3-2 ノアの力
3-2
「なるほど。そのギフトなら作戦を再開できるな」
「こちらからも手を組もうと言わせてもらう」
「世界を直してくれ。代わりに、勇者を殺すチャンスをやる」
「でも、本当にいいのか? お前のギフトは本来・・・いや、なんでもない」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
最初に動いたのはシドだった。
戦士がシドに向かって斧を振り抜く。
「ちっ・・・う、おおおっ」
シドは槍で受けようとする。
しかし、柄まで鉄で出来ている槍が小枝のように折れた。
シドの胸から血が吹き出る。
ヒザをつく。
致命傷と取った戦士は背後に迫るノアに向けて斧を振り下ろす。
「魔力放出っ」
弾かれたように、後方に跳ぶノア。
目の前を斧が通過する。
「く、ううう」
攻撃は躱したが、風圧でバランスを崩された。
「火竜をぶっ飛ばす怪力・・・かすめてすらいないのにっ」
体勢を崩したノア。
追撃する戦士。
その背後から、折れた槍の柄で殴りかかるシド。
後頭部に叩きつけるが、戦士はビクともしない。
だが、注意を引くことはできた。
「なぜ立てる?」
「さあな・・・」
確かに致命傷を与えたはずだ、と戦士。
ざっくり裂けたシドの服、その下にあるはずの傷がなかった。
「再生のギフトか」
火竜と同じ炎を吐けるギフト。
再生のギフト。
攻撃と防御。
崩しづらいコンビだ。
戦士の足先が微かに動く。
「ノア、そっちに行くぞ」
「やっぱり、こっちか」
再生する相手はどう頑張っても倒すのに時間がかかる。
アタッカーを先に潰すほうが安全。
火竜を単騎で倒せる怪力を持ってすればなおのこと。
「そう簡単に行くか」
ノアの周りの地面から黒い水のようなものが湧いて出た。
その黒い水は独りでに立ち上がる。
まるで、コップからこぼれた水を逆さにしたようだった。
「魔力投射っ」
黒い水が矢のように打ち出される。
戦士は黒い矢を当たり前のように切り払う。
(重い・・・っ)
戦士はノアの攻撃に重みを感じた。
過去に似たような攻撃をしてくる相手と戦ったことがあるが、そのときより重たく感じた。
達人の一撃を受けたとき、筋力以上に重たく感じることがある。
ノアの攻撃にはそういう重みがあるような気がした。
「モード・ヒョウ」
ノアがそう口にしたその瞬間、戦士の足が氷に囚われた。
足にしがみつくように出現した氷が戦士の動きを止める。
「炎のギフトではないのか・・・だが・・・」
戦士が少し力を込めただけで、氷は砕けた。
「千人長のギフトだぞ」
足を拘束していた氷を砕いた戦士は、ふり返りながら斧を振るう。
その刃の向かう先には、折れた槍の柄で戦士を刺そうとしていたシドがいた。
どさり、と木の実が落ちるような音がした。
首を失ったシドの体が倒れる。
「終わったな」
再生、不死を謳うギフト持ちともなんども戦った。
しかし、本当に死なないものなどいなかった。
あるものは日光で死んだ。
あるものは心臓に杭を打ち込めば死んだ。
細かく砕けば死んだ。
毒で死んだ。
おぼれ死んだ。
火で死んだ。
どれも条件付きの不死だった。
特定の方法なら殺せた。
首を落とすのはとくに多くの場合、有効だった。
今まで戦った不死者は『特定の攻撃を受ける。もしくは首を落とす』で殺すことが出来た。
「やろう・・・」
「まだやるのか?」
「もちろん」
ノアの周囲に満ちる黒い水が独りでに動き出す。
渦を描くようにノアの周囲に漂っている。
戦士も構えを取る。
足を前後に開き、ノアに体の側面を見せるように格好。
平民のノアから見ても、武術っぽいと思うオーソドックスな構え。
(真正面から来る)
ノアは先の読み合いなんて出来ないが、それでも戦士が斧を真正面から振り降ろしてくるであろうことがわかった。
「そうやって、真っ直ぐ前ばかりを見てるから」
その脇でどれだけの苦しみが生まれるかも考えない。
「問答無用」
戦士が動いた。
踏み込みで地面がえぐれる。
土埃が舞う。
竜すらも一撃で屠る怪力の一撃が、ノアの脳天めがけて振り降ろされる。
