第3話 事件の結末
ラビア鉱山反乱事件、つい先日起きた前代未聞の事件だ。
遥か昔、偉大なる魔法士が作ったとされる隷属の首輪の力によりつい先日まで奴隷の反乱というものは無く、奴隷は消耗品のように使われていた。
俺の心情的には犯罪奴隷を除けば同情したりする、奴隷制度自体無ければいいと思っているが、奴隷達によって王国の経済が下支えされているというのは事実だ。その為、王国は他諸国に比べ税が安く、発展し、平和だ。そして俺たち兵士も比較的豊かな暮らしができている。
そんな中で起きたラビア鉱山反乱事件、隷属の首輪がこの世に出来てから初の反乱事件になるのだろう、奴隷256人中160人死亡、31人が現在も脱走、28人が軍に捕縛されている。その他はまだ行方不明状態だ。
そして雇い主側は計72人全員の死亡が確認された。そのうちの半数は防具を着け武器を装備していたが数に押され殴殺、刺殺、様々な殺され方をしていた。特に鉱山のトップである商人の遺体の状態は特にひどく、顔が判別できないほどだ。よほど奴隷達から恨みを買っていたのだろう
そして現在軍が事件の調査に当たっているのだが、主な仕事は脱走した奴隷の捕縛、どうして反乱が起きたのかの調査、そして反乱で起きた遺体の処理などだ。
「うっ!こりゃあくせぇな・・・・・」
現在は各小隊に分かれて鉱山内を調査しているが、その小隊の隊員の一人が思わず喋った。
(日にちが経ってるから腐敗臭が充満している。早いところ処理しないとモンスターが湧きそうだ。)
ラビア鉱山は王国内でも有数の鉱山だ。反乱事件が起きたとはいえ、鉱山を使いたいという商人は山ほどいる。そんな鉱山がモンスターの巣窟、果てにはダンジョン化したら上司からどれだけ叱られるか、衛生的にも早めに終わらせたいものだ。
そして俺たち小隊はさらに奥へと進んでいった。奥に行けば行くほど涼しく、そして寒くなり、白い息が出るほどだ。その為か遺体は見当たらなかった。
「これは・・・・・落盤か」
坑道の奥を進んでいくと崩落している場所を発見した。坑道出口付近では魔法を使った痕跡があったためその衝撃か何かで崩落してしまったのだろう
「隊長、ここに人が倒れてますぜ」
隊員の一人が声をかけてきた。よく見てみるとぎりぎり崩落に巻き込まれなかった防寒着を来た人間が倒れていた。
(・・・・・一応生きてはいるな)
この極寒の環境が良かったのか、事件から数日経っているがまだ息があるようだ。見た感じ坑道の奥で働いていた奴隷なのだろう、周りに人がいないため反乱に気が付かず崩落に巻き込まれたのか・・・・・、もしかしたらこの事件の重要な手がかりを持っている可能性もある。身元先の奴隷ではあるが兵舎にいって治療すべきであると判断し、気を失っている彼を担ぎ上げ一旦坑道を出ることにした。
あったかい、まるでふわふわの雲に包まれて寝ているような感覚だ。もっと意識の海の下に潜っていたいのだが、意識が覚醒するにつれ段々と全身から鈍い痛みが襲ってくる。
「ッツ!」
痛みでバッと目を見開いてみると寝ている場所は寒く固い地面の鉱山ではなく、暖かく優しく体を包み込んでくれるベットの上だった。
「こ、ここは・・・・・」
身体を動かそうとしたが痛みも伴い動かすことができなかった。かろうじて首を回し、隣を見てみると包帯でぐるぐる巻きにされた人間が一定のリズムで呼吸しながら寝ていた。
ここは病棟のようだ。
自分が寝ている別途は丁度部屋の端っこのようだが、隣のケガ人も含めて数人はいるっぽい、ちょっと離れた場所ではうめき声も聞こえてくる。
(落盤に巻き込まれて・・・・・僕は助けられたのか)
奴隷にも一応人権は保障されているというが、実際には扱いが酷いとされている。街のど真ん中で奴隷に暴力を働いたりなど、露骨にすれば捕まるが、人目のつかない場所などでは殴られたりなどするらしい
そんな人権があって無いような存在の奴隷をわざわざ治療するのだろうか?普通であれば死にかけの奴隷は放置するだろう
(といっても俺にどうすることも出来ないか)
どんな経緯で助けたのかは知らないが、今この状況をどうすることもできないのでなるようになる。半ばヤケクソ気味に僕は結論付けた。
・・・・・どれだけ時間が経ったのだろうか
意識が覚醒してから、それなりの時間が経っているはずだ。薄暗い部屋に差し込む陽の光は段々と赤く染まっていき、夕方頃だろうか?常に働かされていた鉱山に比べればマシだが、何も動けない状況でぼーっとしているのも地味につらかった。
ガチャ
そんなことを考えていると遠くの方でドアが開く音が聞こえた。タン、タンとこちらに向かってくる足音が聞こえる。
