる。
親父に驚かされたとはいえ、自分で落としたシチューを父親に掃除させるのはバツが悪く。
「片付けは私がやるから、先にシャワー浴びてきたら」
「そうか、そうだな」
親父が拾い上げたお椀を奪い取り、台所に向かおうとすると、背中をトントンと叩かれたので振り返る。
ブスっと、親父の冷たい人差し指が私の頬に突き刺さった。
「突き刺さった」
右手に持っているお椀にヒビが入る。
「殺すぞ」
「すまない。久しぶりだったから、つい」
親父は暗殺の任務でここ2週間ぐらい家を離れていた。久しぶりと言えば確かにそうだけど、私ももう14歳だ。いい加減、子離れしてほしい。
「さっさとシャワー浴びてきて」
「いや、その前にアルミィに話しておくことがある」
親父のまつ毛はストーブの熱で徐々に溶け始めていた。
「なに? 日課ならやってるよ。筋トレと世界情勢と近接暗殺術と」
「私への愛の祈りは」
「する訳ねえだろ、ナイフで後ろから刺すぞ」
なんて、世間ではブラックジョークとされているものも、私から言わせてみれば全然起こり得る、起こし得ること。
「そうか、ならちょうどいい。アルミィ、お前に依頼が来た。任務だ」
任務、という言葉を聞いた瞬間、私の身体がピクっと反応しそうになる。
しかしその衝動を理性で抑え込む。暗殺は、いついかなる時でも冷静に、反射的身体構造だって御さなければいけない。
静かに聞き返す。
「任務って、暗殺の」
「そうだ。お前の初任務になる。詳しい話は落ち着いてから──」
「今聞かせて」
例え身体は御せても、心はまだ未熟だった。
14年間、この日のために私は生きてきた、修業してきた。
いつか来る、人を殺すそのときの為に。
親父の目付きが、仕事の色に変わる。
「任務内容は口頭で一度しか言えない。わかってるな」
「情報漏洩防止の為、でしょ」
ストーブの中で火照っている薪からパチッと火の粉が舞う。
「今回の任務のターゲットは、シーカリウススクールの新入生、及び新2年生の男子生徒、全員だ」
「ん、なんて?」
親父はペチッと自分の額に手を当てて、ため息混じりにもう一度説明してくれた。
出来の悪い娘ですみません。