2/3『スナック【鬼】』
カラコロカララン♪ ドアの上でベルが鳴る。
「あら、いらっしゃい」
「久しぶり」
「一年ってあっという間ね〜」
はいどうぞ、と出された乾き物のお通しに、ナッツ類は入っていない。
「……たまには食おうかな」
「ん〜?」
「マメ」
「あら、どういう風の吹きまわし〜?」
お酒を作りながらママが問う。
「いや……俺もいいトシだし、自分がぶつけられてるものの味、知っとくのもいいかなって」
「あら、そう」
ママは微笑んで、カラコロ鳴らしながら深皿にミックスナッツを入れた。
「アレルギーは平気なのよね?」
「うん。あったら外回りしてないよ」
「それもそうね」
ふふっと笑って、ママがカウンターに皿を置いた。
「ああ、こういうのか」
爪の先でアーモンドをつまみ、ながめる。
「そうね。大豆はうちでは仕入れてないから」
「そうか」
「味が知りたいなら、豆乳があるわよ?」
男は少し考えて、「そうだな……少し、もらおうかな」アーモンドを皿に戻した。
「はーい。おちょこ位にしとく?」
「うん、ありがとう」
ママが紙パックから豆乳を注ぎカウンターにおちょこを乗せるまでの動作を、男はじっと見つめていた。
「はい、どうぞ」
クリーム色の液体をしげしげながめ、大きな手に似つかわしくない小さなおちょこを指先でつまんで口に運んだ。
「……ふぅん……旨いもんだな」
「それは良かったわ」
「これで子供にも『好き嫌いするな』って言えるよ」
「あら、お子さんできたの?」
「うん、今年の夏頃に生まれるんだ」
「あらぁ、それはおめでとう。ますますお仕事頑張らないとね」
「うん」
男は小さく笑みを浮かべ、目線を下げた。そこには皿に入ったミックスナッツ。いくつかの種類があるが、どれがなんという名前かまではわからない。特徴的なアーモンドくらいは知っているが……。
カラコロカララン♪ またドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
「こんばんは。あれ、赤さん久しぶりじゃない」
「おぉ青さんご無沙汰。元気してた」
「うーん、まぁまぁ。ほら、この時期来ると憂鬱で」
「あー、わかる。地味に痛いんだよな、マメ」
「年々痕が消えにくくなるしさー」
「それ。ほんとそれ」
腕をさする二人の肌には5ミリくらいの痕が点々とできている。
ママは笑みを浮かべながら酒の準備をしている。
「しかし長く続く風習になったな」
「ね。ひいじいさんもびっくりしてたよ」
「仕事とはいえ、子供に嫌われたり泣かれたりするのつらいわ」
「あぁ、赤さん子供好きだもんね」
「そう。可愛くて思わず笑っちゃうじゃない。その顔みた子供が『食べられるー!』ってまた泣くわけよ」
「ショック。いまどき食べないよねぇ、人間なんて」
「な。でも周りの大人はさ、俺らが本物だって知らないから微笑ましそうにしてるんだよね。ますます子供が気の毒で……」
「子供ながらになんか察してるのかな」
「どうだろう。でもそれはそれで、うまいこと紛れ込んでるって自信が薄れるというか」
「難しいよねー」
「人間の気が済むならそれでいいんだけど」
「ね。平和が一番。……ところで珍しいの飲んでるね。なにそれ、どぶろく?」
「ううん? 豆乳」
「へぇ! 旨い?」
「うーん、独特のクセがあるかな。まずくはないよ」
「別にオレら、苦手なわけじゃないしね」
「あら、そうなの?」
ママが意外そうに声をあげた。
「そうだよ。人間界の語呂合わせってだけだし、俺らの先祖もさ、豆みたいに小さくて固いもの目にぶつけられたらさ、そりゃ痛いじゃん。逃げるさ、目は大事だもの」
「オンナにはわからない痛みだわぁ」
「女性は現場でないもんね。それでいいと思うよ」
“赤さん”はおちょこをつまんで、豆乳をちびりと飲んだ。
「オレも赤さんと同じのもらおうかな」
「あら、じゃあ用意するわね。とりあえず“いつもの”どうぞ」
ママが作り終えた酒を“青さん”の前に置く。
「ありがとう。おちょこ豆乳、メニューに載せたら? 物珍しくて案外注文あるかも」
「いいわねぇ。そうしようかしら」
「豆乳なんて使った料理あったっけ?」
「自分用よ。美容にいいのよ」
「へー、それは初耳。美容っていえばうちの娘がさぁ……」
“青さん”とママの会話に耳を傾けながら、“赤さん”はまた豆乳をちびり。
豆も悪くないな。なんて思いながら、腕にできた小さな痣を指先でさすった。
ここは鬼たちが集うスナック【鬼】。人間界と地獄をつなぐ通路の間にあるお店。
毎夜疲れた鬼たちが集まっては宴を催す。
今日は特別【節分】の折。優しい女鬼のママが営むこの店に、これから続々と鬼たちが集まって来る。
日頃のストレスと、今日ぶつけられた豆の痛みを癒すために――。