ノアの周囲を漂っていた黒い水が、ノアの頭上を覆う。
「そんなもの・・・」
水溜まりを踏みつけたみたいに、黒い水の膜が飛び散る。
戦士の斧はノアを、ケーキを分け合う兄弟を喧嘩させないくらいキレイに真っ二つにする---
---はずだったが、黄金の斧は午後三時の太陽くらいの位置で止まっていた。
「なに・・・」
ノアが腕一本で斧を受け止めていた。
右腕を掲げて、頭の上で戦士の一撃を防いだ。
刃の部分を手の平で受け止めて、五本の指で鍔を押さえている。
「・・・動かない」
追撃を避けるため斧を引こうとするが、ノアの手から引き抜けない。
「久しぶりじゃのう。あの時はようもやってくれた」
「久しぶり? なにを言って・・・がっ」
殴られた。
感じとしては、なにか鈍器のようなものを使われた気がする。
だが、ノアは素手だったはずだ。
「飛べ---」
アゴに入った。
斧はノアの手から離れたが、戦士はつり上げられた魚のように上空に跳ね上がる。
そのまま、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
「武器を放さないというところは評価してやろう。あの時もそうだったな」
「さっきからなにを言っているんだ・・・?」
まるで前に戦ったことのあるような口ぶり。
しかし、戦士はノアの顔に覚えがない。
全力の打ち込みを片手で受け止めるほどの強者を忘れるはずもない。
「痛ってぇ。だから、腕を肩から上にあげるなって・・・ああ。すまん。しかし、上から来る攻撃を受け止めるのは・・・」
「??」
「それは後でええじゃろ。続きをやろう」
戦士は体勢を整えつつ、ノアを観察する。
「キサマ、その腕・・・」
ノアの腕の表面が岩肌のようになっていた。
ゴツゴツとして、先ほどよりも太くなっている。
「炎、氷、岩・・・なんのギフトだ?」
ギフトは一人一つ。
以前にも、炎と氷の両方を使う敵と戦ったことがある。
しかし、それは熱を操るという一つの能力だった。
「あの時、教えてやっただろ。ワシの能力はゴーレムの擬態。あちら側にいると言われている体が岩でできた巨人の力を再現する」
「さっきから言ってる『あの時』ってのはなんだ・・・待て。その能力」
戦士はその能力の使い手に覚えがあった。
斧で割れない肉体。
家よりも大きい竜を吹き飛ばす怪力を受け止める腕力。
「剛将・ゴリアテ?」
「おう。ようやく思い出したか」
「さっきのヒョウも人の名前か・・・相手の能力をコピーするギフトなのか・・・?」
「さてな」
まだなにかあるのか、と戦士は警戒する。
ほのめかすような言葉がなかったとしても、あたかも自分がコピー元本人であるような言動を取ることへの説明がつかない。
「いや、関係ない・・・叩きつぶすだけだ」
「できるかのう? かつて、我ら四天王は勇者パーティーに破れたわけだが・・・一対一で負けたものはいなかったがの」
「コピーしただけの能力でっ」
戦士が斧を振り上げる。
一撃一撃が必殺技になる怪力。
それを存分に生かすには、真正面からの打ち下ろしこそが有効。
例え、一度、防がれていたとしても・・・
・・・いや、だからこそ、最高の一撃を打ち続けるしかない。
「はい。ストップ」
しかし、その一撃は見事に空ぶった。
地面が深く裂ける。
ノアには斧が目の前を通過したときに巻き起こった風だけが当たる。
踏み込みきれなかったのだ。
足を前に出そうとした瞬間に、誰かが戦士の足にしがみついてきた。
「キサマ、生きて・・・」
「首を落とされてもしなない敵は初めてかい? さすがに時間がかかるけどな」
「クソ。どうやったら死ぬんだ」
「死なねえよ。少なくとも、お前と戦っている間はな」
「ようやった、使い番。そのまま抑えてろ」
ノアが岩--といいつつ、竜や巨人が当たり前に住んでいる世界にある岩のようだが明らかに岩より硬い物体--と化した拳を振り上げる。
そして、斧を地面に叩きつけて、完全に無防備になっている戦士の頭に叩きつける。
殴られた戦士の頭が地面にめり込むほどの勢いで殴った。
ノアは父親の死に様を思い出した。