仕事舐めてんの?
皆さんは職場の人間関係は上手くいっていますか?
「竹中君、ここ説明が分り辛い。日本語はちゃんと使いなさい。仕事舐めてんの?すぐに直しておいて。」
朝一から厳しい口調で俺に指示を出すのは俺の上司である新元彩音さん。
仕事の出来る係長として、俺たちの職場でみんなから尊敬されている。
27歳の若さで係長に抜擢。黒髪ショートカットの美人上司。
「はい。申し訳ありません。すぐに取り掛かります。」
返事をするや否や指示された箇所の修正に取り掛かるのは俺、竹中蓮人。
24歳で周りからは仕事が出来る奴と言われているが、新元さんからは褒められたこともない。
「大丈夫か?何で新元さんは竹中だけに厳しいんだろうな?」
「…さあ、俺の事が気に入らないんだろ?」
「今の指摘箇所だって、別にミスって程でもないと思うんだけどな。」
「…………まぁ、俺は言われたようにするしかないけどな。」
「あ!出張お疲れ様!先方とはいい関係が続けられているみたいね。この調子でお願いね。」
「あなた、体調悪そうだけど、大丈夫?無理そうだったらすぐに相談してね?」
「ここの箇所だけど、計算ミスがあって、ここからここまで数字がズレちゃってたから直しておいたわ。次から気を付ければいいから、お願いね?」
「申し訳ないんだけど、ここの仕事手伝ってくれる?そう?ありがとう。もし終わらなそうな仕事があったら次は私が力になるからね。」
他の人に対してはすごくいい上司だ。
だが、俺に対しては
「あのね。竹中君も入社してもう二年は経ってるのよ?今更そんな事も聞かなきゃわからない?仕事舐めてんの?」
この得意先に関しては今回から俺が担当することになり、ちょっと特殊だから主任に確認を取れって言われたからなんだけどな。
俺は自慢じゃないが、この部署での成績なら優秀な部類に入る。
だからこの得意先の担当も任されることになった。
提出書類の数字の計算のミスなんてした事もないし、出張での商談も何度か成功させている。
なのに、俺だけこんな対応だ。
よっぽど俺が気に入らないんだな。
俺は昔から怒られる・叱られる事が苦手だった。
ちょっとしたことでも落ち込んでしまう。
そんな事では社会人としてやっていけないと思い、ミス自体を減らす努力をした。
失敗しなければ叱られることもない。
そう思い、一つ一つの仕事に集中し、チェックも欠かさず行い、人との接し方にも気を付けたつもりだ。
おかげで成績も良好、ミスもほとんど無い。
にもかかわらず、上司の新元さんは何かにつけて俺に詰めてくる。
さっき指摘された箇所も、正直日本語の表現の違いだけだ。
得意先に提出する書類ならわかるが、社内での報告の書類だ。
まぁ、新元さんが完璧主義なのかもしれないが、だったら他の社員はどうなんだ。
正直、もう仕事が嫌になっていた。
「竹中君、ちょっといい?」
新元さんだ。また文句が言いたいのか。
「はい、なんでしょうか。」
「今日、仕事が終わったら時間ある?」
「特に予定はないですけど。」
「あなたとはまだ飲みに行ったことが無かったからどうかしら?」
「それは業務命令ですか?」
「いえ、違うわ。プライベートとして、よ。」
「そうですか。申し訳ないのですが、私は下戸なのでお断りします。失礼します。」
「あ…………。」
何で嫌いな上司と飲みに行かなきゃならないんだ。
社会人として失格かもしれないが、仕事に来るのも嫌なのに何でプライベートまで嫌いな上司と過ごさなきゃいけない?
それとも新元さんは俺との関係が良好だとでも思っているのだろうか。
今のままではいけないと思ったから、話をしようとしていたのだろうか。
そうだとしたら、もう二年こんな感じなのに今更じゃないか?
