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社高校囲碁部  作者: 踏切
***第四局 神の一手 ***
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13/17

白心の能力

 足付きの碁盤が六つ。畳の客間に運ばれた。


「さて、今から囲碁を打とうか。大鳳は四面打ち、それ以外は大鳳と隣の相手で二面打ち、一手三十秒で終わったら場所変えて続ける。それを、エンドレスだ」


 説明はすごく簡単だった。だけど、内容は恐怖のメニューだった。


「せ、先生? 大鳳君の四面打ちっていうのはちょっと無理があるんじゃ……」


 六花が小さく手を挙げて言った。


「ああ、一手三十秒は一盤面打ってからでいいよ。さすがに相手が打ってから三十秒だと無理だよな」


 そういう些細な問題ではないのだが、智香はこれを無理とも思っていないようだった。


「とりあえず今から夕食までにこれを一巡するぞ。はい、始め」


 白心の相手は全員、つまり智香も含んで四人同時の対局だ。


「え、え、え、え?」


 白心は同時に第一手を四つの盤面から打たれて困惑する。


「戸惑うなよ、一手三十秒だ」

「よ、よろしくお願いします」


 そう言って、第一手を右端の広瀬の盤面から白石を打ち込んでいく。


 次は隣の六花、みちる、智香の順で打ち進めて行く。多面打ちがつらいのは中盤から終盤だ。重要な場面での瞬発力が要求される。


 速く、そして正確に無駄なく。言うのは簡単だが、一局でも間違いをするところを四局同時だ。これはかなりの難易度だった。


(さっきのを思い出して……)


 白心は心の中でそう唱える。碁会所で広瀬に半目と迫ったあの時の感覚を呼び起こす。

 今の白心は大鳳白心ではなかった。



「悲惨だな、おい」


 対局が一巡した頃、智香が言った。白心の目の前にある四つの盤面はどれもこれもめちゃくちゃで、なんとか勝てたのはみちるに対してだけだった。


「四面だと、どうしても途中で途切れちゃうんですよ」


 白心が言い訳をするように弁解を求める。


「途切れる? ああ、集中力切れちゃうよねー、私なんて二面でもめまぐるしいのに」


 みちるが白心の「途切れる」を集中力の事だと言って、助け舟を出す。


「いや、集中力じゃないだろ、白心?」


 広瀬はその本当の意味に気がついていた。それに白心は頷く。


「僕が途切れるっていたのは、広瀬の力が途切れるって意味だよ。途中まではなんとかなるのに」


 一度聞いただけでは意味がわからない。頭に疑問符を浮かべる六花が尋ねた。


「広瀬の力? 心を読むっていうあれよね。でもそれは大鳳君には関係ないじゃない」


 もっともな意見だ。広瀬の心を読む力が途切れたところで、それは広瀬の問題に違いない。例外の状況を除いては。


「私が説明してやるよ」


 智香がそういって、解説役を買って出る。


「今、大鳳は広瀬の力を使いこなそうとしている。もちろん、大鳳自身がだ。そうだよな」


 その問いに白心は頷く。


「ちょ、ちょっと待って。それじゃ説明になってないわ、大鳳君が、え?」


 六花は混乱、みちるは知恵熱が出そうな雰囲気だ。


「そのまま受け取れば良い。白心が心を読む力を使えるようになった、ってことだ。つまりそれが、大鳳の碁のスタイルってわけだな」


 六花は戦いの碁、みちるは死なない碁、広瀬が相手の心を読む碁、そして白心は。


「大鳳のスタイルは、相手のスタイルを自分のモノにすることだ。スタイル模写ってところだな」

「なんでそんな事が……」


 そういう六花だが、その前に前例がある。広瀬は心を読むというのだから、そしてそれを目の当たりにしてそれを認めてしまったのだから。


 だから否定する事はできなかった。


「俺は心が読めるからな。白心が俺の心を読もうとしているのが分かったし、読めるようになった瞬間もわかったよ。俺も最初は信じられなかったけどな」


 碁会所で半目に迫られるまでは、の話だ。今はもう、それを確信していた。


「でも、ヨミトモはなんでわかったんだよ? 俺はそっちの方が気になるけどな」


 確かにそうだ。広瀬は何となく見当がついているが智香のスタイルは決して広瀬のような心を読める力は無い。自分でそれを知るためには推測しかない。


「私は知ってたからな、大鳳と同じような力の持ち主を」


「それは……誰?」


 白心が尋ねる。その相手がもし彼女だったら、白心に勝てる相手ではないかもしれない。彼女であってほしくはない、だが悪い予感は()しくも当たってしまう。


「神野エリだ」


 これで同じ条件だ。白心は絶望にも似た感覚を覚える。同じ条件でそれを使いこなすエリと中途半端に使える白心、今の段階では絶対に勝てない。そして、もし白心がそれを使いこなしたとしても、相手はプロだ。自力を考えれば白心の勝利はほとんどありえない。


