嵐の前の日
転入生がやって来る。
そのニュースは、鷺坂学園を大いに揺るがした。
お金持ちの子供たちが多く在籍するこの学園は小中高一貫の男子校で、人目につかない山奥にひっそりと建っている。そのため外部の人間はまず寄り付かない。
そのうえ全寮制ということもあり、毎日同じ人間と顔を合わせて授業を受け、食事をとり部屋で眠る。
この学園の生徒は、誰もがこの変化のない日常に退屈さを覚え、なんらかの刺激を求めている。
そこに舞い込んできた突然の転入生というワードに、当然みんなの期待も膨れ上がっていた。
一体どんな人が来るんだろう。どんなことが起こるだろう。
なんの変哲も無い日常に突然現れた転入生という存在。それが良い方に転ぶのか、はたまた悪い方に転ぶかは分からないが、どちらにせよこの閉鎖的な学園になんらかの変化をもたらすことは間違いない。
「素敵な子だといいね」
理事長に貰った資料を眺めていると、ふと声をかけられた。そうだなー、と相槌を打てば副会長の葉月はふわりと笑った。
この金持ちの子息ばかりが集まる鷺坂学園で俺、染谷千尋は生徒会長をやっている。名前が中性的なのは若干のコンプレックスだから触れないでほしい。
まあ、それは置いといて。なぜそんなすごい学校で生徒会長になれたかというと単純に家柄と人望と、あと顔だろうか。いや別に自慢じゃないけど。
全校生徒による投票制の選挙のため、どうしたって人気は顔立ちや家柄のいい生徒に集まる。そこにほんの少しの人望があれば完璧だった。
自分の顔が他人よりも整っている自覚はあったけどまさか生徒会長にまで上り詰めるとは。
実際中身はただの能天気な高校生です、すみません。
「その子何年生だっけ?」
「事前にもらった資料によると二年生らしい」
「ふうん。カワイソーだねえ、その子。こんな中途半端な時期にうちみたいな異様な学園に放り込まれちゃって、馴染めるのかなあ」
「まあ、ワケありってことだろうな」
会計の羽田が相変わらずのゆったりした喋り方で書記の長谷川へと話しかけているのを聞きながら、その声音がやけに嬉しそうであることに気づく。
その二人だけじゃない、さっきの葉月だってそうだった。
鷺坂学園において、教師よりも圧倒的な権力を持つ生徒会の人間でさえ一般生徒と同様に、退屈すぎる日常に変化を求めていたのだ。
やれやれ、とため息をひとつ。
これは転入生、やってくる前からすごく大変な責任を背負わされてしまってるなあ。
まだ見ぬ転入生に、俺は少しだけ同情してしまった。
「ねえかいちょー、誰が転入生迎えに行くか決めようよ」
「羽田か長谷川、どっちがでいいだろ」
「おれかいちょーの年下になんでも押し付けるとこ悪いと思うなあ」
「だって俺そういうの得意に見える?」
「見えないけどさあ」
だってかいちょー顔だけやたら怖いしね!
と羽田は笑う。やめろ言うな。顔に中身が釣り合ってないことは本人が一番気にしてんだから。
「じゃあ僕が行くよ」
「葉月、いいのか?」
もちろん、と頷く葉月。
こんな風に快く了承されると、たかが転入生の迎えごときで面倒だと押し付けあっていた自分が恥ずかしくなってきた。
それは羽田の方も同じらしく、決まり悪そうに口を閉ざしている。つーか長谷川、お前はなに黙々と作業続けてんだよ!
「じゃあ明日の朝8時に来ることになってるから、頼むな」
「わかった」
そこで話は終了した。
今まで話に耳を傾けていた羽田も長谷川も、それぞれが自分の仕事に戻る。
時期外れの転校生、どうか厄介ごとだけは起こさないでくれよ。なんていう俺の願いは粉々に砕け散ることになる。
この時はまだ、そんな未来を想定してもいなかった。