「第十五話」白竜を蝕む呪い
赤竜ホムラと激闘を繰り広げた白竜ヒムロは、先程とは千里以上先の山の中に居た。
「っ……」
しかし、その表情には余裕は何一つない。
彼女は戦いに力を大きく裂き、既に限界だったのである。溜め込んでいた妖力はほとんど底をつき、その上でようやく「互角」に持っていくことしかできなかった。──受けた痛み、火傷……この身にそぐわないほどの力を使ったことにより、反動が体を蝕んでいたのである。
妖力を蓄えた、恐怖を貪った……この数十年の間で、妖魔としてのヒムロは格段に成長していた。しかしそれでも、純血たる竜にはどう足掻いても敵わない。どれほど他の妖魔を取り込もうと、どれほど他者の恐怖を力に変えようと、その差を埋めることは出来なかった。
「……ううっ、ああああっ……!」
体のバランスが、崩れていくのが分かる。抑え込もうとするたびに、ヒムロの華奢な体を激痛が襲う。しかし抗うことをやめた瞬間こそが、ヒムロの本当の死に他ならない。
鍛え上げられた武人、名を馳せた大妖魔でさえも泣き叫ぶような苦しみ。
それを耐える、耐えてみせるという気概の源とは、彼女自身が抱く歪んだ愛である。
「ハクラ……ハクラッ! 死なない、死ねない。嫌だ……!」
痛みが少しずつ収まっていき、やがてそれは水に溶けるかのように……やがて、気にも留めないようななんてことないものへと成り下がっていった。ヒムロは大きく息を吸って、自分の体がまだ原型を保っていることに安堵した。
まだ、死ねない。その呪いにも似た故人への想いが、彼女をこの世に留めている。完全な妖魔ではない、人間の血を引く彼女が他の妖魔を喰らうことは本来自殺行為に等しかった。力を使うたびに身体を激痛が襲い、それに耐えられなければ死ぬ。
「……絶対、会うんだ」
人間になれず、妖魔としても不完全……残虐性を人間性に濁され、淑女にあるべき穏やかさは半端な暴力衝動に押し潰される。どちらから見ても不完全、邪魔者扱い。それは血を分けた姉妹であるホムラであっても例外ではない。
「私に、私のままでいいって言ってくれたハクラに……!」
自らを覆う永遠に等しい闇の中、かつてそこに射していた暖かな陽の光。それだけに依存していた彼女にとっては、再び心の中を照らしてもらうことだけが願いであり、それは紛れもない依存であった。
故に、彼女も呪われていた。
他の誰でもない、彼女を心の底から祝福していた最悪の二股男に。