「もっと、もっと別の何かが……」


 白心はすがるように智香に言葉を投げかける。だが智香は叱責するように、崖から突き落とすように口を開いた。


「お前にそれ以外はない。大鳳、お前はその力を使ってあのエリに勝つしかないんだよ」


 甘い言葉などそこにはなかった。血反吐吐いてでも、と言った時の勢いは完全にそがれていた。


 やはり六日間では足りなかった。いや、それどころか自分があのエリに勝つなど不可能だったのだと、白心は下へ下へと落ちて行く。


「何を落ち込んでいる、このバカが。私はお前に勝機がないと言っているのではない。これからお前の勝機について話をするんだ。私もエリに啖呵(たんか)を切った。中途半端な碁を打たせる気など、毛頭ない」


 智香はいつも通りの毒舌で宣言する。『今回は自分も本気を出す』と。


 白心は顔を上げる。勝機があるなら、何にでもすがる。例えそれが、あの裏の目をもつこの黄泉智香であったとしても。


「まず最初に誤解を解こう。大鳳とエリの力はまったくの別物だ」


 結果が同じように見えるだけでな、と智香は付け加える。


「白心、まずお前は誰かと打つ事で相手の力を感じ、理解して、自分のものにしている。その解釈で間違いないか?」


 白心はそれに頷いて答える。


「細かい事は分からないけど、流れはそんな感じだと思う。少なくとも広瀬の時は」

「オーケー。じゃあ次にエリのスタイルだ」


 智香はそう言って、言葉を続けようと口を開くが。

 ぐー。


「……ごめん、先生。お腹が空いちゃったよー」

「みちる……お前ってやつは……」


 智香は興ざめだ、と言ってうなだれ、電話の隣に置いたチラシを手に取る。


「よし、出前でも取ろう。ちょっと夜遅いが大丈夫だろう」


 そう言って電話する。しばしのコール音。だが誰もそれに答える事は無い。


「あ、今日は定休日って書いてあるよー」


 みちるがメニューを見るためチラシを見ていると、カレンダーの定休日に気がついて智香に見せる。


「ああ……」


 ぐー。

 今度はみちるではなく、六花の腹の虫が鳴く番だった。


「こ、これはちが……」

「ああ、わかったよ六花。お前がそんなに言うなら最終手段だよ」


 弁解する間もなく智香はそう言って別の場所に電話をかける。


「あー、私だ。今からそっちで飯食っても良い? そうだが? 今日は五人分、客が来てる。……ああ、もしかしなくてもそうだな。……わかった。じゃあ五分後にそっちに行くから」


 智香は電話を切って腹を空かせた六花たちを見る。


「飯は離れで食う事になったから、一旦外出るぞ」


 電話の相手は離れに住むという、もう一人の住居人だった。しかも、ここの元持ち主という人物だ。


 それだけで広瀬は厳格で気難しいお爺をイメージを頭に思い浮かべる。


「あー、怖い人だったら嫌だな」と広瀬が言うと。


「きっと優しい人だよ。こんな時間にご飯作ってくれるんだから」白心はそれに楽観的な意見。


「そうだよー、広瀬君。感謝だよ感謝」とみちる。


 そこに六花が続かなかったのは、先ほどの腹鳴らしがよほど恥ずかしかったらしく、赤面を隠してそっぽを向いているからだ。


 ともあれ、一行は厄介になるべく、離れへ向かった。


 離れに着くと、智香がインターフォンを鳴らす。「来たぞー」と言いながらだ。


 中から小走りする音が聞こえて、だんだん玄関に近づいてくる。


「だから五分じゃ早いって……とりあえずいらっしゃい、上がって」


 そう言って玄関を開いたのは、どこかで見た金髪の女の子だ。そう、それもつい今朝方。


「え、エリちゃん!?」


 とみちるが代表して驚きを大声で表現してくれる。もちろん、他の全員も開いた口が塞がらない。


 目の前にあるのは紛れもなく、神野エリの姿だった。


「やっぱり……こんな事だろうと思ったわ、智香」


「面白いだろ、こいつら? からかいがいのあるガキ共だよ」


 ケラケラと智香は笑って、白心たちを見る目は、本当に教員免許を持っているのかどうか、疑わしいものだった。


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