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お昼ご飯と縮まり始める距離

 僕と小早川さんはレストランへとやって来た。


 手を繋いだままで。


 悪い遊びを覚えた子供のように、1度許したばっかりに移動する時は手を繋ぐものだと勝手な認識をしたらしい彼女。

 なんと言って彼女を分離させようかと悩んでいたところ、なんだかその労力がもったいない気がしてきて、もう好きにすれば良いと開き直るに至った。


 別に手を繋いだからってペナルティがある訳でもないし。

 小早川さんがニコニコしている分には僕としてもご機嫌を取らないで済むから楽だし。


 これは合理的な考えに基づいた高度な判断なので、同士諸君にはその点を留意してほしい。


「来間くん、来間くん。何食べる? お腹空いたね」

「そうだね。僕は何より、小早川さんがお弁当イベントを起こさなかった事にホッとしている。お礼に好きなものを食べさせてあげるよ」


「あぅ。お弁当イベント。その手があったんだね。私、完璧に忘れてた……」

「忘れてくれててありがとう。だって、小早川さん料理できないよね?」


「むぅ。できるもん。あえてこれまでやって来なかっただけだもん」

「それ出来ない人の決まり文句だよね。言っておくけど、僕、言うからね? 遠慮しないで、まずいものはまずいって」


 メシマズ女子の弁当イベントで無理してまずい飯食べるのは、二次元のお話。

 三次元でそれをやられたら、速やかにコンビニに走る構えの僕である。


「じゃあ、美味しいのが作れたら、食べてくれるんだ。やたっ」

「曲解してくるなぁ。まあ、美味しければ食べるよ? 食費も浮くし」


「来間くん、そーゆうリアリストなところ、女の子に嫌われるよ?」

「望むところだよ。じゃあ、今度からどんどん現実主義な面を押し出していこう」


「うん。そっちの方がいいな。来間くんがモテると、私がやだもん」

「……そう。それで、何食べるの? このアフリカゾウジャンボカレーとか言うのにしなよ。成人男性でも食べきれないボリュームとか書いてあるし」


 お値段2000円。

 下手なメニューをいくつも食べさせるより、こっちの方が絶対に安上がりだ。

 小早川さんの食いしん坊っぷりを舐めてはいけない。


 玉木さんと属性被りをしているようで、彼女たちの種類は違う。


 玉木さんは突破力特化の食いしん坊。

 どこへでも壁をぶち壊して良質の食事に群がる習性を持つ。


 対して、小早川さんは高機動型の食いしん坊。

 機会がなければその手腕は発揮されないが、ひとたびチャンスと見れば、彼女の食事を止める事のできる者は少ないだろう。


「私、食いしん坊じゃないもん」

「そうだね。小早川さんはそんな言葉に収まる器じゃないね。カレー、好きだよね? 合宿の時にむちゃくちゃ食べてたもの」


「むぅ。嫌いじゃないけど」

「よし、話は決まった。すみません! このカレーと、天ざるそばをお願いします」


 ウェイトレスのお姉さんが「こちらのカレーはかなり量が多いですが、大丈夫ですか?」と、デートでしゃかりきに彼女に良いところを見せようとしている彼氏に向かって、恥をかかないように気を遣ってくれる。


 実に素晴らしい接客態度。

 アンケート用紙に二重丸つけておいてあげよう。


「全然余裕です」

「かしこまりました。しばらくお待ちください!」


 うちの小早川さんの胃袋を甘く見ないで頂きたい。

 何なら、「大盛でお願いします」くらい言えば良かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ほわぁ。すごい。来間くん、来間くん。象さんがカレーになってる」

「……うん。すごい量だね」


 運ばれて来たアフリカゾウジャンボカレーは、看板に偽りなしのジャンボカレーだった。

 カツが象の耳を、ゆで卵が目を、白いご飯が鼻を含めた顔全体を構築しており、成人男性がどうこう言うレベルのボリュームではなかった。


「食べて良いかな? 来間くん、来間くん。お腹空いたかもだよ」

「うん。思う存分食べると良いよ。ああ、ざるそばって最高だなぁ」


 小早川さんの食事シーンはカットしようかと思う。

 実に美しい所作で象を攻略していく姿は、もういっそ清々しく、何なら感動すら覚えるシーンだったが、この子食事中は黙って食べるので、基本的に「はむっ。はむっ」としか言わないのである。


 延々と彼女の咀嚼そしゃくする擬音を垂れ流して、誰か得するのだろうか。


「やっぱり夏野菜は天ぷらに限るなぁ。今度、茄子が安い日にうちでも作ろう」

「……はむっ。その時は呼んでね。私、お腹空かせていくから」


 僕は茄子を箱買いしなければならなくなった。

 いっそ、農家さんから直に仕入れるべきかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の守沢家。


『やや! どうも、2人がお昼ご飯を食べているようです!!』

「おー! どうどう? 食べさせあいっことかしちゃってる感じ!?」


『美海さんが巨大なカレーを一心不乱に食べています! 大晴くんはその様子をお母さんみたいな表情で見つめています!!』

「あー。美海ちゃんはそう言えば、超食べるんだった。これは来間、珍しく全然悪くないパターンだ」


『むーむー。ロマンチックとは違う方向ですが、なんだか楽しそうなので、これはこれで良きかと思います! むー!!』

「そっか! あたしらもご飯にする? お母さんが今日は蕎麦だって言ってたけど。ホノカちゃん、お蕎麦好き?」


『ほわぁぁ! 大晴くんも今、お蕎麦食べてるんですよ! お揃いになってしまいましたぁ! ぜひお蕎麦でお願いします、牡丹さん!!』

「あいあーい! そんじゃ、ちょっと待っててね!」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アフリカゾウジャンボカレーと小早川さんの戦いは終わった。

 果たしてこれは戦いだったのだろうか。


 一方的な蹂躙じゅうりんのようにしか思えない。


「ごちそうさまでした。おいしかった。ね。来間くん」

「うん。そうだね。満足そうで良かったよ」


 ホノカは未だに帰って来ない。

 さて、次はどうしたものか。

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