2 赤い君
地面に落ちている紅葉の葉を踏みながら、僕は彼女の隣を歩く。
シーカリウススクールの外壁は高く、僕と彼女で肩車したぐらいじゃ乗り越えれそうにない。
僕は思い出したかのように、彼女に話しかける。
「僕、ナイツ。よければ君の名前も教えて欲しい」
彼女は横にいる僕に見向きもしないで、前に進みながら答えてくれる。
「アルミィ」
今までの彼女とは違い、ぶっきらぼうに名乗った。そして少し遅れて、またニッとした表情で僕の方を向く。
やはり掴みどころがあるようで無いような。一見子供っぽく見えるけど、そこが深いような、そんな雰囲気。
「アルミィは下等部には行ってた?」
一般的に学び舎とは、七歳から一四歳までの下等部と、一四歳から一八歳までの上等部に分かれている。
貴族の子供なら、大抵は下等部から入学し、そのまま上等部へと進学するのが通例だか、例外もある。
例えば、ある貴族には兄弟がいて、既に次の当主が兄だと決まっていた場合、学問や作法を学ぶのは兄だけで充分なため、弟は下等部に行かせず家庭教師を雇ったりもする。
まあ僕の話なんだけど。
「ううん。私の家ちょっと貧乏だから、学び舎はここが初めて」
「じゃあ一緒だ。僕もここが初めて」
理由は違えど、学び舎がお互い初めてということ言うことらしい。
僕は一言付け加える。
「楽しみだよね、学び舎」
「うん」
アルミィは赤いレンガ造りの塀を見上げながら、単調に頷く。
アルミィが着ている服の形状は独特で、脇から真っ直ぐ下にかけて洋服が裂けており、その隙間に手を突っ込んで歩いている。
服の下に隠れている腕は僅かに震えており、少し寒そうだ。
「寒い?」
青い瞳も凍えるようにコロッと僕の瞳を覗き込む。
「ううん・・・・・・寒くない。・・・・・・ナイツはさ、怖くない? 学び舎に行くの」
少し考える。
「怖いと思った事は、たぶん無いよ」
むしろ行けなかった時の方が怖い。
「そっか。私はね、怖いよ。だって私と同じぐらいの歳の子がいっぱい居て、その中に私もいる。想像するだけで、とっても怖い」
アルミィの話を聞いても、あんまり理解出来ない感情だった。むしろ、真逆だ。
僕は周りに学友がいるのを思いかべて、浮き足立っていた。期待しているだ、学び舎での生活に。
だから、アルミィの感性とはまるっきり違う。
どうしてそんな感性になるのだろうと、僕は気になった。
「それは緊張とか、そういう話?」
「それもあるかも。でもやっぱり、比べられるのが怖いのかな」
比べられる、と一度考えて、今さっき自分がそうした事に気がつく。
僕とアルミィは違うと、真逆だと。
「もう薄々気づいてるかもしれないけど、私ってちょっと変だからさ、友達とか出来ないかもしれないし、クラスで浮いたらどうしよう、とかさ。えへへ」
眉を下げた彼女のぎこちない笑顔は、ずっと見ていたくはなかった。
確かに彼女は少しおかしい、とは思わない。
だって僕も、変だと他人に言われて育ったから。
周りに同じくらいの歳の子がが見当たらなくて育ったから、アルミィが変かどうかなんて僕には分からない。
でも、そんな僕にも分かることはある。
「確かにクラスで浮くかもしれないけどさ、友達が出来ないなんで事はないよ」
アルミィの腕の震えが止まる。
僕は青い瞳をのぞき込む。
今から僕が言う言葉は、良くないものかもしれない。
アルミィにとって、僕が初めてじゃいけないのかもしれない。
そういう事を全部抜きにして、僕がそうしたいから、そう言いたいから、という理由だで動いしてまう。
だからきっと僕は変人扱いされるのだろう。
予め謝っておく。
「ごめんだけど、僕はもうアルミィの友達になったから」
申し訳ない、と言わんばかりに指先をピシッと上にのばして、顔の前で立てる。
「・・・・・・・・・・・・そう、なんだ。もうナイツは、私の友達なんだね」
「いや、まあ一方的だから、アルミィがそう思わなければ、まだ友達とは呼ばないけど」
不思議とアルミィは夕陽の落ちた空を見上げながら「そうなんだ」と淡白に吐く。
外壁を10分ほど歩くと、正門と同じような鉄製の柵が見えてくる。
裏門かな、と首を伸ばして覗き込むと、鉄柵の奥には黒い長方形の箱のようなものがあり、煙突のような物もついている。
何となく予想がついてくると、アルミィが教えてくれた。
「焼却場だね」
「うん、ごみ捨てとかで使うのかも」
何となく、ゴミ箱を持ちながら、放課後ここにゴミを捨てに来る自分の姿を思い浮かべる。
その隣には、当然のようにアルミィがもう一つゴミ箱を持って僕の隣を歩いている。
「ナイツは、学び舎楽しみ?」
「もちろん」
アルミィはまだ服の中に手を突っ込んでいる。けど、もう震えてはいなかった。
「私の初めての友達になってくれてありがとう」
改めて言葉にされてると、かなり気恥しい。
だから、スっと目を逸らして鼻を掻いた。
「僕の方こそ、君が初めての──」
やっぱり面と向かって言うのは恥ずかしかったけど、僕は無理やり彼女に顔を向けた。
同時に、腹部に強烈な痛みが走る。まるで針のような雷が身体の中で破裂したような、耐え難い痛み。
でも僕は、自分の腹がどうなっているのか見えなかった。いや、見れなかった。
アルミィのその見開いた眼光から視線が逸らせない。口角は引きづっていて、僅かに痙攣している。噛み締めるような、脱力するような、そういう相反する感情が混ざった表情をしたアルミィに、目を奪われた。
もう一度、腹に激痛が走って一歩下がると、ようやく自分の身に何が起こったのか理解できた。
ナイフが刺さったんだ。痛いはずだ。
紅葉よりも赤く染まったナイフは、アルミィの小さな手に力強く握られていて、アルミィが僕を刺したのは明白だった。
痛みに耐えきれず、僕は膝を折り紅葉の絨毯に倒れ込む。
身体の末端から血の気が引いていくのが分かった。これはすぐに意識がなくなると思い、最後の力を振り絞って瞼を広く。
もう一度、もう一度だけ彼女を見ておきたかった。
でももう、いくら瞼を開いても視界から入ってくる情報を脳が処理出来ていなくて、実質真っ暗。
そんな暗闇で最後に聞いたのは、感情の篭っていない謝罪だった。