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社高校囲碁部  作者: 踏切
***第一局 学生プロの実力 ***
5/16

青と金色の神野エリ

『知らないならそれで良い、とにかくそいつは今日、ある碁会所にいる。待ち合わせしてあるんだ、さっさとここを出て向かうぞ』


 目的地までの移動は、智香は自分の車を使い、部員は歩きで行くことになった。


 指定された場所はそれほど遠くはない。社高校を西へ徒歩十分程度歩いた先に中央図書館がある。


 その図書館の裏手、一本道を挟んだビルの三階が待ち合わせの碁会所『楽』だった。


「ここ、だよな」


 先頭を歩いていた広瀬が手書きの地図を見ながら、そのビルを見上げる。


 白心もそれにつられて視線を上げると、少し古そうな建物の窓に『碁』と大きく書かれている。


「間違いないわ」


 広瀬の手元にある地図を見ながら、六花がそう答えたところで部員たちは足を止めた。


 雰囲気はあまり良くない、というか小中学生ならば近づいてはいけないと真っ先に指導されそうな雰囲気の場所だった。


 他の部員たちが戸惑う中、白心だけがそれまで通りにそのビルへと足を運んでいく。


「ん、どうしたのみんな?」


 付いてこないのを見て、白心は振り返り呼びかける。


「まあ、ヨミトモの車も置いてあるし、大丈夫だろう」


 戸惑いつつも先に行く白心の後を追い、広瀬が女子メンバー二人を引き連れる格好で、碁会所のある三階へと向かう。狭い階段を上って、白心が三階の扉を開くと中はがらんとしたものだった。


 外観と碁会所の印象から想定していたタバコの匂いがほとんどしない。


 いくつかの長机の上に碁盤がたくさん置いてあるだけの部屋だった。


 カウンターには人がおらず、白心たちはどうして良いのか分からない。


 とにかく部屋の様子をあちこち見ながら、先に入ったはずの智香の姿を探す。


 すぐに智香の後ろ姿は見つかった。


 誰かが智香の前に座っていて言葉を交わしている。


 智香の背中が重なって見えないが、その人物が社高校の生徒であるということはすぐに分かった。


 社高校の女子用制服を着ていたからだ。


「先生」


 と白心が迷惑にならない程度で呼びかけると、智香は振り返って立ち上がる。


「来たか」

「先生、その子がもしかして」

「彼女が件の新入部員候補、神野エリだ」


 言うのと同時に智香が一歩後ろに下がって、ようやく白心たちの前に姿が(あらわ)になる。

 長い髪がまず目につく。そして、瞳。青い瞳が白心たちを写し、金の髪は当たり前のようにそこにあった。


 一瞬、誰もが言葉を失う。


 その存在感はこんな小さな碁会所の許容量を遥かに超えていた。


 その違和感と、それにも関わらすその少女が目の前にする碁盤との妙な調和とが、混沌とした空気を作り上げている。


 その雰囲気に気圧されながらも、白心は他の三人とは別のことを思っていた。


(こういう人間も世の中には存在するのか)


 それは一つの衝撃だった。白心の中で形成された世界観というものが、再び作り直されるほどに。

 しかし、そんな経験は最近の白心にとっては日常茶飯事で、「なるほど、あるものはあるんだ」程度で白心の感想は終わる。


 この順応性が、彼の大きな特徴だ。他の誰にもない、彼のアイデンティティだった。


「話は……」


 とエリが言葉を切り出したのをきっかけに、硬直した時間は再び動き出す。


「話は智香から聞いた。私に囲碁部の部員になってほしいとか」


 外見からは外国語がいくつも飛び出してきそうだったが、彼女の口から発生されたのは日本語。しかもよりネイティブな日本語だ。


「初めまして。部長の広瀬だ。聞いているなら話は早い。突然でわるいけど、協力してくれないか」

「……まずは座りましょう。受けるにしても断るにしても、詳しい話を聞かないと何も決められない」

「そうだな。全員適当にその辺すわれよ。荷物は机の下にでも入れとけ」


 智香がめずらしく教師らしい指示を出す。その指示に従って、各々近くの椅子を引いてそこに座る。

 智香は席を広瀬に譲り、エリの隣に座り直す。


「さて、じゃあまずはこうなった経緯から、話しますか」


 部長の広瀬が代表で話を始め、廃部の候補になったこと、三人だった部活に四人目の白心が入ったこと、後一人の部員を捜すも見つからず困っていることをエリに説明する。


「……いいわ、智香」


 広瀬の話を聞いたエリはしばらく考えた後、智香に向かって一言つぶやいた。

 じゃあ、と白心たちが体を乗り出す。


「エリ、本当に良いんだな?」


 智香が再度確認するように、エリに問い正すがそれにエリはしっかりと肯定する。


「では、これから神野エリが囲碁部部員となるための条件を確認する」


 喜ぶ一歩手前というところで白心たちは一気に冷や水を叩き付けられる。


「お前らにはそれぞれ、エリを相手にして対局してもらう。そのうち一局でもエリに勝つことができればその時点で囲碁部の勝利。逆に全局中で一勝もできなければエリの勝ち、この場合はもちろんエリは部員になることはない」


 淡々と智香は説明する。


「ただ、この対局にはハンデが設けられる」

「ハンデ?」


 とそこで初めて六花が口を挟む。


「ハンデなんて、こっちは廃部がかかっているのよ」

「話は最後まで聞け。ハンデはお前らへの配慮だよ」


 智香が口にしたハンデ、それは囲碁ではハンデをもらう側が黒石をいくつか先に盤上に置くことで行われる。

 六花は目を丸くして驚く。


「お前らにギリギリ勝ち目がないくらいのハンデを私が用意してやろう」


 ケラケラといつもの通りに笑ってみせる智香に、白心たちは違和感を覚える。


「僕たちに、勝ち目がない?」


 ハンデがあっても? と白心は不思議な顔をしてつぶやく。


「……もしかして智香、あなた私のこと何も言ってないんじゃ」


 そんな白心たちの様子をみて、さすがにおかしいと思ったエリは智香に尋ねる。智香は少しだけわざとらしく考えるようなそぶりをみせて。


「ああ、そういえば何も教えてなかったか」


 とケラケラ笑う。それは当然白心たち囲碁部の面々に向けられたものだったが、そうでないはずのエリも思わず苦虫をつぶしたような顔になる。


 そして自ら改めて名乗る。


「私は、プロ試験を通過して、この春からプロ棋士になった社高校二年生の神野エリ」


 それに智香が続ける。


「新進気鋭の、囲碁界注目の的。その腕は今のところ全勝。どうだい、これでもハンデはいらないかい?」


 白心たちは首を横に振ることしかできなかった。

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