「第十六話」威厳ある背中
先程までの寒さが嘘のように、辺りは暖かな日差しに包まれていた。九死に一生を得た心地がしないイフウは、しかし自分の弟が生きていた事実に安堵していた。
「シュラ、傷は大丈夫か?」
砕けた鎧に滲んだ血、疲れ切った顔。イフウは今にも倒れそうな弟の顔を案じていた。
「大丈夫ですよ、其処の畜生……失礼、ホムラ殿に頂いた血の力で、ほれこのとおり」
シュラはその場で逆立ちをやってみせて、そのままくるりと一回転……華麗な着地を決め、スッキリとした笑顔を浮かべた。イフウはそれに安心すると同時に、少しだけ怒りを覚えた。
「あんまりホムラを悪く言わないでほしいな。彼女は僕の命の恩人なんだから……ね?」
「ははっ、中々にきついことを言いますね、兄上は。……申し訳ありません」
「その誠意ある謝罪は、是非ともホムラに向けてほしいなぁ」
シュラは暫く嫌そうな顔でイフウとホムラを交互に見た。やがてため息を付き、訝しげな表情のホムラの前に立った。
「これまでの非礼をお許しください、赤竜ホムラ殿。そして感謝を、私のような愚か者を助けていただいたこと、忘れはしませぬ」
「……アンタは似てないんだね」
「はい? 似てない、と申しますと?」
「別に、アンタは運がいいってこと」
その一言は、以前のシュラが聞いていれば殺し合いが始まっていただろう。しかし今のシュラはそれを自分の中で飲み込み、その始末を付けることができる人間になっていた。
イフウはそれがどうしても嬉しくて、なんだか段々と、兄としてできることが少なくなってしまうのではないか……そんな、ある意味での依存をしているような感情が湧いてきた。
「では兄上、私はこれで」
「……ごめん、一緒に行けなくて」
「仕方ありませんよ。謝りたいのは寧ろ私の方です、兄上がそんな恐ろしい呪いを抱えていたとはしらずあんなことをしてしまい……本当に、申し訳ない」
「いいんだ、いいんだよ。……絶対、生きて会おう」
シュラの表情が、いつにもまして強ばる。それは決して怒りによるものではなく、固く強靭な決意によるものである。彼の自己犠牲の魂胆など、イフウには簡単に見抜けてしまっていたのだ。
「……兄上には、敵いませんね」
「あと十年は兄としての威厳を持たせてもらうつもりだよ」
軽く笑いを交わし合い、シュラは背を向けた。別れの時である、シュラは己の罪にケジメを付けるべく、イフウは己の呪われた運命を断ち切るべく。
「ご武運を」
そう言って去っていくシュラの背中には威厳があった。罪を自覚し、自らの名誉のために剣を振るい、それでもなお生きることを諦めていない、そんな背中。
「……行こう」
負けてられない。武人として、人間として、イフウは己の果たすべき使命を果たさねばと、彼もまた、そんな威厳のある背中に背を向けた。




