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3/4『深夜オフィスに灯る明かり』

 小休憩から戻ったら机の上に付箋が貼られた小さな包みが置かれていた。有名なチョコ菓子だ。

【残業お疲れ様です。】

 誰の字だろう、見覚えない。でも小腹が空いてたから有難く頂く。あぁ、甘さが染みる。

 その日から残業する度に付箋付きのお菓子が置かれるようになった。

【働きすぎじゃないですか?】

【たまには早く帰ったほうがいいですよ。】

 僕を労ってくれるその差し入れがいつしか楽しみになって、残業もつらくなくなった。

 けれど今日は机の上になにもない。

「あれ……」

 あるのが当然だと思っていたものがないとこんな気持ちなんだな、ってしょんぼりしてたら、机の上に足が乗った。

 ぎょっとして見上げると、そこには眼鏡をかけ、スーツを着た女性が立っていた。

「わっ!」

 スカートの中が見えそうで慌てて視線をそむけ、机から少し距離を取って再度見上げた。この角度なら痴漢にならないで済みそう。

「どこから……っていうか、危ないからおりたほうがいいですよ」

 僕の言葉に女性はため息をはいて、机の上からふわりと飛んだ。音もなく着地して、僕に向き直る。

『付箋じゃ伝わんないから、直接言おうと思って来たの』

「な、なにを、ですか」

『いい加減残業やめなさい。眩しいのよ、毎日毎日。気が休まらないから早く帰ってくれない?』

「え……そう言われても……仕事終わらないんですもん」

『もー、ちょっと見せて!』

 女性は言って、僕の椅子を押した。冷たい指が触れた途端、背中に寒気が走る。

『あぁ、ごめんなさいね。人間の生理的現象だから、気にしないで。憑いたりしないから』

 女性は画面を見つめて『ここ』指をさした。『これだと解り辛い。表にしなさい』

「表」

『そう。メニュー開いて。ここから』

 僕は女性の言う通りに動く。

 操作を始めてほんの三十分で見違えるような資料ができた。

「すごい……」

『ここの人たち、みんな自分のことばかりで新人に気ぃ遣う余裕ないでしょ。そりゃ育つもんも育たないわよ』

「めっちゃ勉強になります! 生前はこういうお仕事を?」

『……』

 僕の質問に女性は黙って、顔を曇らせた。

「ごめんなさい、失礼なことを」

『いいえ? そうね。ここじゃないけど、同業種の企業で働いてたわ』

「へえぇ。貴女みたいな人が上司だったら、きっと仕事が捗るでしょうね」

『そうね、そんな気がする』

「あ、コーヒー飲みます? こないだ新しいコーヒーマシーンが導入されたんですよ。ブラック? カフェオレ?」

『……ブラックでいいわ』

 席を立ってから幽霊って飲み物飲まないよなって気づくけど、お墓や仏壇にお供えするのと一緒かと思い直して二人分のコーヒーを淹れた。

「どうぞ」

 いつの間にか椅子に座ってた女性の前にブラックコーヒーを置く。やっぱり口はつけないけど、それでも香りを楽しんでるみたいだ。

『いいわね、仕事終わりのコーヒー』

「はい。残業の疲れも吹っ飛びます」

『そもそも残業しないようにしなさいって。残業代、出ないんでしょ?』

「良くご存じで。あ、昼間の会話とか聞いてます?」

『えぇ。っていうか、信じるのね、こういう存在』

「え? えぇ。僕子供の頃から霊感あって。でもなんか、いままでの幽霊とはちょっと、違う感じするんですよね、貴女は」

 ジッと顔から足の先まで見る。ケガなんかはしてないし、なんなら顔色も良くみえる。ちょっと透けてるけど。

「足がある幽霊、初めて視ました」

『でしょうね』

「え?」

『もう行くわ。コーヒー、ありがとね』

 不思議に思う僕に微笑みかけて、幽霊は消えた。

 僕は幽霊から学んだ技術を駆使して、仕事の効率を上げることに成功した。残業がなくなって、差し入れもなくなった。やっぱりちょっと、寂しいな。

 それから数か月後。

「みなさんに、紹介したい方がいます。こちらへどうぞ」

 係長が案内すると、スーツを着た女性が係長の隣に立った。

(あっ!)

 声が出そうになって口をおさえる僕。見覚えのある女性の微笑み。

「今日から部長職として働いていただくことになります」

 係長の言葉に、僕は満面の笑み。

 新部長はそんな僕を楽しそうに眺めてから、口を開いた。

「初めまして。長いこと入院をしており、現場復帰は久々です。新入社員が長く続けられる環境にしたいと思い、中途で採用していただきました。新人教育にも力を入れたいと思っておりますので、ご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします」

 朝礼が終わって個別に挨拶をする中、僕も部長に近づいた。

「今更ですけど差し入れ、ありがとうございました」

「いいえ。どう? その後」

「残業なくなりました」

「それはなにより」

「これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 握手したその手には、ちゃんと人の温もりがあった。

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