「第九話」僕の自慢の弟だもの
努力、研鑽、血反吐を吐いてもなお不屈。
『あれだけやって駄目なら、何も変わるまい』
努力、研鑽、血反吐を吐いてもなお不屈。
『イフウ様を支える松葉杖にでもなれば万々歳だな!』
努力、研鑽、血反吐を吐いてもなお不屈。
目的地は在るものの、肝心の終着点は存在しない。
何故ならそれは即ち「目的の達成」だからである。
棟梁になり、今まで自分を馬鹿にしてきた人間を見返す。
棟梁になり、母が叶えたかった夢を自分が叶える。
棟梁になれば、みんなが認めてくれるから。
でも、自分はなれなかった。
結局天才である兄に負けて、口を揃えて笑われて……自分がやってきたことは全部無駄だったんじゃないか? そもそも、初めから自分には無理だったのではないか?
──そんなことない、私はできるんだ。叫んで泣き喚くように、兄を切った。母親の命令だった……でも失敗して、竜の封印が解けて、みんなが自分を戦犯だと罵って、母親も見下すような目で私に命令をした。
最後のチャンスすら掴み取れない、そんな私は今、どうしようもなく体が熱かった。
「……もう一回言って」
「お前は、弱くない。僕なんかよりもずっと努力家で、頑張ることをやめなかったんだから」
そうだ、私は頑張ってきた。
見られていても、見られていなくても、笑われていても剣を振るった。振って、振って、振りまくって振りまくった。無駄じゃないって、いつか必ず報われるって信じて。
「もう一回、言ってください」
「お前は弱くない。目の前のことに一生懸命で、真面目で、一歩ずつ進んでるんだから」
そうだ、私は頑張ってきた。
体力がなければ走った、力が足りなかったら鍛えた。生まれつき弱い体はとにかく叩いて鍛え上げた……もう一回、もう一回って、笑いながら木刀を振るう家臣にも、怯まずに。
「もう一回、もう一回……ううっ、ううう……」
「お前は、弱くない。──だって、僕の自慢の弟だもの」
視界がグシャグシャに潰れて、もう駄目だった。シュラは涙まみれの顔を覆うこともなく、抑えること無く感情をぶちまけた。報われたかったこと、認められたかったこと、とってもとっても悔しかったこと……それでも、努力する自分が好きだということ。
「頑張ったのに、駄目だった。悔しかった……でも、それでも私は幸せだった。なのに笑われて、馬鹿にされて、見返したくて……私は、とんでもないことを兄上に……!」
それら全てを、イフウは黙って抱きしめた。冷え切った彼の、華奢では在るが鍛え上げられた体とともに。彼が抱えている罪と、それを償いたいと願う真っ直ぐな罪悪感とともに。
「……僕は、まだお前を許せない。痛かったし、辛かったし……何より、お前に裏切られたってことが悲しかったから」
「兄上……」
「でも、これだけはもう一度言わせて」
ぎゅっ、と。力強い抱擁は、じんわりとシュラの体を温めていた。それは彼のこれまでを全て肯定するわけでもなく、否定するわけでもなく……ただ、そういう事実があったことを認めた。ただそれだけのこと、頑張っていたことを、彼が認知しただけ。
「お前は、弱くない。他の誰がなんて言おうと、どれだけ君が追い詰められていても……僕は、僕だけは、お前を同じ武人として尊敬して、認めてるよ」
「……ああ」
拭いきれない闇の中に、光り輝く手が差し伸べられる。
「ああ、ううっ……あああ!」
それはシュラが躊躇していようと、問答無用で引っ張り出してくるものだった。陽の当たる場所へ、前を向くことに意味を見いだせる場所へ。
「うわぁぁぁあぁぁぁ……!!」
同じ人間とは思えないほど、シュラは泣きわめいた。悲しさは嬉しさに、どす黒い感情は、太陽の如き光に照らされて、本当の輝きを照らし出していた。
彼は、いいや彼女は救われた。狂おしいほどに憧れていた兄に、その強さを認められたことで。
ようやっと、自分のための剣を振るえるのだ。
「……じゃあ、やろうか」
「はい」
イフウは背を向けず、静かに距離を取った。シュラは立ち上がり、もう一度刀を握りしめる。──ああ、彼女は今、自分の誇りのために剣を握っている。他の誰でもない……自分と、自分を対等に見てくれた恩人に報いるために。
「……兄上は、気づいていたのですか?」
「何に?」
「私が、その……性別を偽っていたことを」
イフウはそれを聞き、しばらく黙った。しかしシュラの顔が曇るよりも前に、笑顔で答えた。
「僕は、そんなこと気にしないよ」
「……」
ありがとうございます。そう小さく呟いた後、両者は対等に、それでいて互いに敬意を払いながら構えた。
静寂。
刹那、風が吹いた。
「「参るッ!!!!」」
ツワモノ二人の剣が交差し、周囲の風を愕然とさせた。




