最初から死にゲー
数ある小説の中からお目通しいただきますことまことに有難うございます。
「雨降りの日曜の午後、何をするかにも困る何百万という人々が不死を求めている」って皮肉を言ったのは、どこの作家だったっけ?
僕も幼い頃は、アニメや漫画の影響から「不老不死」とか「永遠の命」っていうものに興味を持っていた。本気で星の入った7つの球を探しに出かけようと思ったり、額に梵字とかいう文字を書いて不老不死になりきってみたりしたこともあった。だけど、大人になってつくづく思うんだ。不老不死とか永遠の命なんてもんはクソだって。
世の中は不条理・理不尽なことばかりで、人生大なり小なり、そういうのに巻き込まれて生きていかなくちゃいけない。そんなものに巻き込まれながらの永遠の命なんて、どこのドМが望むんだろう?雨降りや日曜の午後に限らず何をするかに困る僕が、仮に永遠の命を手に入れたとする。成程。生きる目標が出来そうだ。「永遠の命を終わらせる方法を探す」っていう「死ぬために生きる」みたいな矛盾した理由が・・・。
まぁ、ここで「理不尽や不条理」「不老不死」について論じる気も無ければ、そんな話を聞く気もさらさらない。
ただ、この世の中には不条理や理不尽に、懸命に抗う勇者がいる。
世の中の不条理に、ボッコボコにされて息絶える敗者がいる。
世の中の不条理を目の前に、逃げ出すヤツだっている。
腐っちまうヤツだって、泣きわめくヤツだって、呪うヤツだって・・・そんなの色々だ。
何を当たり前の話を得意げにしているのかって?いや、これは自分自身の懺悔の話なんだ。
ヨーロッパからやってきた宗教で言うところの「告白」ってやつだ。知り合いに神父さんなんていないもんでさ、こんなところで吐露することを許してほしい。
僕は不条理に対して、一番賢そうな選択をしながら、恐らくは最も選んではいけない手を打っていたんじゃないかな?って思ったんだよ。だけど、僕と同じ選択をする人って結構多いんじゃないだろうか。それは何かって?
「無関心」って奴だ。
戦うこともしなければ、逃げることもしない。防御もしないし、避けもしない。道具も使わなければ、作戦も立てない。ゲームでそれをやってみたらわかると思うけど、どんなに強力なパーティーを組んでみても、全滅するか、画面は変わらないかのどちらかだ。
え?アクティヴモードでカウンターをセットしとけば勝てる?・・・・・・まぁ、確かに。いや、でも、言うなればそれは作戦をちゃんと立ててるって事だろう?それに、仮に勝ったところで勝利のファンファーレの後、画面は止まったまま、主人公は止まったままになるわけなんだから・・・。
まぁ、あれだ。言いたいことは「無関心」からは自分の成長は無いんじゃないか?ってことなんだよ。それでだ。
僕はまさに「無関心教」ていう宗教の熱烈な信者だったわけさ。
戦いもしないければ、逃げもしない、道具も使いやしない。のね?
それでも時折降りかかってくる火の粉があるから、それについては超最小限の省エネ・ローエネルギー・低コストで対応してきたわけさ。
「そんなの当たり前だろう」っていう無関心教の信者の皆さん。
よーく考えてみてくれ。有限の人生の中で、本当にそれでいいのか?そのツケが、どこかで来るって思わないのか?まさに、ツケが来た時も、流行りの「省エネ・ローエネ・低コスト」で流れていくのか?
僕みたいな目に遭っても?
・・・そう。そうなんだ。
僕には、来てしまったんだ。無関心教熱烈信者に対する「清算」が・・・。
それは、バグゲーかつクソゲー、極めの「死にゲー」って奴だったんだよ。
しっ!黙って!
・・・唐突で申し訳ない。でも、わかって欲しい。余裕が無いんだ。
不条理?懺悔?告白を聞いてやった?何の事だ??
それに何も説明してもらえないなら情景が思い浮かばないじゃないかって?真っ暗闇状態?なら丁度良い。今まさに、僕の目の前は真っ暗闇なんだ。比喩なんかじゃなくて。ホントに何も見えない。滅茶苦茶困ってます。はい。
音?
音は・・・何だろうか?
