廃部になる囲碁部?
――――
廃部候補の部活動へ
日付 一九九二年 五月一日(金) 囲碁部 宛
囲碁部の皆さん、お疲れ様です。生徒会で部活動管理を担当する佐藤と申します。
さて、新学期も始まりひと月になりました。囲碁部の活動は滞りなく、平常通り行われていることと思います。われわれ生徒会としても歴史ある囲碁部の伝統は我が校の誇りです。
そのような囲碁部にこのような連絡をするのは大変心苦しいのですが、先日行われた生徒会議会での決定を連絡します。
『現状部員数が五名以下の部活動においては、校則第十条に基づき廃部処分とする。ただし、我が校の部活動参加締め切り日の五月までに部員数が上記部員数を上回った場合には、その対象から除外するものとし、これまで通り部活動を認める』
現在この議案の決定によって、廃部候補に該当する部活動は囲碁部を含め二つの部活動となります。
また、もう一つの廃部候補である「文芸部」は今年の入部希望者もおらず、部員数ゼロ。
おそらく廃部となります。
ですので、囲碁部のみなさんにのみこの通知をさせていただいております。生徒会としても心苦しい決断ではありますが、学校の規則ですので皆さんにはぜひとも定数の部員を確保していただきたく思います。
以下で内容をまとめさせていただきます。
・囲碁部は現在廃部候補に挙っている
・規定数の五名の部員をそろえることで廃部候補から外れる
部員が揃ったら生徒会室へ御立ちよりいただくか、もしくは生徒会室横に設置してある連絡用ポストがありますので、そちらに部活名、部活代表者、顧問印、全員分の部員氏名と学年、を明記して用紙を投函してください。
連絡の締め切り、五月三十一日の放課後まで。
よろしくお願いします。生徒会会長、佐藤戻。
――――
四月が終わり、これから五月というその日は最近の春の暖かいから一転、大雨となった。
そんな四限終わりの昼休み、囲碁部部長の広瀬 (男子)は購買で購入した焼きそばパン(百五十円)を昼食にかぶりついているところで、とある生徒から一枚の紙を手渡されていた。
とある生徒というのが広瀬と同学年の二年生徒会副会長の佐藤進。この高校では生徒会役員を毎年九月と三月の二度に分けて選挙する。
彼はその選挙戦で三名の候補がいる中、上級生を押さえて得票率八十パーセントで当選する人気者だ。そんな彼が広瀬のもとを訪ねていた。
「広瀬、親友のお前にこんなものを渡す日が来るなんてな。初めて出会った時は思わなかったよ」
黄色い女子の声が教室の片隅で聞こえる。副会長の進は妙に思わせぶりな台詞を口にする男だった。
「変な小芝居はいいから。さっさと寄越せ」
広瀬は面倒くさそうに空いている左手でひょいひょいと指先を動かす。
「相変わらずノリの悪いやつだな……まあいい、これは生徒会からの連絡だ。切花六花さんや桃下台さん、できれば顧問の黄泉先生とも一緒に見た方がいい。確か今日も部室へ行くんだろう?」
「生徒会? 予算の話なら切花がうまくやっているはずだろ。あいつは囲碁部最強の外交官だぞ」
切花六花は囲碁部副部長の二年生女子だ。彼女が実質囲碁部の部長としての機能をこの広瀬(部長)に代わって補完している。
「確かに、切花さんは優秀だよ。だが、これとそれは話が別なんだよ。この件に関して切花さんにだけの責任と言うのは少し違う」
囲碁部全体の責任だよ、と言いつつ進は眼鏡を直す。
これが広瀬の言うところの「変な小芝居」なのだが、注意するにも彼のそれは様になり過ぎている。広瀬が素でやっているのか、それともそうでないのかを考えているうちに話は次へ進んでいく。
「とはいえやはり友人として、こういうものを渡しておいて我関せずと放置はできないからな。一応こちらでも手を考えておいた。困ったら今日の五時にその紙の場所で待ってろ、部員全員で来てもかまわんから」
俺はどんな状況かもまだ見てないんだが……とぼやく広瀬に進は二つ折りにした小さな紙を、人差し指と中指で挟んで差し出す。
「感謝しろよ。この心優しい親友に、な」
