船とケムリ
目の前には全長100メートル、全高60メートル、総重量100万トンの化け物が鎮座していた。これを、『小さい』と言うのだろうか。
地球の重力から逃れるための巨大な赤いロケットは、なんと使い捨てである。チタンやジェラルミンが多く使われ、所謂二千級とよばれる輸送船がこれだ。
「いやぁ、凄いっすねぇ」
これにこれから乗り込んで宇宙を旅すると思うと、心が泡立った。
船から伸びるケーブルは、コンクリートの地面でうねって、まるで内臓のよう。それを跨いでみようと近づいたが、どこまで歩いても近寄れない。半ば走るようにしてよると、なるほど、大きい。
人の腹よりも太いケーブルが、とぐろを巻いて置いてある。
「おい!ヘルメット被れ!」
足元に叩きつけられた、白いヘルメットがくるくると回る。随分と使い込まれたようで、黒い擦り傷が幾重にも重なって浅黒く変色していた。それを拾い上げて頭に被ると、樽のような男がかけてきた。
「どっから入った!?」
「あーえっと、一応、新しい船長になります、ベルです」
「……冗談だろ?」
男は鳩が豆鉄砲を受けたような顔をして、アゴヒゲにさわった。
冗談ではない。俺は、何万光年という距離を、この船と共に旅をする。
ならば、見ておきたいではないか。自分が命を預ける船の形を。そして、棺桶になるかもしれない船を。
「彼女はあまり機嫌がよくない。だが、ひどい使い方をしてくれるなよ。月の爆発事故でも戻ってきた船だ」
「月の事故……」
金属生成工場の水素爆発のことだろう。それによって優秀なエンジニアが大勢死んだ。
その事故を思って黒い船体に触れると、恐ろしいほど冷たかった。まるで氷のよう。数回の大気圏突入に耐えうる特殊合板を張り合わされた船体。暗闇を切り出して張り合わせたようなその色は、外の色を吸い込んでいるようである。
「俺は、整備長のフォンデン・バルガだ」
「ベルです。よろしくお願いします」
「若いな。若すぎる」
バルガはぶつくさと言いながら自分の作業に戻っていった。気になってついていくと、油臭い真っ黒な機械油にまみれた作業員が、真っ白な煙が吹き上がるケーブルを押さえつけている。
「液体窒素どうや!?」
「充填率80%!」
「よし!たっぷり飲ませろ!」
凄い。中古だが、これならば、新古品の車くらいのつもりでいいだろう。この作業員の働きようなら、少なくとも泥舟ではない。その確信を得た。
「出発は明日の7時。間に合いますか?」
「誰にいってるんだい!!任せろ!!」
バルガは指の突き抜けた軍手で耳にかけたタバコをとり、吹かす。
真っ白な煙が船体に吸い込まれた。
壁にも床のコンクリートにも『禁煙』と書いてある。
ニヤリと笑った顔が印象的だった。