小早川美海に一人暮らしは向いていない
「美海。いや、美海さん。……小早川様」
「むぅ。なんか急に距離が出来た気がする」
距離を置きたくもなる。
玄関を入ってすぐにこの大惨事。
僕が宅配業者の人だったら、何か事件かと思って通報するまである。
「お部屋に案内するから、ついて来てね。あ。私のお部屋、1階だから、階段を先に上がって行く私のうしろを付いてくる大晴くんがちょっと見上げたらパンチラに遭遇するラッキースケベはありません。えへへ。残念でした」
「そんな浮ついた事を考える余裕はなかったのに、美海はすごいなぁ」
とりあえず、美海の部屋へと通された僕。
待っていたのは、アニメやゲームのポスターと、パソコンと大きめのテレビ。
本棚には大量の漫画とラノベ。ゲームソフトも同じく膨大な数。
そのどれもが丁寧に整頓されていた。
僕は、本棚の一角に飾られたチアレッドのフィギュアを見ながら、美海に聞いた。
「自分の部屋だけは綺麗なのに、玄関からしばらく続く事件現場みたいな空間はなにかな?」
「ちょ、ちょっとだけ片付け忘れてただけだもん」
片付け忘れるのを来日してからずっと忘れているようにしか見えなかったけど。
美海の部屋は実に綺麗に整理されており、フィギュアの角度すらも計算されている、完璧なガチオタのプレイルームだった。
高虎先輩から聞いたことがある。
オタクには、自分の生活する空間だけしか清潔な空間を保たない面汚しがいると。
その時は冗談だと思い、僕も「ははは! そんなバカな!」と笑っていたが、いざ実物と遭遇すると、笑えなかった。
「美海は、普段何を食べてるのかな?」
「キッチンは使うと汚れるから、基本的にコンビニのお弁当とか、パンとか、カップ麺とか食べてるよ。これなら分別して捨てるだけだから大丈夫」
「大丈夫の意味が分からないけど、うん。まあ、良かったよ。それで、洗濯物はどこに収納しているの?」
「もぉ。大晴くん、私のプライベートに興味持ちすぎ。嫌じゃないけど」
その照れた表情にも少しだけイラっとするのは何故か。
恐らく、見るもの全てを恋に落とすであろう、ミステリアスな微笑みなのに。
多分、それ以上にミステリアスな、というかナイトメアな家の中に僕が立っているからだろう。
「浴室乾燥で乾かしたら、すぐに着られるように置いてあるよ」
「……なるほど。洗濯はしていたんだね。じゃあ、単純に片づけられないだけなのか。良かった。僕の中で警戒レベルが2ほど下がったよ」
「なんだか大晴くんが失礼。あ。今、飲み物持って来るね」
「それ、飲んでも大丈夫なヤツかな? できれば未開封のペットボトルが良いな」
鼻歌交じりに部屋を出て行った美海。
僕は速やかにホノカと協議の場を持つことにした。
「ホノカ! なんで教えてくれなかったの!? 美海の家、すごい事になってるよ!!」
『ちょっぴりお片付けが苦手なんですよねぇー。美海さんって』
「ちょっぴりじゃないよ!? あれは大惨事だよ!?」
『でもでも、生活力ない女の子って萌えませんかぁ? ホノカは大好物です!!』
「それは二次元の話だよ!!」と叫ぶように言ったところで、ホノカさんのわざとらしい寸劇が始まった。
『あっ! すみません! ああー! ちょっとホノカ、用事がー! すぐに戻りますけど、色々とやっていても、ホノカは怒りませんよぉー! ああー!!』
そう言って、ホノカはスマホから姿を消した。
……なんてこった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせ。ポップメロンソーダしかなかったけど、いいかな? 水道のお水飲むのって勇気がいるから、まだできないだ、私」
「ああ、そう。うん。ありがとう。ポップメロンソーダは美味しいけど、それなら例えば風邪薬を飲むときとかどうするのかな?」
「え? 水道水を沸騰させて湯冷ましにするよ?」
「そういうところはちゃんとしてるのがなんだかモニョっとするなぁ」
「あれ? そう言えば、ホノカちゃんは?」
「なんだか用事があるって言って、どこかに行ってしまったよ」
「ふぁ!? じゃ、じゃあ、私たち、今、2人きりなんだね」
学校のヒロインにこんな事を戸惑いがちに言われたら、普通はどうなるのが正しいのだろうか。
クラっと来て、何か間違いでも犯して、それを夏のせいにすれば良いのだろうか。
僕にはそんな勇気はないけれど、それ以上のことをする勇気の準備は出来ていた。
彼女の肩をやや乱暴につかんで、僕は言った。
「美海!」
「ひゃ、は、はい」
◆◇◆◇◆◇◆◇
守沢家。
『ふぃー! 牡丹さん、牡丹さん! 聞いて下さい! 大晴くんと美海さんを、美海さんの家で二人きりにしてきちゃいましたぁ!!』
「おー! おかえりー! ってマジで!? それはいくらなんでもやり過ぎっしょ!? 来間だって一応男だよ!?」
『どうなっちゃうんでしょうか!?』
「あ、あたしも分かんない! ちなみに、来間はどんな顔してた!?」
『なんだか、真剣な顔で何かを決意した表情でした!!』
「マジか! もうそれ、絶対ヤバいヤツじゃん! どーしよ! あたし、風紀の乱れを察知してるのに、これは判断に困るー!! 行くとこまで行っちゃえな思いのあたしもいるんだけど!! ひゃー!!」
『ホノカは何か間違いが起きても、夏の魔物のせいにする覚悟はできています!!』
「やー! 興奮したらのど渇いて来ちゃった! ホノカちゃんも飲むよね? 冷蔵庫から何か取って来るねー!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
何だか、僕の事をやたらと不埒な男にしようとする気配を感じる。
なんとでも言えば良い。
僕だって男だ。一度決めたからには、もう退路なんて用意していない。
「美海。僕にこの家の掃除をさせて! タダとは言わない。晩ごはんを作ってあげるから!!」
「ふぇ!? ……なんか思ってたのと違う」
僕も思っていたのとかなり違ったから、これはもう痛み分けだ。
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