『ひ弱な読サーの僕が富士山に登ってご来光を拝もうってことになったんだけど、大好きな弓月さんと接近できたしご来光も拝めたのに、同時になんか虚しい気持ちにもなったって話、聞いて?』
ちょっとだけお下品な描写があります。苦手な方はご注意くださいね。(^ν^)
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秋の桜子さま作
いきなり語り出してすまんという話だが、僕の所属する大学のサークルで、日本の霊峰、富士山に登ろうという話になった。
今、呆気にとられちゃっている僕、長谷部 優生は、大学一年。
読書サークル研究会ほにゃらり(名前がまず謎)の重鎮、二つ上の神田川先輩が、思いついたように言い出したのだ。
「一生のうちに一度は富士山に登って、ご来光を拝むべきだぜ。ふっ。おまえが真の日本人ならな」
パワーフレーズか⁉︎ カメラに向かって書くあれか⁉︎
僕は、心の中でツッコミながら、そっと隣を見た。
僕の同級生、弓月 花音さんが、読みかけの本と大福のようにふくよかでモチモチな唇の両方を半開きにしたまま、大きく頷いている。
いや、そればかりではない。待て待て待て。
くりっとした焼き栗のような大きなおめめを、これでもかというほどに見開いて、キラキラと先輩を見つめている。その瞳から、ハートでも飛ばしかねん勢いだ。うおぉ。
やばいぞ。弓月さん、もしかして神田川先輩のことが、好きなのか⁉︎
僕はいちいち、頭の中でうお、やばし、うお、やばしというアナウンスを脳内再生しながら、周りを見渡してみる。
それにしてもだ。富士登山だと?
え?
ワイヤレスな耳が落ちでもしたかなあ。
よく聞こえなかったな?
だいたいですね。うちのサークルときたら、本を読むのを生業とするサークルなんだから、まずもって体力派武闘系のやつなんて、そうそういないって話だ。
文芸部だよ⁉︎
それが、いきなり日本一に挑むだと。
頭おかしいとしか思えない!
無謀な挑戦。ってか、ぜってえ無理だろ。相手は、3000メートル超えの化け物だぞ。wiki wiki 《ウィキウィキ》師匠が言ってたから、それは間違いない。
するとそこにいたサークル員たちは、ホラー映画でも見せられたような恐怖の表情を浮かべたのち、え? ちょっと、無茶ぶりがすぎん? ってな具合に、神田川先輩を凝視した。
そりゃそーだ。なんたって文化系ひょろサークルだもんなあ、僕たち。
だが、神田川先輩は別格だ。
確かに、神田川先輩は、読サーのサークル長にして、謎の速読大会の優勝者であらせられる上に、水泳部野球部サッカー部の助っ人もやっていて、スポーツ万能だし、ガタイもよくて筋肉キレキレだし、もっと言うならば……イケメンだっ、くそがっ!
で?
なんで、読サー?
それはね。ちょっとびっくりするほど、変わり者なんだよ。おかしいんだよ。今だって、日の丸の扇子を振り回して、聴衆の前で力説してるけどさ。上下ジャージなんだよ、しかも校章入ってる高校の体操服、ってかそれでコンビニで買い物、ってかそれオカンがやるヤツ! (←?)
だから僕は声を大にして言いたい!
こんな男でいいのか、弓月さん? ってね!
僕は、隣にちょこんと座っている弓月さんを、あーーー可愛えぇえと盗み見しながら、さっきから乱暴な発言ばかりをかまし続けている神田川先輩を、睨みに睨んだ。
すると先輩は扇子をパンっと開き、日の丸をかざしながら、サークルのみんなに言い聞かせるように声を上げた。
「皆のものっっ」
ああ、はいはい。説明するとね。この人今、大河ドラマの原作、読んでる最中。もちろん速読で。
「読書の道を日々追求邁進するものとして、日本の象徴、Mt.Fujiがなんぼのもんじゃいってな気概! そしてすべてを許すおおらかな心! そしてそれを凌駕する体力! それらを日頃から鍛えておかねば、『読書サークル研究会ほにゃらり』の一員とは言えんのじゃ! わかってんのかこの野郎ども!」
神田川先輩は扇子をビシッと、サークルの下々に向かって突きつける。
「…………」
僕は無言で弓月さんを見る。やべえ、神田川こんなんなのに、ほわわわってなっている。
弓月さん、正気になるんだっ! よく見たら、頭のおかしいただのクソなイケメンだってわかるはずだっっっ! (唾)
すると。
「富士がなんだ! なんのそのだ!」
いつもちょっと暗いサークル室のすみっこが大好きで、すみっこだいすきぐらしと呼ばれている、1つ上の林先輩が、勇気を最大限に振り絞って声を上げた。
こんな場面でその勇気、
(ため)
本当に必要ですか?
