閑話 紫炎の魔女
あぁ最悪だ。最悪な気分だ。
兄が奴隷館を去って1週間、あれ程好きだった兄と一緒に住んでいた部屋がこんなにも価値のないものへと変わり眠るだけになってしまった。
どんな話でも優しい目で聞いてくれた兄さん、悪魔憑きや呪いの子と呼ばれた私を見捨てくれなかった唯一の人
私が居なければ私を見捨ててくれれば両親の元で暮らせたはずなのに、庇わなければ痣も傷も生まれなかった筈なのにそれでも見捨ててくれなかった世界で1番大切な人が急に居なくなった。
本当に急だった。どうせあのクソが私に内緒で事を進めていたのだろう、もし分かれば私が必ず妨害すると知っていたことの行動だ。間違っては居ないけど。
もう少し、あともう少しだったのだ。あのクソの下で働いた給料の貯金が、私と兄が開放されるための金額が貯まるはずだった。
あと1週間、1週間でこの場所からおさらば出来たのだ。その後はこの都市を出て辺境で兄と2人で暮らせればよかった。兄さんもあのクソ野郎も知らないが私は生まれつき力があった。怪力と呼べる力だ。その力で暮らしていくはずだった。
物心着いてからずっと悪魔憑きと呼ばれてきたが人外じみた怪力もその不気味さを助長した。少し力を入れれば握った小石が砕けるぐらいには力が合った。
それは成長と共に酷くなっていき一時期は制御出来なかったほどだ。その時は兄さんと遊ぶことせず見守ることが多いせいで、兄さんは私のことをか弱い女と思ってくれているけどやろうと思えばそこら辺の住民を皆殺しに出来るぐらいには力があった。
あぁ、酷い……よりにもよって兄さんが鉱山奴隷なんて、仕事柄鉱山行きの奴隷は腐るほど見てきてしその時なんとも思わなかったがまさかこうなるとは。忌々しい痣も事実を知ってから首筋まで伸びている。
こんな首輪が無ければ今すぐにでも兄さんものとへと走っていくのに、この首輪さえなければ……
思わず首輪を掴む手に力が入る。首輪は壊されると検知してか私の首元をキツく締め上げる。常人なら窒息、小さい子供ならへし折れてもおかしくない程の力がかかるが私には関係ない
ギリッ、ギリッと軋む音がするが私には関係ない、あの優しい兄さんの事だ。鉱山で辛い思いをしているのだろう、そう思うと締め付けられる苦しみよりも辛い心が張り裂けそうな感じだ。
バキンッ!
10分ほど絞められ続けただろうか、あの首輪がついに壊れたのだ。カシャンと地面に落ちる。試しに首元を触ってみてもあの忌々しい感触はない
そう、壊れたのだ。
私を縛るものが
絶対に壊れないと言われたものが
「そう、壊れたの、壊れた」
クソ野郎曰くはるか昔から続くこの首輪は絶対壊れることはなく、その強制力を持って奴隷達を支配し続けて来たそうだ。
しかし、現にその首輪は壊れている。私の愛が、兄を想う気持ちが凌駕したのだ。
そんな中私を満たすのは枷が外れた歓喜、そして兄を鉱山へと追いやったあのクソ野郎への怒り。交わることの無いはずのふたつの感情がぐちゃぐちゃり混ざりあって快感すら感じる。
「あら?」
落ち着いてみれば悪魔の模様は全身を覆っていた。右腕だけだったはずの模様は足先までびっしりと侵食している。
そんな事はどうでもいい、やるべき事は兄の救出だ。とりあえず兄を殴った監視官のクソ野郎に兄の悪口を言っていた奴隷、そして鉱山へ追いやったこの館の主人を殺してから隠してあるだろう兄の情報を手に入れて買った鉱山の連中も殺す。
右腕を見てみればいつの間にか紫炎を纏っていた。熱くはない、試しに金属で出来た鉄格子を握ってみれば燃えるわけでも溶けるわけでもなく、煤となって風に消えた。
石造りの壁を触れば触れた部分が黒く煤となって消える。触った感触はなく阻まれた様子もない
その日、王都近郊にある奴隷館は跡形もなく消滅した。