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1 青い君


 山岳地帯の(ふもと)。その辺鄙な立地に建設された学び舎、シーカリウススクールに僕は明日入学する。


 今日はその下見に、このシーカリウススクールまで足を運んで来たまでは良かったのだけど、時刻は既に夕刻。山肌に夕陽が体を隠し始めている。


 シーカリウススクールの敷地外から見えるのは、やけに赤いレンガ造りの校舎と、それを取り巻くように生えている紅葉(もみじ)の群生地。


 紅葉と言えば「秋」のイメージがあったから、春に咲いているのを見るのは、少し違和感がある。


 しかしその違和感も、夕陽に照らされた一面の絶景に、いつの間にか攫われてしまった。


 僕の胸の内側は今、高揚感という表現が一番正しい。


 燃えるような絶景に当てられてか、これから始まる学園生活に胸を弾ませていると、トントンと後ろから誰かに肩を叩かれる。


 反射的に叩かれた左肩の方に首を捻ると、細い人差し指が僕の頬を、ぷにっと押す。


「突き刺さった」


 視界の端には、青い髪が靡いて見えた。


 ニッ、とはにかみながら言う彼女に、僕は瞳を向ける。


 夕陽が沈む校舎側とは反対に、彼女の後ろに広がる空は、既に深い青で染められていた。


 そしてまた、彼女も青かった。


 青い髪に、青い瞳。

 冷たい色なのに、柔らかい雰囲気を持つ彼女がそこにはいた。


 彼女の色彩に見蕩れしまったせいで、会話がワンテンポ遅れる。


「・・・・・・・・・・・・普通こういうのって「引っかかった」じゃないの? 突き刺さったって、少し具体的過ぎると思うけど」


 スっと指が僕の頬から外れ、僕は改めて青い彼女の方に体を向ける。


 僕と同じ14歳ぐらいに見える顔立ちだったけど、彼女の服装は、貴族の僕と比べると素朴な格好。


 しかし逆に、着飾らない事こそが彼女の魅力を引き出しているのではないかとも思えてしまう。


「そうなの? まぁ確かに実際突き刺さってないしね。もしそうだったら今頃君の頬に穴が空いてるもんね」


「結構こわい事言うね・・・・・・。もしかして今はそういうブラックジョークが流行ってるの?」


 世間を知らない僕は彼女に訪ねる。


「んーどうだろ。私の中でなら流行ってるかも」


 俺が聞きたい事とは別の回答だったけど、彼女の中で流行っているのなら、僕も使ってみてもいいかもしれない。


 だからもう少し、期待を込めた質問をする。


「もしかして、ここの生徒だったりするの?」


「うん。明日からだけどね」


 やはり彼女はニッと、はにかみながら言った。


 じゃあ一緒だと、僕も伝える。


 え、と彼女は目を丸くした。大きい目だった。同じ歳頃の女の子は何回か見たことあるけど、その時の瞳はこんなに真ん丸じゃなくて、もっと鋭く細い目だった。


「そうなの!? じゃあ私たち同級生じゃん!」


「そうなるね」


 なんて、スカして言ってみたはいいものの、僕も心の中では、もう一人の僕が踊り狂っている。


 いやいや落ち着け僕。男はいついかなる時も冷静沈着であれ。それが紳士というものだ。そう習っただろ。


「じゃあ一生に校舎見に行こうよ!」


 子供っぽい事を言っているのに、どこか彼女の言葉には年相応の落ち着きのような理性が感じられる。不思議な感覚だった。


 ここからでも校舎は見えるけど。


「もしかして、敷地内に入ってって話してる?」


「そう!」


 さすがにそれは不法侵入じゃないだろうか、と思ったけど、彼女の輝かしい表情に水を差すわけにはいかない。


 僕は少し離れた場所で立っている使用人に目を向けると、白い手袋をした指先でOKサインを作ってくれる。


 優しい、というよりは放任主義と言った方が正しい。


 こういう時、きっと兄上だったら許されないんだろうな、などと思いながら今だけは自分の生い立ちに感謝した。


「じゃあ、日が落ちるまでなら」


「当たり前だよー。日が落ちた校舎でなにするっていうのさぁー」


 彼女の冗談を鼻で苦笑いしながら受け流してから、僕は閉じられた校門の柵をよじ登ろうとすると。


「ちょっと、真正面から行ってどうすのさ。バレたら退学だよ?」


「え、退学?」


 聞いていない。ソンナコトハ聞いてない。


「あっちの紅葉の方から行こ! ついてきて」


 青色の彼女は、いかにも「不審者です!」と言わんばかりに腰を下げて歩き出す。その後ろをついて行きながら、まだお互い名前を聞いていないなと思いつつも、頭の大半は「バレたら退学」という恐怖で埋め尽くされてた。

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