その話も興味ない
今は金曜日の夜。繁華街のネオンが夜に影をつくり、道は電光で飾られている。家に帰って執筆をしようと思っていたら同僚が酒に誘ってきた。執筆は趣味なので、大事な社交の為に削らざるを得ない。
駅までの道にある居酒屋の暖簾をくぐり席に座る。昔ならばビールを頼んだのだろうが、今はそんなことはなく、ジュースみたいな色をした酒がテーブルに乗る。バーかと思うほどサイケデリックな酒だな。
同僚は酒を一口飲んだだけで口を開いた。
「全く営業の奴は解ってないねぇ」
どうやら誘われたのは愚痴の捌け口にされる為であったらしい。そういったつまらんものは日記か、チラシの裏にでも書いていただきたい。だけども今日はサンドバッグになるのを我慢しなくてはいけないようだ。
こういう時、マトモに取り合っては精神によくない。空虚に向かうように相槌を打つ。外見は聞いているようにしておくのがよくある処世術。俺もそれに倣い、頭の中は小説の構想を練ることにする。
「営業の奴らは俺達を下に見ていやがる。この前も納期を一ヶ月減らしやがった。なにが企業努力だ。努力してんのは俺達技術者だ」
「うん」
「だいたいカレーのプログラムなんて数週間で出来るワケがねぇだろ。ニンジンのマスケットマージンを入れるスペースはアホみてぇに少ないってことを判ってねぇ」
「うん」
「この前もそうだ。取引先のカーテンプロデッパーがイカれた時は酷いもんだった。ザッシランドの配線が切れてるだけなのに数列のせいにされたらやってられないよ」
「うん」
「この前の前だってそうだ。停電のせいでパソコンが俺を喰いやがった。あ、この話は長くなるぜ。聞いてるか?」
「うん」さっきからここの前の話ばかり。
「パソコンの中に入ったらよ、前の奴の隠しフォルダがあってよ。いやぁバカだよねぇ。フツー、仕事用のパソコンに自分の趣味入れるかよ」
「うん」
「しかも趣味の内容が酷いときた。あいつ、なんの趣味持ってたと思う? パソコンの中にウイルス飼ってたんだぜ? 宇宙ウイルス。知ってるか? もう絶滅したかと思っていたよ」
「うん」
「そんで宇宙ウイルスが腹へったとかぬかすのよ。有害なウイルスだからすぐ削除しようと思ったんだが、前の奴の残留思念が俺を殴りやがってな。前の奴はウイルス守ろうとしてたんだわ。バカだよホント」
「うん」どうでもいい。
「その残留思念おかしくてな。何も聞いてないのに突然宇宙ウイルスの愛なんかのを語りやがってんの。アホ、ホント、アホ。そんなん隕石が地球を通過するぐらいくだらない」
「うん」
「そんでまぁ俺も頭にきたワケ。もうおもいっきりぶん殴ってやったよ。んで残留思念ぶっ倒れたの。と、思ったらあいつホログラムになりながら蹴りかましてきやがった」
「うん」
「いや技術職の辛いところだよねぇ。一日中椅子に座ってたら体力も筋力もつかない。あの時実感したよ。一発、いや二発か。ともかくそんぐらい殴られた程度で頭ぐわんぐわんなってなぁ」
「うん」
「はぁ、これでも高校の頃はビビられてたんだけどな。あ、高校の頃の話でさ」
「うん」
「いじめっ子いるじゃん。というかウチのクラスにいたのよ。弱い奴相手にイキるバカ。そいつがさ、俺の席の前でオラついていたんだわ。俺もいじめは看過できないタイプだったんだけど、タイミングがつかめなくってね」
「うん」あ、いい台詞思いついた。
「その時きた! って思ったね。臥薪嘗胆の日々は終わったってね。そいつに言ってやったんだよ。邪魔だってね。そしたらあいつ逆ギレしやがって。こっちのネクタイ掴みやがったのよ」
「うん」
「いやそれからの記憶がなくってさぁ。俺、キレたら記憶失くすタイプでさ。気がついたら目の前にボロボロの奴がいんの。あいつもバカだよねぇ。俺空手習ってたんだから」
「うん」
「そしたらさ、いじめられている子が俺に感謝したおしてさぁ。いやぁそんなことされるほどの善行はしてないのに、変な話だよなぁ」
「うん」もうbotになってるな。
「その時からかな、もう学校中の奴らからビビられ始めたの。俺が廊下歩くだけで道が開けるの。モーゼだよモーゼ。俺いつから聖職者になったのかなって、当時は本気で思った」
「うん」
「そんでさぁ」
「うん」
「そんで」
「うん」
「そ」
「うん」
「うん」
「うん」
相槌製造機と化していた僕はようやく愚痴の滝から解放された。一つ苦行をした気分だ。同僚はすでにべろべろに酔った。彼をタクシーで家に帰らせ、やっと僕も自宅に帰れる。
それからは、迫り来る信号機の弾丸を全て避け、突撃してくるこたつを乗り越え、銃を持ったマンホールと争い、勝利したあと、自宅前に待機しているポストが起こした反乱を静め、とかとか、色々あったが、その話も興味がないだろうからこれ以上はやめておく。
読者様の隙を検知したので語らせていただきますと、こういう話のあらすじってどう書けばいいのか解らないんですよね。