表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3 最初の一人は

 脱力しきって重くなったナイツの身体を、鉄柵の内側に投げ入れる。


 地面に転がったナイツを再び抱えて、焼却炉まで運んだ。


 力の入らない腕を思いっきり伸ばして、ナイツの死体を焼却炉に放り込む。


 このナイツ程度の重さで疲れるはずないのに、腕はプルプルと震えていた。



 やっぱりそうなんだ。


 危惧していた事態が、自分の身に起こっていることを自覚する。


 私は、人を殺したくないんだ。


 脳裏に蘇る、父親の言葉。


『最初の一人は、ナイフにしろ』


 毒に頼るな、銃に頼るな、事故に頼るな、自殺に頼るな。自分の手で握ったナイフで、ターゲットの命を終わらせろ。それが暗殺者になるという事だ。


 父の言葉は理解できた。

 つまりは、暗殺者として生きていく事に、腹を括れという事。


 私が生まれたのは暗殺者の家系で、唯一の家族である父親は、暗殺者の師匠だった。


 だから自分は暗殺者になるしかなかった。ならざるを得なかった。


 自分の運命を呪った時期もあった。7歳頃だった気がする。


 普通の子供なら学び舎に通う年齢だ。学び舎に行って、友達が出来て、一緒に給食を食べて、遊んで。


 普通に憧れた。暗殺者じゃない、普通の人生が良かった。


 でもそれも、子供の時の話だ。


 今は暗殺者という境遇も悪くないと思っている。普通じゃないという事は、言い換えれば特別であるという事だ。


 私は特別だ。暗殺者なんて、よくよく考えればチョーカッコイイじゃん。

 そこら辺の凡人とは違う。これから先は、影の世界で生き抜いていく。


 そういう自分も、なかなかイカしてる。なんて思っていた矢先の事だ。


 なんだ、これ。私、暗殺者向いてないよ。


 手に付いた返り血は、もう乾き始めている。

 なのに私の手にこびり付いた、人の腹を刺す感触は消えてくれない。


 高い、高い校舎を見上げて、すっかり暗くなった空に嘆いた。


「もう、殺したくないな」





 山奥に建てられた物置小屋、を改装した自宅のリビングで、暖めたクリームシチューを啜る。


 元物置小屋と言っても、二人で暮らすには充分すぎる広さだった。


 というのも、この物置小屋は元々とある貴族が使用していた建物で、物置とは考えられない程の、充実した設備が整えられている。


 その一つであるレンガストーブの前でぬくぬくと温まっていると、背中に悪寒が走った。


 人の気配がして、手に持っていたシチューを床に落としながら振り向くと、眉毛を凍らした親父が立っていた。


 私は目を細くて親父を睨む。


「気配消して入ってくんなって言ったよな、私」


「すまない、癖で」


 無愛想に凍らせたまつ毛を瞬きもせずに答える親父は、床に落ちた皿を拾い上げる。


 親父に驚かされたとはいえ、自分で落としたシチューを父親に掃除させるのはバツが悪く。


「片付けは私がやるから、先にシャワー浴びてきたら」


「そうか、そうだな」


 親父が拾い上げたお椀を奪い取り、台所に向かおうとすると、背中をトントンと叩かれたので振り返る。


 ブスっと、親父の冷たい人差し指が私の頬に突き刺さった。


「突き刺さった」


 右手に持っているお椀にヒビが入る。


「殺すぞ」


「すまない。久しぶりだったから、つい」


 親父は暗殺の任務でここ2週間ぐらい家を離れていた。久しぶりと言えば確かにそうだけど、私ももう14歳だ。いい加減、子離れしてほしい。


「さっさとシャワー浴びてきて」


「いや、その前にアルミィに話しておくことがある」


 親父のまつ毛はストーブの熱で徐々に溶け始めていた。


「なに? 日課ならやってるよ。筋トレと世界情勢と近接暗殺術と」

「私への愛の祈りは」

「する訳ねえだろ、ナイフで後ろから刺すぞ」


 なんて、世間ではブラックジョークとされているものも、私から言わせてみれば全然起こり得る、起こし得ること。


「そうか、ならちょうどいい。アルミィ、お前に依頼が来た。任務だ」


 任務、という言葉を聞いた瞬間、私の身体がピクっと反応しそうになる。

 しかしその衝動を理性で抑え込む。暗殺は、いついかなる時でも冷静に、反射的身体構造だって御さなければいけない。


 静かに聞き返す。


「任務って、暗殺の」


「そうだ。お前の初任務になる。詳しい話は落ち着いてから──」

「今聞かせて」


 例え身体は御せても、心はまだ未熟だった。

 14年間、この日のために私は生きてきた、修業してきた。


 いつか来る、人を殺すそのときの為に。


 親父の目付きが、仕事の色に変わる。


「任務内容は口頭で一度しか言えない。わかってるな」


「情報漏洩防止の為、でしょ」


 ストーブの中で火照っている薪からパチッと火の粉が舞う。


「今回の任務のターゲットは、シーカリウススクールの新入生、及び新2年生の男子生徒、全員だ」


「ん、なんて?」


 親父はペチッと自分の額に手を当てて、ため息混じりにもう一度説明してくれた。


 出来の悪い娘ですみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