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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『白い戦争』

作者: 柚依

 五月。緑色の大地と暖かな日差しの下、その戦いに火花が散らされた。その戦いの始まりが真冬の夜であったのなら、季節外れの花火と間違われてしまいそうなくらい、明るく鮮やかで大きな戦いの火花は、その青々とした大地に散った。

 「獲物までの距離は二メートル。今日こそこの戦いに決着を。」

そう思ったさなかだった。奴はこちらに向かって大きく旋回し、こちらに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。二メートル、一メートル、三十センチメートル、そうしてぴたりと私を包み込んだ。その暖かなぬくもりと香りに包まれて「負け」の文字が脳裏に浮かんだ。

 ―これは私と彼の終わりの物語―

 出会ったあの日も、結ばれたあの日も、終わりを決意したあの日も、きっかけは些細なことであったと思う。ほんの少しの偶然と、ほんの少しの感情が交差して、この‘些細な事‘を作り出した。ただそれだけ。ただそれだけのはずなのに。

そんなことを考えながら朝を迎えるのはもう何日目だろうか。目が覚めればそこには彼がいて、そのぬくもりに安堵して眠りに呼び戻される。「おはよう。」彼の一言で目を覚まし、いつも通りの毎日が繰り返される。

―もう、終わりにしたい―

そう思えば思うほど、彼のぬくもりが恋しくなり、決意を決めた今でも私の傍から居なくなってしまったらどうしようとそんな事ばかり思う。矛盾する自分の気持ちが日を追うごとに大きくなり、どんどんわからなくなる。

 十月。決着を付けられず五か月が経過したときだった。私の目は獲物を捕らえることができなくなった。獲物どころか今まで視界に映っていた全ての景色は真っ暗で、何も見えなくなった。網膜中心動脈閉塞症だそうだ。住み慣れた部屋の中を少し動こうとするだけなのに、今自分がどこにいるのかわからない。そんな状況が怖くて仕方なかった。終わりにしたかったはずの彼の表情が見えなくなって、記憶の中の彼の顔さえもいつか思い出せなくなってしまいそうな気がして苦しくなった。離れたいと思っていたはずの彼を、心の中で求めていることが、はっきりとわからせられた気がして、悔しかった。

 視力を失ってからの毎日は、彼なしでは生きていけなくなった。彼のくれる変わらぬ温もりや、優しさに依存した。決着なんてどうでもよくなって、ただ、ずっと傍にいて欲しくなった。まるで出会った頃の真っ白な感情で、彼を捉えているようであった。

 それから二か月が経ったある日のことであった。これからも同じ幸せな毎日が続くと思っていたのに、彼は死んだ。自殺だった。視力を失った私を負担に感じた彼は、何も言わずに私の横で首を吊ったのだ。何も見えない私の横で、その温もりだけを残して消えたのだ。

―皮肉だと思った―

こんな形で決着を迎えるとは思はなかった。頭が真っ白になった。真っ暗な視界、彼のいない世界。これから私はどう生きていけばいいのかわからなくなった。

 視力を失った私を残して消えた彼が真っ暗な視界の中で居座り続け、そのぬくもりは徐々に冷たく、黒くなっていった。


「なくしてから、その大切さを実感した」

こんな言葉をよく耳にしますが、なくす前に気づいてください。

なくしてしまってからはもう戻ってこないのですから。

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