「第十一話」束の間の幸せ、凍える
地に伏したシュラを、イフウは高い位置から見下ろしていた。
異なる境遇、されど志を同じくした二人のツワモノの決着は、今ここについたのである。互いに全力を出し合った果てにあったのは……最早、ツワモノが互いの実力を認め合い、其処に至るまでの努力や研鑽を認め合う。──そんな、ある意味では究極の平等であり対等が、今この場で顕現していた。
「私は、負けたのですね」
悔しそうな、しかし清々しい顔でシュラが口を開いた。イフウは地面に突き刺した刀を握りしめながら、いつでもシュラの細い首に滑り込められるように……しかし、しっかりとその話を聞いていた。
「不意打ち、隠蔽……誰かのために剣を振るってきました。でもこの戦いで、兄上との果たし合いで、私は自分の意志で剣を振るいました。後ろめたさも罪悪感もない、あらゆるしがらみに囚われない……自由で、羽ばたくような剣を」
シュラの目には、溢れんばかりの幸福があった。自分は自分でいて良いこと、自分を認めてくれる人がいること、自分を対等に見てくれて……それでいて全力を出してくれた人がいること。それが彼、いいや……抑圧されていた彼女を救ったのである。
故に、彼女に未練はなかった。
「貴方は私と戦い、勝利した。……さぁ、どうかケジメを付けてください」
「分かった、断る」
え? 驚いた表情のシュラの上から退き、イフウは地面から刀を抜く。そのまま鞘に刀を納めた後、怪訝そうに起き上がるシュラに言った。
「何度も言うけど、お前は僕の大切な弟……いや妹? まぁどっちでもいいけど、そういうことなの。だから殺さないし、恨んでもない」
「でも……それじゃあ私の気が」
「お前の気なんて知らないし、僕はそんなにホイホイ兄弟げんかで殺し合いなんてしたくないの。そこら辺の感覚は直しておいた方がいいと思うよ?」
シュラはあっけらかんとしていたが、次第に顔を柔らかくふやかせていき……ついに堪えきれなく成り、笑った。溢れんばかりの、燦々とした太陽のような笑み。そこにあったのは冷たい絶望の涙などではなく、温かい感情が流れ出たに過ぎなかった。
「あはは、あははっ……あははは」
「そんなに笑えるかなぁ」
「ふふ、笑えますよ。兄上はお人好しですね」
「ええ……? なんか雰囲気変わってない?」
気のせいですよ。シュラはそう言って、地面から立ち上がった。握りしめていた太刀を鞘に収め、しばらくぼうっと空を見ている……そしてしばらくして、彼女はイフウの方を向いた。
「そうですね。──私達は、兄弟ですもの」
「当たり前だろ、シュラは馬鹿だなぁ」
ケラケラと笑う二人。ようやく平等、そして心を通わせることが出来た二人。男と女、天才と凡才、そのような違いはあれど……二人はこうして、束の間の幸せの中にいた。
『へぇ、そうやって幸せになっちゃうんだ。シュラちゃんって案外つまんないね』
次の瞬間、肌を刺すような冷たさが周囲に広がった。