わざとらしく進がウィンクを広瀬に飛ばす。そろそろ鬱陶しいわ、と広瀬が脳天へ向けて手刀を入れて突っ込むと、それをあっさりとかわし、ちっちと人差し指をふる。
「まだまだだな、蝶々ちゃん。って、ゔ……」
今度は広瀬のコブシが進の腹に決まる。「蝶々ちゃん」は女性名のような自分の名前を気にする蝶々には禁句だ。
「いいかげんにしろ」
というこの一連の流れがいつも通りで、少しだけ二人に注目していたクラスメイトも、今日も見事だったな、と満足げに自分たちの昼食へと意識を移すのであった。
そして時が巡って、放課後の囲碁部部室へと場面は移る。
「それで。何とかなると言ったからには、あんたには何かアテがあるんでしょうね部長さん」
きつい口調で能天気な広瀬に言葉を投げるのは、昼休みの会話にも名前の挙がった副部長、切花六花だ。薄い眉に芯のある瞳。凛として整った顔から次々に繰り出される身も凍るような台詞を放つ様子から「社高、切ってのクールビューティー」の称号を一部男子から与えられている。
「……知り合い誘えばなんとかなるだろ」
そう答える声は相変わらず気怠そうだ。
広瀬 蝶々。
面倒事となればすぐさましっぽを巻いてどこかへ消えていくが、その実、広瀬は一般的な高校生からすれば実に活発な男子生徒だ。音楽からはピアノ、ギター。
スポーツからは水泳、剣道、柔道、バスケット。その他にも書道、絵画、チェス。
そのすべてに一時期身を置いて、ある程度優秀な成績を収めるまでに至った。
広瀬の多趣味は一旦中学までに収まり、高校に入ってからは囲碁にどっぷりとはまり込んでいた。
「蝶々ちゃんにしてはずいぶんマトモな意見だな。失望したぞ」
「蝶々ちゃん……いや、それより。先生の中の俺はどんなキャラになってるんですか!?」
囲碁部顧問の女教師、黄泉智香。
生徒間だけでの通称はヨミトモ。
切花副部長がクールビューティーならば智香は「コールドビューディー」と言ったところだ。
長身に黒髪の長髪は女性らしさを際立たせているのに、本人の装いと性格は女性らしさを良い意味で微塵も感じさせない。
「西向く侍、って覚え方を教えてもらったのに、お侍さんが西向いてるから何だっけ、六花ちゃん」
「……二、四、六、九、士、よ」
「なるほどー。さすが六花ちゃん」
紙に書きながら説明する六花に みちるは頷きながら納得する。でもそれだと五月は三十日までしかないような……、と言うつぶやきにそれ逆、みちる……、とため息をつきながら教えてやる六花はクールで実はそれなりに優しい。
「って、話が逸れてる! 私たちが今話し合うべきは、にして部員集めをするか、でしょ!」
六花が叫ぶ。
「「「ああ」」」
とそんなこともあった、という囲碁部の面々の顔に六花は再びため息をつく。
ひとまず、六花が状況をまとめようと黒板に「議案、部員確保の方法! あと二名」と書いて書記兼進行を買って出ようというところで。
「ああ、そういえば進のやつが何かくれたな。今日の五時にここに来いって……」
囲碁部で黒一点の広瀬はそう言って、制服のポケットからくしゃっと小さな紙を取り出す。
「部室棟二階、2-101教室? それってどこだっけ」
六花が首をひねる。
「部室棟二階はこの階だよね」とみちる。
「2-101? ああ、それはここのことだな」と智香が続く。
「あの、先生? ここってこの部室ですか?」
ああ、と智香は六花の問いに答える。
「外に書いてあるだろ、2-101 囲碁部ってな。お前ら一年もここに通って知らないって、どんだけ記憶力ないんだよ」
バカばっかりだな、とまで智香は付け加える。
そんな言葉に広瀬と六花が立ち上がって智香に抗議する。
「俺はみちるほどじゃない!」
「みちると同じにされちゃたまらないわ」
「二人ともひどい!」
とそんなやり取りをしていると、コンコンと部室の扉からノック音。
騒がしい雰囲気から一転、囲碁部のメンバがそれぞれ音の方に視線を向ける。そのまま、部室の扉は開く。
「あのー、ここに来れば碁が打てると聞いたのですが。ここが囲碁部で間違いないですか?」
時計は五時を示していた。