俺はもう今は何かあったら辞めようとまで思っているのに。
翌日。
「た、竹中君、ちょっといい?」
今度は何だよ。
「はい、なんでしょうか?」
「お酒が無理だったら、普通に食事でいいわ。今日は空いてる?」
「いえ、今日は用事があるので。申し訳ありません。」
「そ、そう。わかったわ。また今度。」
今度なんかねぇよ。
「なんか、新元さん、竹中に対して少し優しくなったか?」
「さあ、どうだろうな。」
「竹中さぁ、最近新元さんに言われて結構凹んでただろ?」
まぁ、入社時から凹んではいたが、表には出さずに堪えていたからな。
二年たった今では、隠せていないのかもしれない。
「そう見えた?」
「あぁ。最近は特に。」
「そっか。」
「先週辺りに女社員と新元さんが飲みに行ったらしくて、竹中の話になったらしいぞ。」
「俺の?」
「あぁ、実はその女社員っていうのが俺の彼女でさ。」
「えっ?社内恋愛してたのか?」
「内緒で頼む。で、俺が竹中が落ち込んでるって彼女に話してたから。」
あぁ、それで俺を飲みに誘ったり、食事に誘ったりしてたのか。
「あんまりそういう事話すなよ。」
「いや、悪い。彼女にどうして新元さんが竹中に対して厳しいのか相談したんだよ。」
「うん。」
「で、彼女もわからないから機会があったらそれとなく聞いてみるって言っててさ。」
「それで?」
「結局理由はわからなかったけど、竹中の事嫌いってワケじゃないみたいだぞ?」
「へぇ。」
「あれ?興味ない?」
「嫌いじゃないからってだから何?って感じだけど?」
「そ、そうか。まぁ、あんな態度取られちゃな。」
「だろ?本心がどうだって関係ない。正当に評価もされず、キツく当たられた事には変わりない。」
「だな。まぁ、仕事に支障がなければ、竹中が新元さんとどうしようといいと思うけどな。」
「どうもしないよ。これ以上何かあったら仕事変えるかもしれないけどな。」
「え?そこまでイヤになってたのか?」
「あぁ、仕事がつまらなくなってきてる。達成感がまるでない。新元さんと絡むと嫌な思いをするだけだし。」
「そ、そんなにか…………。」
「ああ。だからもうこれ以上新元さんの話は勘弁してくれ。」
「わ、わかったよ。」
「あ、た、竹中君!」
「はい。」
「今日はどうかな?空いてる?」
しつこいな。
「いえ、今日も予定があるので。」
「そ、そう。じゃあ、また今度ね。」
だから今度なんかねぇって。
「はい、失礼します。」
「なぁ、竹中、ちょっといいか?」
「ん?何?」
「あのさ、今日仕事終わったら時間取れないか?」
「何で?」
「いや、俺の彼女がさ、新元さんに頼まれたらしくて。お前を誘ってくれって。」
しつけぇな、ホントに。
「行った方が良いか?」
「出来れば頼む。飲ませたりしないし、俺達も同席するから。」
新元さんと二人きりじゃなきゃ一回くらい話を聞いてもいいか。
「…………わかったよ。」
「そうか!じゃあよろしくな!」
まぁ、同僚には助けてもらったりもしてるしな。邪険には出来ない。
予約されていたレストランの個室へと入る。
「あ、竹中君、今日はありがとう!来てくれて!」
「悪いな、竹中!無理言って。」
同僚とその彼女が声を掛けてくる。
「いや、いいよ。」
「今日は来てくれてありがとう。竹中君。」
新元さんも今までの態度が何だったのかと思うような態度で優し気に声を掛けてきた。
「はあ。」
「と、とにかく皆お疲れ様!乾杯しましょう。竹中君はソフトドリンクで。」
「はい。」
「料理が冷めちゃうから食べましょう?ここおいしいのよ?」
なんだかおかしいな、新元さん。
「…………竹中君!今までごめんなさい!」
は?
「何ですか、いきなり。」
「私は入社したての頃から、竹中君は仕事のできる人だと思っていたの。」
はぁ?