「ぎぃぃぃ・・・ぎぃぃぃぃ・・・」と、木と木が擦れて軋む様なものが聞こえる。
よくあるホラー映画とかでドアが「ギィィ・・・バタン!」って閉まるだろ?あのときの音に似ている。
真っ暗でわからないけれど足元には妙な浮遊感がある。おぼつかない感じなのは、怖くて足が震えているからだけではない。一定のリズムの揺れ、船の中・・・なんじゃないだろうか?潮独特の香りもするし・・・。
でも、とても静かだ。
こういうのを「静寂」というのだろうか?時折軋む音がするのだから「静寂」とは言わないのかな?なんて現実逃避に近い事を思ったりもする。
もう何度も何度も何度も何度もこんな思いをさせられている。いっそ気でもふれてしまえれば楽になれるのに。恐怖で膝がガクガク笑い、カチカチとかち合う歯が音を立てて、ふるふる生まれたての小鹿の様に震える伸ばし切れない手で壁を探っているといった、静寂とは無縁の状態。それが今の僕だ。それも、ずっと。この姿を誰かに見られでもしようものなら、そりゃあもう「滑稽」というよりほかにない。大爆笑ものだろう。なんせ全裸の中年男性がぽっちゃり突き出た腹を恐怖で盛大に揺らしながら、背中を丸め小刻みに踊るように手を右に広げ、左に広げ、としているわけなのだから。
でも、僕は知っている。これはドッキリでもモニタリングでもサプライズ企画でもない。現実なのだ。近くには身も凍るような存在がいて、見つかったら無条件に襲い掛かられ、命を奪われる。
今、自分にわかることはそれだけだ。
不意にギィィ・・・と目の前のドアが静かに開く。それがわかったのは外からの明かりが部屋に差し込んできたからだ。ランプや蛍光灯の様な灯りではない。青白い「月の光」のように思う。
やはり船内なのだろうか?広さは20畳程で、ぼろぼろに朽ちた幅の狭いベッドが3つ4つ確認できる。床は傷んであちこち穴だらけだ。僕はがっかりした。壁が見つからないわけがわかったからだ。僕自身は部屋の中央付近に立っていた。壁かと思って触った物は朽ちかけたテーブルだった。
明るくなってホッとした?とんでもない!!恐怖のレベルがピークに達し、口の中が緊張し過ぎて苦味で一杯になる。膀胱にお水が溜まっていたのなら、今ここで僕は盛大にお漏らししていたかも知れない。胃も腸も膀胱もすっからかんだったのは幸いと言えるのかも・・・。
ドアが開き切ると、次いで何かが部屋に入って来た!人の形の様に見えるが生憎そんなモノでない事は、これまでの体験で嫌というほどわかっていた。身体が、心の臓まで凍り付くような感覚に襲われる。震えて身動きの取れない僕の命を少しずつ削るかのように、ゆっくり、ゆっくりと、そして、ぬぅっと「骨」が入って来た。海賊映画やファンタジー物の挿絵でよく見る「スケルトン」・・・骸骨だ。
ごめんね。僕の事や、なんでこんな事になっているのかを色々説明しなきゃいけないのはわかっているんだ。でも、もう精神が限界だ。ずっとずっとこんな調子なんだ。
骸骨が瞳のない目で僕を認識すると、のっそりとこちらに向かって歩き出した。僕は震える足で後ずさると、床の壊れた小さな穴に引っかかり無様に尻餅をついた。
・・・カクン・・・カクン・・・と恐怖を煽るように骸骨は迫って来る。
「ひ、ひぃぃ!!」
僕の「声」というより空気が喉から漏れ出ただけの音がして、パニック状態の中、四つん這いで奥の壁の方へと逃げた。
ドン!と壁に激突した僕が恐る恐る振り返ると、そこには口を大きく開けた骸骨が目の前にいた。
途端に身体が軽くなった。恐怖で意識が飛ぼうとしているのだ。骸骨の口が僕の鼻面を捉えガブリと噛み千切る。痛みが激しすぎて、激痛なのかどうなのか神経が混乱しているのだろう。痛いがそこまでの衝撃はない。
その瞬間、船体?部屋が大きく傾いた。背中の壁に重力を感じる。穴だらけの床がどんどんせり上がってくる。90度近い傾きだ。
骸骨が次の肉を求めて首筋に食らいついてくる。と、バキン!と大きな音を立てて、家具という家具が動き出す。重力に従ったそれらが次々と滑り台よろしく大型の家具までが、こちら側の壁に向かって滑り落ちてくる。
ガガ・・・ガガガガ・・・
引きずるような音の後、よりにもよって部屋の中で特大の棚が、絡み合う僕らに向かって落下してきた。最早「滑るように」ではなく、完全に落下だ。
ぐしゃあ!!
という酷く脆い音が直撃し、それを最後に僕は完全に意識を手放した。
お読みいただきましたことに謹みて感謝申し上げます。