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神様と少女の話

作者: みぞれ

「かみさま、かみさま。いつわたしをたべてくださるのですか?」

「おまえが、もう少し大きくなったらね」

「わたしはもう、じゅうぶん大きいです」

「……ふむ。おまえは今いくつだったかね」


 どうしてそんなことを聞くのだろう。神様はすごい神様なのだから、私の年齢なんて聞くまでもなく知っているはずなのに。

 それでも、神様に聞かれて答えないなんていう選択肢はない。


「むっつです」

「そう、まだ六つだろう? 私よりもずっと幼いのに、食べたりなんてしないよ」


 でも、神様。あなたに私を食べてもらわないと、村のみんなが困るのです。日照りが続いて、食料が随分減ってしまったから。

 優しい母さんも、強い父さんも、働き者の兄さんも、まだ幼い、私より小さな弟妹たちも。食べるものがなくなったら、冬を越せなくなってしまうのです。だから、どうか。


「おねがいします、かみさま」


 私を、食べてください。



「それなら、約束をしよう」


 神様は、ゆったりと口を開いた。


「おまえが十分に大きくなったと私が思ったら、その時お前を食べるよ。大丈夫、此処での時間は、あちらにとっては一瞬さ。おまえが心配する必要はないよ」


 私の大好きな家族たちが無事なのならば、私を食べるのはいつだって構わない。


「わかりました。やくそくします」




「かみさま、かみさま。そろそろ私を食べてくださいますか?」

「そうだねえ、おまえはまだ小さいからね。もう少し先だよ」

「でも、かみさま。やくそくをしてから、二年たちました。もう私もはたらけるほどの年なのです」


 兄さんはもうこの年には大人たちに仲間入りしてお仕事をしていた。私のようなお手伝いとは違う、本物のお仕事だ。

 だから、私だって、もう大人なのだ。


「私にとっては、まだ幼い命だよ」

「でも、かみさま」


 私が言い募ると、神様はすこし悩んだ風にそうだねえ、と呟いて、条件を出そう、と言った。


「おまえがもっと知識をつけたら、食べてやってもいいよ。いろんなことを知ってからではないと、」


 神様は、不自然に言葉を切った。

 知識をつければいいのか。でも、知識ってどうやってつけるのだろう。本を読むのだろうか。でも、この空間に本はない。広い白しか。此処にいる限り食べなくても生きていけるから、それ以外は必要ないのだ。


