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2/10『ようこそ、山の洋館へ』

「助かった……」

 思わず呟く。

 ここは山の中。遊歩道をいつの間にか逸れてしまった。電波も届かず方角も判らずで途方にくれていた矢先、辿り着いた一軒の洋館。

 突然の大雨でずぶ濡れになり、どこかに身を寄せたかった私は迷わずチャイムを押した。

 リンゴーン♪

 荘厳な鐘の音。少ししてインターホンから声が聞こえた。

『はい』

「あのぉ、道に迷ってしまいまして……」

『お待ちしておりました田嶋さま。どうぞ中へ』

 通話が切れ開く扉。

(なんで名前……)

 考えを遮るように、頭上で雷が鳴った。とにかく館内へ。

「失礼致します」声がしたほうに、燕尾服を着た紳士が立っていた。「こちらをどうぞ」

 差し出されたタオルを借りる。

「ありがとうございます」

「いいえ。早速ですが、招待状をお預かりしたく」

「え、すみません。そんなの持ってない」

「お鞄の中」私の言葉を遮って紳士が言う。「ご覧頂ければと」

 リュックにそんなもの入れた覚えはない。しかし一応見てはみる。

「うーん、やっぱりない……」

「お背中側のポケットに」

「そこには下着しか……あ」

 手に紙の感触。取り出した私の動きが止まる。

「そちらで御座います。お預かりしても?」

「え……えぇ」

 引きつった顔のまま封筒を渡した。

【郵便受けに一通の封筒。中には謎の招待状。怪しいからと破って捨てたのに何故か元通りの形になってバッグの中に入っていて、迷った先にあったのはその招待状に書かれた会場だった。】

 なんてそんな世にも奇妙なアレみたいな話……。

 心細くてリュックを前に抱く。なにかあったら抱えて走って逃げるつもり。

「こちらへどうぞ」

 案内されたのは応接室だった。

「お座りになってお待ちください」

 紳士は恭しく頭を下げ、部屋を出た。窓の外は激しい雷雨。いま逃げたとしても遭難必至。だったらせめて天候がマシになるまで雨宿りを……

「お待たせ致しました」

 考えを遮ったのは女性の声。あげた視線の先に息をのむほどの美女がいた。美女はドレスを身にまとい、優雅に笑っている。

「本日はようこそ、お越しくださいました」

「あ、いえ……」

 来るつもりなどなかった、とは言えない。

 もしかしてあの招待状にドレスコード書いてあったかな。確認したくとも封筒は紳士の懐中だ。

「こんな格好ですみません」

「いえいえ。“着の身着のままお越しください”とありましたでしょう」

 コロコロ笑う美女。

 すみません、中身読んでません。

「……失礼ですが、どこかでお会いしましたでしょうか」

 私の質問に美女がふふふ、と口元を隠して笑う。

「わからないのも無理はないです」

 それはある夜のこと……。美女が静かに語りだした。

 雨の夜道、濡れるアスファルト。都会に慣れぬ動物が一匹、帰る場所を探し彷徨っていた。

 行き交う車に遮られ身動きもとれず、雨で匂いも消えてしまい途方にくれていたところ、一人の人間と出会った。

「その人間が…………お前だー‼」

「わー‼」

 凡庸な手法にまんまとハマったら、

「ふふふっ、あーおかしい」美女が笑った。「ごめんなさい、冗談です。私はその子の主人です」

「その子?」

 言った矢先、紳士が宙返り。着地したら犬の姿になっていた。ディアハウンドという犬種だ。

「あぁ」さっきの話にもこの犬にも覚えがある。「そっか、ここの子だったんだ。良かった、帰れたんだね」

「えぇ、怪我もなく。ですので恩人である貴方にお礼がしたかったのですが……」

 伏せた目の先に浮かぶ映像。大雨の影響で起きた土砂崩れ。その隙間から見える手と服は、私のもの。

 あぁ、死んだのか。

 唐突に理解する。

「申し訳ございません。私が招待状など出さなければ……」

「いえっ! 私がこの山に来たのは自分の意思で……すみません! 招待状は怪しいと思って破り捨てました。しかしなぜかリュックに入ってまして」

 慌てた私に美女が笑いかける。

「あ……“冗談”、ですか」

「えぇ。ここは常世の手前にある“案内所”。迷いかけている方々を正しい道に誘導する場所。本来でしたらあの封書は、生きている人には見えないもの。ですが貴方には見えてしまった。その子が見えたように」

 私の足元で、犬がしっぽをはためかす。

「自力で辿り着いてくださってなによりです。あのまま彷徨っていたら……」

 伏せた瞳に寂しさの色。その行く末を察し、身の毛がよだつ。

「ここへはご希望に応じてお戻りいただけますので、どうか後ろ髪などひかれず、先へお進みください」

 奥のドアを美女が開けた。その先には、光り輝く長い階段。

「その子が門の手前まで案内いたします。どうぞご安心を」


 やっぱり世にも奇妙なアレみたいなオチだったなって思いながら、視線の先にある光へ向かう。

 その先はきっと、安寧の地。

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