「ようし富士山、やっつけちゃる」
「徹夜がなんだっ打倒、富士山っっ!」
そうなのだ。富士山頂でご来光を拝むには、徹夜で山頂を目指すこととなる。
ふーじーさんっ、ふーじーさんっ
暗い、笑わない、部費活動費のことでは『権力』には一切逆らわないの三拍子揃った読サーに、珍しいまでの活気が湧き上がる。
さあ、皆さんもご唱和ください!
みたいな雰囲気っ。あああ、弓月さんも手拍子打ってるぅ……。
神田川先輩は、体操服ジャージ(上)をばっと脱ぐと、自分の肩にバシンと打ちつけ、
「よぉろしいぃ! それでは、皆のもの! 『読書サークル研究会ほにゃらり』、今宵より富士制覇に向けて、そのブヨブヨでふくよかな身体を、俺のように体脂肪率15%までに鍛え上げるのだ。そして、栄えあるK大『読書サークル研究会ほにゃらり』の発展を願って、ともにMt.Fujiのテッペンでご来光を拝もうではないかっっ! おーーー! はいっ以上、今日のところは解散っ!」
「おーーー……」
ほらあ、うちら体育会系じゃないから。みんな突き上げた拳をどうしていいかわかってないから。
慣れないことはするもんじゃない。
あと、その割れた腹筋に、油性ペンで地下ダンジョン書き込んでやりたい。
くそが。
✳︎✳︎✳︎
というわけで、まあぁぁぁっっっったく、これえぇぇぇっっっっぽっちの計画も準備もなく。
我々は富士山に登ることとなった。危険だ。危険極まりない。wiki wiki 《ウィキウィキ》師匠にも行くな無謀だと、散々止められてもなお。
「よぉうし、着いたぞ! やるぞっ、登るぞっ、気合いだっ、気合いだっ」
神田川先輩の、空回った気合いだけがこだまする。
ここは、富士山の麓。
車でいくことのできる、富士山五合目で待ち合わせとなり、僕は乗せてもらってきた神田川先輩のボロ車から降りた。
もちろん、隣にはラッキー弓月さん。そりゃあそうだろ、僕たち読サーの中で唯一の同級生だからな。
はああああ。夢のような時間を過ごしちゃったよー。
ちょっと、聞いて!
僕たち二人は神田川先輩の車の後部座席に乗ったんだけど、僕は真ん中、弓月さんが僕の左側だった。
右? まあ右はどうでも良いや。
でね。車が揺れるたび、肩が触れ合うわけだ。なんだこれは天国か。桃源郷か。ユートピアか。
嬉しかったんだよ。心から。弓月さんが僕の隣にいてくれるってだけで、僕はもう舞いあがっちゃってね。
神さま仏さま魔王さま、いやまあ、ぶっちゃけ弓月さんのご両親さま、弓月花音さんをこの世に送り出してくれてありがとうって、幸せを噛み締めていたんだ。
車内、神田川先輩のいつまで経っても終わらない、自分のことどれだけ好きやねんのナルシスウザ話は、耳から入って鼻から抜けてったからね。スルーってね。
はい、ご静聴どうも。
そして、僕たちの富士山制覇が始まったってわけだ。
「よし! 登るぞ! 皆のもの、山頂で会おうぞ!」
神田川先輩の号令で、最初は意気揚々と登り出したんだよ。だって、車の中で弓月さんとの天国なこともあって、それまでがそういうあまーーい雰囲気だったからさ。
富士だって? はは、楽勝だよ君、みたいな?