「ちしきとは、どうやってつけるのですか?」

「私が本を出してやるから、一緒に勉強をしよう」


 勉強。勉強とは、街の子が学校に行ってするあれか。

 そんなものを私がしてもいいのだろうか。

 神様がいいと言っているのだからいいのだろう。


「じゃあ、よろしくおねがいします」

「うん、よろしくね」




「神さま、神さま。私を食べてくれませんか?」

「この間も言っただろう。まだ早いよ」

「でも、言われたとおりべんきょうしました」


 もう文字だって読めるのだ。簡単な本なら一人でだって読める。

 神様は、この広く、白い空間にたくさんの本と机と紙とペンを出してくれた。そうして、隣でゆっくり教えてくれたのだ。


「まだまだ足りないよ。それとも、飽きてしまったのかい? それなら、少し体も鍛えようか」

「体をきたえるとは、どうやってするのですか?」


 神様は、やっぱり悩んだようにそうだねえ、と呟いてから、まずは健康な体を作ることからだよ、と言った。


「たくさん食べて、たくさん寝なさい。おまえはまだ幼いのだから」


 神様は、たまに不思議なことを言う。私はもう九つで幼くないし、此処では食べなくても寝なくても大丈夫だ。


「神さま。私はなにも食べなくてもへいきなのですよ」

「此処だけの話だろう? 人の子が寝食をせずとも生きていける場所なんて、ろくな場所ではないよ」


 よく分からないが、とにかくよく食べて、よく寝ればいいらしい。

 そうしたら、神様は私を食べてくれるのだ。




「神さま、神さま。私を食べてくれますか?」

「体を鍛えたらね」

「私、言われたとおりよく食べて、よくねました」

「それは、健康な体を作るためのことだよ。体を鍛えるためには……、そうだねえ、野原でも作ろうか。そこで、私と運動をしよう」


 体を鍛えるのと、健康な体を作るのとは、別のことなのか。それなら、どうして健康な体を作る必要があったのだろう。私は、一人で問題なく歩けるから、健康だったのに。


「神さま、うん動とは何をするのですか?」

「運動というのは、走ったり跳ねたりすることだよ」


 神様は優しく答えてくれた。

 それから、私と神様で一緒に運動をした。追いかけっこをして、キャッチボールをして、縄跳びをした。




「神さま、私を食べませんか?」

「ううん……。ああ、最近考えていたのだけれど、おまえの服は少し質素だろう? 刺繍でもしないかい?」

「それは、私を食べることと関係はあるのですか?」


 私がどんな服を着ていたって、食べるときにはどうせ全部脱ぐのだ。そうしたら、服なんて何でもいいだろう。


「人の子は、料理を食べるとき味だけではなく見た目も気にするだろう? それと同じだよ」


 そういうものなのだろうか。どうも、私は早くに此処に来てしまったから、そういう常識に疎いのだ。元いた村が、そんなことを気にする余裕がないくらい切羽詰まっていたというのも、理由の一つかもしれないが。


「ししゅうは、どうやってするのですか?」

「私も刺繍はあまり得意ではなくてね。確か、本の中に刺繍の本もあったはずだよ。それを見ながら一緒に練習しようか」

「はい、神さま」




「神さま。そろそろ私を食べませんか?」

「そうだねえ、……もう少し、勉強をしようか。知識があって悪いことはないからね」



「神様、私、今が食べ頃ですよ」

「そうかね。ああ、食べ頃といえば、畑を作ろうと思っていてね。手伝ってくれるかい?」



「神様、畑のきゅうりが育ちました。私と一緒で、美味しそうですよ。食べますか?」

「美味しそうだね。おまえが手伝ってくれたからだ。生ばかりで食べるのもいけないし、料理でも覚えようか」



「神様、畑でとれた茄子で料理を作りました。私と合わせて食べませんか?」

「まだ食べないよ。それより、私が出す糸だけでは、刺繍の鮮やかさが足りないね。染色でも学ばないかい?」



「神様、糸が綺麗に染まりました。刺繍も刺してみましたが、どうですか? この服なら私を食べたくなりませんか?」

「とても上手だよ。私も同じ頃に始めたけれど、おまえの方が刺繍は上手だね。私にも何か刺してくれないかね」



「神様、神様! せっかくなので、神様の服を作りました。お待たせしてすみません。どうですか? 綺麗ですか?」

「ああ、ありがとうね。とても……、とても綺麗だよ。上手になったね」




「ねえ、おまえ」

「はい、神様。どうしました?」


 色が溢れた空間で、神様は少女に声をかけました。

 昔は白だけが広がっていた空間には、今は様々な色があります。野原に、机に、色とりどりの花。それから、たくさんの本だって。畑だってありますし、今や神様と少女は野原にある家の中で生活しています。

 ご飯を食べ、お風呂に入り、寝るための家。神様には本来、必要ないもの。


「おまえももう、大きくなっただろう? だから、」


 少女は食べられるのだと思いました。十分に大きくなったと神様が思ったら、少女を食べる。それが神様との約束でしたから。

 そして、少女は嫌だな、と思いました。たったの18でこの世を去ってしまうのは、少し嫌だな、と。

 でも、続く言葉は少女が思いもしなかったものでした。


「下に降りてみないかね。きっと、おまえも気に入ると思うんだよ」

「下に、……ですか?」


 神様は穏やかに肯定しました。

 それから、下に降りる利点をつらつらと少女に語りました。四季がある。美しい春と、暑い夏と、恵みの秋と、静かな冬が。美味しいものがある。野菜はもちろん、この空間に唯一ない、他の命を使ったものが。それから、何よりも。