「それで、他の人より厳しくしたら成長してくれるって思って。」
…………。
「成長していく竹中君の事をいつからか好きになってしまったの。」
何だって?
「でも、他の社員と比べて贔屓するのも良くないから、逆に段々以前より厳しく接するようになった。」
…………。
「それで、この間この子から竹中君が悩んでるって聞いて、怖くなって。」
…………。
「辞めたりしないよね?竹中君…。」
「さあ、どうでしょうね?」
「ごめんなさい!竹中君が辞めたら私……。」
「厳しく接したら成長を見込めると新元さんが思ったのは理解しました。人それぞれ人材育成の方法が違うのは理解できます。」
「ええ。」
「ですが、私の事が好きになって厳しくなっていったっていうのは納得出来ません。」
「そうよね。酷い上司よね。」
「酷い上司っていうか、仕事に私情を持ち込まないで下さい。おかしいですよ。」
「…………私情。そうね、私情だったね。ごめんなさい。」
「まぁ、私も他の社員と比べて明らかに私だけ扱いが違うので、落ち込んでしまったのはメンタルが弱いのかもしれません。」
「いえ、周りに言われるまで気付かずに竹中君に接していた私の落ち度よ。」
「ただ、普通に評価してもらえれば、違っていたと思います。」
「…そうね、竹中君を褒めたことなかったわね。」
「はい。その理由が私の事が好きだったから、という事にはどうやっても納得出来ません。」
「竹中君の言う通りよ。本当にごめんなさい。」
「はあ。私はそれを受けてどうすればいいのでしょうか?」
「…これからは上司として、平等に竹中君に接するわ。」
「はい。」
「だから、これからの私を見て、竹中君に判断してほしい。」
「判断?何をですか?」
「もし、これからの私を見て、許してもらえるなら竹中君に女としても見て欲しい。」
「…………。」
「どう、かな…?」
「…………。」
「…………。」
「…………申し訳ありませんが、無理です。新元さんはそういう人だって思ってしまってますから。」
「あ、え、でもこれからは」
「今の私は出来れば新元さんと関わりたくありません。」
「えっ、あ…」
「仕事上で平等に接してもらえるのなら構いません。仕事に支障の出ない様、私も気を付けます。」
「あっ、うん。」
「ですが、プライベートで関わりたいとは思いません。新元さんが変わったとしても。」
「え、どうして?」
「私は新元さんの事が好きではないからです。関わりたくありません。上司としてなら構いませんが。」
「…………そん、な………。」
「ですから、仕事で支障をきたすような真似はしません。ですが、プライベートでは関わらないで下さい。」
「…………そ、そう。わかったわ…………。ごめんなさい。」
同席していた二人は、一言も発することもなく、気まずそうにしている。
俺が居たらこの雰囲気のままだな。
「お話がそれだけでしたら、私は失礼します。皆さんは食事を楽しんでください。」
「え、あ、か、帰るのか?」
「ああ、料金はいくらくらいだ?」
「…………あっ、今日は私が出すからいいわ。」
「そうですか、ありがとうございます。では、失礼します。」
そう言って個室を後にする。
ちょっと大人げなかったか?
けど、プライベートでなんか、無理だろ。勘弁してくれよ。
翌日から新元さんがおかしくなっていた。
俺に対してはオドオドした態度になり、他の社員にも不思議がられていた。
それから三か月くらいは酷かった。
ミスを連発し、部下からの信頼も次第に失っていき、とうとう降格となった。
降格になったタイミングで新元さんは退職することになった。
送別会も開かれた。
部署の人間は皆参加していたので、俺も参加した。
「沢山迷惑をかけてごめんなさいね。」
「いえ、新元さんも次の職場で頑張ってください。」
そう挨拶をして、別れた。
俺は仕事をしに会社に来てるんだ。
恋人探しに来てるんじゃない。
俺は二年間我慢してきたのに、アンタは俺が一言言ったくらいで心が折れたのかよ。
仕事舐めてんじゃねぇよ、クソ女。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
もしお時間がございましたら、感想など書いて頂けたら幸いです。