けれど、少しするとはあはあと息が切れ、段々と苦しくなってくるじゃないか。
確かに富士山は標高が高いとの認識だけはあったが、これほどとは思ってもみなかったのだ。
いわゆる高山病だ。
神田川先輩は初っ端からトイレに駆け込んでオエオエしていたし、かくいう僕だって、道端で一度だけだが、盛大に吐いてしまった。
いや、ちゃんとビニールに入れたってば。入れた!
だから、弓月さんもさぞ辛かろうと思い、声をかけてみたんだよ。
それは途中、休憩を入れることとなり、岩場に腰かけている時のことだった。
すると。
「え? 私? ぜんぜん平気だよ?」
あなたは鉄の心臓、鋼の身体をお持ちか。文系でたおやか〜と思っていたが、まさかの体育会系なのか?
「富士山って、日本一高いって言うから、もっと大変なのかと思ってたあ」
グロッキーな僕が、はあはあ言いながらようやく声をかけたというのに、弓月さんは眩しい笑顔でケロッと言ってのけた。
これならエベレストでも登れるかもーふふふーって、恐ろしいことを口にしながら、笑っている。
登れるかあぁっ!
しかし。しかしだぞ。僕は思ったね。
なんだーかんだー言ってもだな。(腐っても)日本一だぜ? と。
日頃から体力もなく弱々しい僕だって、日本一の、しかもそのテッペンを取れば‼︎
ガラッと人生が変わるだろうと思う。
あーあれだよ。インドのガンジス川に入ってみると、人生観が一周回って宙返りしちゃうっていうね……がらっとね。
そこで僕は思った。少なくとも僕がこれまでのちっぽけな人生で培ってきた、ちっぽけな人生観だって変えることができる、変えられるだろうだなんて思っちゃっていたわけだ。
それも、弓月さんと一緒に、その瞬間、それを成し得ることができるのだ、と。
けれど、そんな僕の野望も虚しく打ち砕かれた。
夏の富士山を侮ってはいけない。登り始めてすぐ身にしみて、さらにずぶずぶに身にしみすぎたくらいだ。
まず、夏とはいえ、非常に寒い。これは、すみっこだいすきぐらしの林先輩の情報で、富士山はとにかく寒いということを事前に聞いて知っていたはずなのだ。
でもなあ。寒いったって、なんつったって夏だから♫
今、真夏なんだし〜と心でウィンクしながら、僕はウィンドブレーカーだけを羽織ってきちゃったのだ。
けれど、その考えは間違いだった。なにこれ? 寒!
これ冬だよ、真冬だよ。寒い寒い寒い。とにかく寒うぅぅーーーー!
ダウンジャケットでモコモコな林先輩が、バカにしたような顔で言う。
「僕の忠告を無視した罰だ。はははは天罰がくだったのさ」
どこかで聞いたようなセリフが鼻につく。
くそう。
僕が寒さで震えていると、弓月さんがその姿を見かねたのか、リュックからゴソゴソと新聞紙を出して言った。
「服の下に新聞紙を巻くと、ちょっとはマシだよ。はい、これ」
「あ、ありがとう。弓月さん、でもどうして新聞紙なんか?」
「うん、新聞紙って、すごく役に立つの。風を通さないから寒さ避けや布団がわりにもなるし、いざとなったらトイレットペーパーの代わりにもなるし、もし途中でもよおしたらって思って」
「…………」
断じて野◯ソなどとは縁遠いはずの弓月さんの口から、ちょっとなに言ってるかわからない言葉が、……出た。
「あとは道の駅とかで買った野菜とか。新鮮なうちに巻く! みたいなね。えへへ、便利でしょ?」
僕が返答に困っていると、弓月さんは頬を赤らめて(これは寒さのせいだとも言えるかも知れないが鼻も赤い)、
「あ、驚かないで。新聞紙って硬いって思ってるかもだけど、大丈夫。新聞紙ってね、意外としっかり揉み込めば、けっこう柔らかくなって、お尻も野菜も……」
「⁉︎⁉︎⁉︎ あーあーあーあーあー⁉︎」
弓月さんが信じられない言葉を連呼するー。
僕が両耳を押さえて、声を上げていると、弓月さんはもっと信じられないことを口走った。いや、違う。安心してっ! もうシモネタじゃないからっ!
