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社高校囲碁部  作者: 踏切
***第一局 学生プロの実力 ***
6/16

学生プロの実力

 プロともなれば、学生であることは考慮されるがそれなりに仕事も入る。


 そのため、スケジュールは白心たちよりも過密になってくる。


 だが残りの猶予は二十日程度、五局ならばいつでも打てると思っていた。


「今日打たないと、ぎりぎりかもしれないわね」


 エリがそんな風に言い出すまでは。


「じゃあ、今日誰かが打っておかないと、だな」


 広瀬がそう言うとみちるは真っ先に声を上げる。


「私打ってみたいなー。プロと打てる機会なんてそうないし」


 ただ打ちたいだけだった。


「いや、今回は六花が打つことにしよう。みちるはまた今度だ」


 智香はそう宣言する。


「勝てそうなら、勝ってくれ」


 広瀬がそう言うと、六花は困り顔になる。


「簡単に言わないでよ。相手はプロなんだから……」


 六花は一度エリの方を見た後、言葉をつなげる。


「でも、本当に勝てるなら勝ってくる」


 目は完全に勝ち気満々で負ける気なんてさらさらないようだ。


 普通に考えても、プロと打つ機会なんてそうある訳でもない。


 たとえ負けても次のある第一局は六花にとってもプレッシャーばかりではなかった。


「改めて、今回は私が打つことになったわ」


 そう宣言して、対局は始まる。


「ルールは三子局、黒番が六花、白番はエリ。コミは半目」


 智香が告げる。


 互いに石の入った碁笥を取り、六花はハンデの三つの黒石を盤上の「星」へ置いたところで、始まりのあいさつが交わされる。


「よろしくお願いします」


 囲碁では礼節というものを重んじる打ち手は多い。


 例え知り合いであったとしても、むしろそういう相手にこそしっかり普段から礼儀をしっかりとすべきだと。


 これは囲碁が元々上流階級の(たしな)みとして流行を始めたことが理由にあるかもしれない。


 この挨拶はその礼儀としては基本中の基本とされるもので、この他にもいくつもマナーがある。


 これが囲碁の敷居が異常に高く見られている理由の一つだろう。


 エリの第一手、白石が星。六花から見て左上隅の「目外し」へと石が打ち込まれる。


 碁は将棋やオセロのようなマス目のある碁盤へ石を打ち込んでいくゲームだが、それらと大きく違う点は「石を打つ場所」だ。囲碁では線と線との交点に石を打つ。


 これは他のテーブルゲームを取ってみても、そう多くはないだろう。


 理由はいくつも説があるが、その真実がどこにあるのかは誰にもわからない。


 そして囲碁のルールが特殊な所は取った石の数を競うわけではない、少し勝敗が分かりにくい所にある。


 碁は「陣地の広さ」を競うのだ。


 陣地の大きさは、線の交点である「目」の数を競う。


 目の大きな固まりのことを「地」といって要するに陣地、この地の大きさで勝負を決める。


 長く打っていても、勝敗は最後までわからないという人も大勢いる。


 盤面へと目をやると、三つの星へ黒が置かれている盤上に、白石がぽつりと一つで戦いを挑む様子。これだけ見れば、黒の「地」がいっぱいのところに、白石は一から「地」を作っていかなくてはならない。


