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「第四話」女、虚空に恋い焦がれ

 森の中。シュラはただ、脳裏に浮かぶ兄を殺すことだけを考えていた。偽りの憎悪を肥大させ、それを無理やりにでも受け入れ、この一時だけでも自らの行いを正当化しようとしていたのである。──だが葛藤を直ぐに正し、整えるということは容易ではない。それは例えるならば荒れ狂う海の波を鎮め、その心を凪ぐという事なのだから。


「……おのれ」


 境遇を僻み、実力に苛まれ、それでも尚進む事を止めなかった。そんな武人であるシュラであれば、このような陰謀は一片たりとも受け入れられない筈なのだ。──受け入れてしまえば、自分は見捨てられる。そんな考えがよぎる度に、己の罪を償うという選択肢は泡の様に消えるか、保身に走るシュラ自身が揉み消してしまうのである。


(我が身可愛さで不意打ちをし、成果も得られず戦犯扱い……守るための力を私利私欲に使う私の、何が棟梁なんだか)


 自傷行為に等しい自問自答を重ねる中、シュラは己の未来の行く末を悟った。このまま目の前の危機に必死になり、持っていたはずの価値ある何かを捨て続ければ、自分はいずれ死ぬだろう。それはそれは凄惨な、無価値に成り果てた自分として。


(それなら、今此処で……)


 腹を括り、短刀を取り出す。鞘から抜き放った刀身は黒く……しかし、小さくはあるが確かな輝きがあった。武者鎧を脱ぎ、腹に切っ先を突きつける。これでいい、これで自分はまだ価値があるまま死ぬ事ができる。男として、ツワモノとして生きてきた。後悔なんて無い。


 後悔、なんて。


(……ああ、あるにはあったな)


 思えばそう在りたいと思ったのも、そうなりたいと思えたのも、元はと言えば彼のおかげだった。いつからだったんだろう、それが醜い承認欲求に覆い隠され、それが自分の使命だと思うようになったのは。


(私は、貴方に褒めてもらいたかった)

「じゃあ褒めてもらおうよ、手伝ってあげるから」


 その瞬間、シュラの背後から何かが飛来する。避け切ることは出来なかった、鋭いそれはシュラの右肩を容易く貫き、深々と突き刺さった。


「かっ……がぁっ」

「そうだよね……女の子だもんねぇ! 自分の大好きな人から褒められたいし、好きになって欲しいよね!」

「お前は……兄上の……まさか、いいや在り得ない……!」

「ん? ああ、違うよ? 気配だけで『視て』るんだろうけど」


 突き刺さった何かがシュラを蝕んだ。魂も、意識も、体の自由も……隅から隅までを浸食されながら、走馬灯のような何かが、シュラの脳内を埋め尽くした。それを見た白い長髪の女は、にんまりと口の端を上げた。


「死なないって、安心しなよ。手伝ってもらうついでに、君のキューピットになってあげる……ってあれ? おーい聞いてますか~?」


 その頃には、シュラの意識は無かった。女は不満そうに、しかしまぁいいかと一言漏らしてから、再びにやにやと笑っている。


「もうすぐ会えそうだね、ハクラ」


 人ではない、妖魔の器にも収まる事を知らない。周辺の妖気を踏み荒らしながら、森の命をことごとく吸い上げながら……ただ、その女は虚空に恋焦がれていた。


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