「私ね。長谷部くんともっと話さなきゃいけないなって思ってたんだ」
スパーーーン。その一言で、僕の脳内を駆け回っていた、新聞紙に野グ◯発言は、一瞬にしてどこかにすっ飛んでった。
「長谷部くんとは同級生なんだし、もっと仲良くできたらなって」
っっっっ仲良くっっっっっっって、っっっ言っっっっっったんっっっだよ! これマジで現実で夢じゃないヤツっっっっっ!
希望の光が見えた。今年一番の当たりクジ。幸先が良い。
なんということだ。富士山の九合目付近にして(実際はまだ六合目)、もうすでにご来光を拝んだ思いだ。
ここで下山しても、我が生涯に一片の悔いなし。ぐらいの。
「うん、僕ももっと弓月さんと話したいと思ってたところ。し、新聞紙、ありがとう……」
そう言いながら、僕は手にした新聞紙(使用前)を軽くかかげた。
「ううん、どういたしまして。ほら、早く着た方がいいよ、新聞紙」
「ん、そうだね。……ははは、それにしてもマジで寒いね。へ、へっくしょい」
変なクシャミが出たが、あーーーもうこれ以上はないってくらい、良い雰囲気!
それからは、服の下にぐるぐる巻きにした新聞紙が功を奏して寒さが和らぎ、僕は巻いた新聞紙をさすさすとさすりながら弓月さんのことを思ってニヤニヤしたり、高山病と戦ったりと色々ありながらも、山道をひたすら登ったんだ。
弓月さんは、なんの気にも留めず、まるでエスカレーターに乗っているんじゃないか? これは富士の霊峰が見せる幻覚か? ぐらいの勢いでスイスイと登っていく。そして、とうとうその姿は見えなくなってしまったのだ。
「はあはあ、すげえな、弓月さん……はあはあ、すげえ……」
途中からは無言で登った。ひたすら登った。けれど、僕の体力は限界に近づいていた。
そして、ようやく。
高山病と体力不足の苦しみが 93%と弓月さんへの思いが105%、体力の残量が残り1%になろうとしていたその時、
富士山山頂が、僕の目の前に現れた。
そうして真の意味で踏み込んだ、Mt.Fuji。
誰がなんと言おうと。
僕は今、日本一高い場所にいる。
そこから見る、絶景。ご来光、達成感、すべてが弓月さんとともにある。
困難をともに乗り越えた先の感動が、そこにはある!
✳︎✳︎✳︎
って。
思っていたのにな。
先に山頂に着いていた弓月さんは、蕎麦を食っていた。
「長谷部くん、先、食べてるよ〜」
え? 蕎麦?
っていうか、富士山の山頂に、食堂って、
……あるんだ?
お土産も、
……売ってるんだ?
知らなかった。
……あとで記念のキーホルダーでも……買お?
日本一の霊峰の頂上に、食堂にお土産屋……。いやいや全然おかしくないよ、おかしくないけども……自然と戦いながら、頑張って登ったのに、お土産屋て……。
ちょい虚しい。虚しくなっちゃったの!
それにしてもだ。僕は途中、高山病に襲われ続けて、頭が痛くなったり、吐いたりしちゃったもんだから、まだまだ気持ち悪さが残っていて食べ物なんて受け付けないし、喉も通らないんだけど。
「……弓月さん、よく食べれるね」
「これ? これね、二杯目〜うふふ。やっぱり、身体動かすとお腹がすくね〜」
「…………」
そこからはあまりはっきりとした記憶はないが、山頂から望むご来光や後ほどお土産買いがてら、食った蕎麦の温かさは、ちょっと覚えている。
いやっ! ご来光はちゃんと覚えているっっっっ!
ちゃんと浴びたのっ! 両手広げて朝日をめいっぱいにっ! ピカーーーーって!
食券片手にっ!
あ。
あと、弓月さんにちゃんと返したからね。
え? 愛情?告白?
ちゃうわ。
新聞紙だわ。
ちなみに、富士山制覇を言い出した神田川先輩は、五合目のスタート地点を少し登ったところで石につまずいて膝を打ち、担架で運ばれていたのを、僕らは誰も、気づかなかった。
終わり。