 そうすると、白石のエリにはよっぽど勝ちが見えない。


 過去に「日海」という棋士がいた。


 この人物は後の「本因坊算(ほんいんぼうさん)()」と呼ばれる、現代で言うところのトッププロに値するところの腕前だ。


 彼は言わずと知れた三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の碁の師であったと言われている。


 そんな最強の一人である称号「本因坊」を冠することになる算砂は、戦国の世で名を知らしめる彼らに「五子」のハンデをつけていた。


 その時代最強の人物に、五子で互角。あくまで戦国武将であるものの、碁は器量を測る良い機会であった。


 それほど、プロとアマの実力差は大きい。



 ここからこの碁が複雑になる、そう六花が一息ついたところで、それを見守る白心たちへと目線は移る。


「今のところは六花が安定して有利、ですよね先生」


 六花たちのいる所から、部屋の真逆へと拠点を移した他の面子が対局を並べながら検討する広瀬が智香に向かって話しかける。


 もちろん声は押さえ気味、万が一でも六花たちの耳に入れば問題だ。


「今のところ、な。だが見ろ、エリがここで中央に回った。もちろん六花は置き石がある分、俄然有利だが勝負はここからだろうな」


 少なくとも私だったら百回やって百回勝つね、と自慢げに智香が言う。


「この状況で必勝?……先生ってそんなに強いの?」


 と白心が六花の盤上を見て帰って来たみちるに尋ねる。


「ああ、大鳳君は智香先生が打つの見た事無いんだっけ。先生の実力は、正直強すぎて私たちじゃ計りかねるんだけど……」


 とみちるが椅子に座りながら答える。


「間違いなくトッププロと互角に渡り合うだけの実力はあるって、自称するくらいだから、相当なものだと思うよ」


 信じられない答えが返ってくる。


「トッププロって、ほとんど最強ってこと、だよね。すごい先生だね」


 あっさりこの話に納得してしまうのは、白心くらいのものだ。


 その反応にみちるはもちろん、横で話を聞いていた広瀬も智香でさえも驚きを露にするほどだ。


「白心ってさ、もしかして先生より強いんじゃね?」


 その器の大きさに冗談まじりで広瀬が尋ねる。そう思わせるくらいの反応だった。


「え、勝てないと思うな」


 白心はあっさりとそう答えた後、十回やって一回勝てるかどうかだろうね、と付け加える。


 トッププロ相手に十局やって一局勝つという事は、間違いなくプロ以上の実力だ。


「ほほう、言うねえ大鳳。どうだい、大事な一局の途中だけど私と打ってみるか?」

「……今回は遠慮したいな、先生。今はさすがに切花さんの対局の方が大切でしょう」


 そう言っている間にも、六花とエリの対局は進んでいく。



「……ありません」


 流れはエリのペースで、六花の投了はあっけなく訪れた。


「ありがとう」


 エリはそう言って、息をつく。それまでの息の詰まるような集中した空気が一度に解放される。


「ありがとうございました……完全にやられたー……」


 と脱力する六花にエリはすぐさま質問する。


「分かってると思うけど、敗着は?」


「ここね」と六花は指をさす。


 それからは少し検討に入るようで、広瀬は智香に六花が負けた旨を伝える。


「ああ、ここで完全に勝負は決したよ。広瀬、お前すぐにこれが失着だと気がつかなかっただろ」


 と智香は茶化すような目で、広瀬をみる。


「ええ、俺なら手拍子で受けてますよ。こんなの」


 と広瀬はため息をつく。それくらい、分かりづらい敗着だった。


 だが言われてみれば、そうなってみれば一目瞭然の失着。


 勝負を分けるのはいつだって、分かりやすい展開ばかりではない。


「何はともあれ、これでチャンスは一回無くなったわけだ。部長、今の心境は?」

「かなりヤバいかもしれませんね」


 心底まずい、という表情ではないものの、広瀬はそれなりに追いつめられていた。


 自分が打って勝てるのだろうか、という不安の方が今は大きい。



「こんな対局させて、本当にあの子たちが私に勝てると思っているの?」


 部員たちを帰らせた碁会所で、エリと智香は話をしていた。


「ふふ、エリも大口を叩くようになったな。いや、昔からそんな性格だったか」


 智香は子の成長を見た親のような台詞の後、それを台無しにするように中途半端な台詞を口にする。


「今日勝ったのは、まあ順当な所だったよ。戦いの碁を打つ六花でエリには勝てないよ。エリの方が数倍、力が上だ」


「……あんた、教え子を簡単に捨て駒にして、少しは悪いと思わないの?」


 あきれたようにため息をついて言う。ケラケラと智香は笑い続けている。


「少なくとも残り三局は、今日より楽しめるはずだよ」


 智香がそう言うと、エリは立ち上がる。


「まあ楽しみにしておけよ、エリ。お前に取ってはただのお情けかもしれないが、あいつらに取っては部がかかった大切な戦いだ。死に物狂いでやってくるぞ」

「まあ、それは楽しみ」


 エリは碁会所を出て行く。


 智香は一人、碁会所で今日の六花たちの対局を見て言う。


「一見余裕に見えるこの黒の打ち回し。こんなのは嘘だろ。白の六花が弱い訳じゃない。六花が強いからこそ、あいつは全力で打たなくちゃならなかった。この対局で見えたかもな、この勝負の行く末が」


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