「気が付いたか」
声の主は、白を基調とし、赤と金の色合いの獅子の刺繍が胸に施されている制服を来た中年の警備兵だった。
奴隷館の外からたまに見えた警備兵と服のデザインは一緒ではあったが色が違うため別の場所の兵士だろうか?と思ったところで目の前にいる警備兵は話し出した。
「君はラビア鉱山で倒れているのを見つけてね、時間も経っているし事件の状況から大体のことは分かっているが、念のため話を聞かせてもらえないかな?ユウト君」
「・・・・・名前を知っているんですか」
警備兵の人が僕の名前を知っているということは、僕が奴隷であるということもわかっているということだ。奴隷と知られ僕は一段階警戒心を引き上げた。
そんなことはお見通しという感じでクスっと笑いながら話しかけた。
「心配しなくてもいいよ、事件は大体解明されている。君がクーデターに参加していないこともわかっているから犯罪奴隷に落ちるわけじゃないから大丈夫だよ」
「クーデター・・・・・やっぱりそうだったんですか」
男の人から言われたクーデター、やはりあの地響きや怒号怒声は奴隷と監督官が殺しあっていたのだろう、やはり行かなくてよかったとほっとした。
「ほとんど事件は解明されているけど、一応関係者からは話を聞かないといけないからね・・・・・聞かせてもらえるかい?」
彼は優しく聞いてきた。自分にとっても隠したところで状況が良くなるわけでもないのであの時の状況を全て話した。
彼はふむ、と頷きながら羊皮紙で記録しながら聞いていた。特に聞き返すわけでもなく質問するわけでもなく僕が淡々と説明しながら時間が経って行った。
「・・・・・これが僕が知っている全てです」
分かっていることを話し終えると、聞くだけだった警備兵は少しの間書き続け、書き終わったと同時に僕に話しかけた。
「君の証言は現場の物的証拠も含めて軍が結論付けた結果と大体合っているね」
「そうですか・・・・・」
「そして君の処遇なんだけど・・・・・」
「・・・・・」
警備兵の人の言葉で俺は思わず身体が強張った。犯罪奴隷にはならないと先程言ってはいたが、元は奴隷、またどこかの商人に引き渡され奴隷として働くのだろうかと、これからある未来を想像してしまった。
そんなことを知ってか知らずか警備兵の人は説明を始めた。
「本来なら主人が死んだ場合は親族に相続されるんだけど、今回の事件で君の主人を含めた家族全員の死亡が確認された。そして君は金銭取引という形で売られたので王国の法律上、君には引き取り先の家族がいない……」
「つまりは君は奴隷でも無い孤児という状態になっている。成人していればそのまま釈放になったんだけど、君はまだ未成年だからこのままこの都市の孤児院に預けられるということになるね」
「あ、あの!」
僕は説明を遮った。彼は首を傾げたがどうしても聞かなくてはいけないことがあった。
「僕の……王都にいる妹はどうなるんですか?」
妹、唯一の家族、僕が鉱山へと駆り出されてからずっと気になっていたことだ。
「君の妹も確か奴隷だったね?詳しくは分からないけど、君は買われて事件にあい、結果として自由の身になったけど、君の妹はまだ王都の奴隷館が保有している状態だから一緒に釈放というのは無理だ」
そしてそれに付け加える形でこう説明した。
「そして引き取るならそれ相応の金銭が必要だ。しかし孤児院にいる間は孤児院の運営を賄うように働かないといけないから、孤児院にいる間は奴隷が買えるほどお金は貯まらないだろう、別に孤児院に入らなくてもいいけど、この世界を子供が一人で生きていくには辛いと思うけどね」
「……」
「私の考えとしては、孤児院で勉強するといいよ、計算が出来れば商人見習いでもいいし、力に自信があれば冒険者になったり我々警備兵のように志願すればいい、そしてお金をためていち早く妹を一般市民に開放すればいいだろう」
「……それしか、選択肢は無いですよね?」
言い方からしてもはや選択はあって無いようなものだった。
「そうだね」
無言に戻った僕を見ると彼は立ち上がり、最後に言い残して部屋から立ち去った。
「医者によればあと三日もすれば退院できるようだ。そのあとは他の警備兵が君をこの都市の孤児院に送り届けるよう手配する。ではそれまでゆっくり休んでくれ」
バタンと扉がしまり強張っていた身体の緊張も一気に解ける。
「……」
奴隷から解放されたことの歓喜の気持ちと、妹が奴隷として生きていながらこれから市民として生きていく申し訳なさ、様々な感情が複雑に入り乱れながら、陽が落ちて真っ暗な部屋の中、僕は寝ることができなかった。