「下にはね、他の人の子がいるんだよ」

「……わ、私は、他の人に会いたいなんて一度も」

「うん。でもね、人の子は群れで暮らす生き物だろう? 今まで、私などという異物と二人きりだったのが、おかしいことだったのだよ」


 少女は否定しましたが、神様はゆっくりとごめんね、でもこれは決まっているから、と言いました。


「あ、えと、私を食べてもらわなきゃ、村に迷惑が」

「それなのだけれど、実はおまえが此処に来たときに既に手を加えていてね」

「来たとき、に?」


 実は神様は、少女が此処に来たときに村に山の実りがたくさん採れるようにしておいたのです。小女のおかげとは思われにくいけれど、完全にその犠牲を否定できない程度に。分けあって食べれば、何事もなく冬を越せるように。

 初めて聞くことばかりで少女は混乱しました。それでも必死に考えて、そして、思いました。


「神様、神様にとって私はいらないものでしたか……?」

「必要、という点だけ見ればね。でも、私個人としてはおまえと会えて良かったと思っているよ。おまえに幸せになってほしいと思っているから、下に降りてほしいのだよ」


 神様は、本当は、少女を手放したくはありませんでした。

 なにもしなかった、なにもできなかった、幼い命。神様に家族はいませんが、娘のように思って、慈しんでいました。


 それでも、神様は思いました。小女のことを思うのなら、こんな(いびつ)な空間にこれ以上いさせてはいけない、と。

 色に溢れた空間には、木が揺れる音がしません。だって、此処には風は吹かないから。草が揺れる音もしません。揺らす動物がいないから。水が流れる音もしません。川がなく、水は全て湖と池になっているから。此処は停滞した空間なのです。時が流れても変わらない、今日が続いていくだけの空間。

 そんな空間に、少女を居させられない。それは、確かに神様の愛でした。そして、それを聞いた少女も、神様の考えを否定できないほどに、神様を信頼して、愛していたのです。


「おまえは、何処か行きたい場所はあるかい? 元いた村とその周囲以外なら、何処でもいいよ」

「村は、何故いけないのですか」

「この空間は時の流れが違うからね。……戻りたかったかい? ごめんね」


 村の人たちは幼かった少女がほんの一瞬で成長して現れたら、驚き、混乱し、恐怖するでしょう。その時、少女が傷つけられない確証は何処にもありません。

 神様は、もう一度謝ってから、少女に言いました。


「私としては、帝国は今はあまり薦められないよ。……そう、王国では染色が盛んでね、おまえが気に入ったのなら良いかもしれないね」

「王国……。のどかな国、でしたよね」

「うん。私は良いと思うよ」

「私も、染色気に入ったので、良いと思います」

「では、急な話になってしまうのだけど、出発の準備をしてくれるかい?」


 神様は、最後に一つだけ好きなものを持っていっていいよ、と言いました。たくさんは無理だけれど、一つだけなら。


 少女はうんと悩みました。うんと悩んで、たくさんのものを出してきて、ひとつ、選びました。(まだら)に染まった糸でした。お世辞にも上手とはいえません。それもそのはずです。その糸は、少女と神様が初めて染めた糸でしたから。

 神様は、少女が選んだものを見て、微笑みました。


「懐かしいね。…………じゃあ、さよならだ。これで、私とおまえはもう会うことはない。……今まで、ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございました! とても……、とても、お世話になりました! 神様も、どうかお元気で!」


 そうして、少女は、神様の空間からいなくなりました。





「それで、おばあちゃんはどうしたの? いまでも、かみさまとあいたいの?」

「ううん。今は、おじいちゃんと出会ったし、可愛い孫もいるからね。神様にはもちろん感謝してるけれど、会いたいとは思わないよ」


 世界の何処かで、孫に昔話をしていた老女は言いました。そして、幸せそうに笑いました。

 鮮やかな空間の何処かで暮らしている神様は、嬉しそうに、微笑みました。

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