第2話 クーデター発生
奴隷館から出て数日、目的地である鉱山に着いた。それまでの道中では奴隷同士の会話などは一切なく、あったとすれば一人が夜中に逃走しようとして死んだことぐらいだろうか、僕たちを買った新たな主人様は逃げればこうなるぞと見せしめのように死んだ奴隷の遺体を持ち上げ彼がどんな感じで死んだのか、事細かに説明してくれた。
そのあと、彼は埋葬されることなく荒れ地に放置された。
そんなこともあり、ただえさえ気まずい空気が更に下がって、出来れば一緒に居たくないような雰囲気が馬車の中で漂っていた。そんなこともあり、僕は初めて出た外の景色を楽しむことにした。奴隷たち死んだような目でこちらをじっと見て、新しい主人様は何やら笑みを浮かべていた。
「さぁよく来た哀れな奴隷諸君!ここが君たちの墓場だよ!」
僕たち以外にも各地で集めた奴隷たちがいっぺんに集まっていた。前居た奴隷館の奴隷の数を余裕で超えるだろうか、これほどの数が集まっている光景は見たことないので中々新鮮である。
そんな奴隷たちの目の前の壇上に立つ恰幅の良い体つきの男性は、笑みを浮かべながら全員に聞こえるように話し出した。
「君たちには一年間ここで働く義務がある!しっかりと働き切ったら自由の身で出してあげよう!ただし、その間は陽の目を見ることは無いと思ってくれ」
奴隷たちは彼に向けて殺意のような憎しみを向けていた。しかし壇上の男性はそんなことは慣れっこなのか気にも留めずに話し続けていた。幾何の時間が経った後、僕たち奴隷は上半身裸となり、ピッケルを持たされ、監督官の人に続いて炭鉱の中に入っていった。炭鉱へ入る瞬間、見納めかもしれない外を眺めた。そして炭鉱の入り口にかけられた鉄格子の扉は閉められ、炭鉱の奥地へと進んだ。
カーンカーン
一定のリズムでピッケルと鉱石が互いにぶつかる音が響き渡る。坑道の中でも最奥のこの場所は魔法と呼ばれるものによって常にそよ風が吹いているが、坑道内でも俺がいる場所では空気がよどんでいた。
「はぁ……はぁ……きっっついなぁ」
頬を滴り落ちる汗を傷だらけの手で拭い、ひたすらピッケルを振り下ろす。
元々農作業などで畑を鍬で耕していたため、それなりにできるとは思っていたが、柔らかい土と固い岩盤では手にかかる衝撃が全然に違くて、この作業を始めて一時間でやめたくなったほどだ。といいつつ人間というものは恐ろしく環境に慣れるのが早いもので、お日様を拝めてはいないがそれなりに時間が経過した今では要領良く出来ている。
砕けて地面に落ちた黒や赤色の鉱石を拾い集め、置いてある麻袋に詰め込む、それなりの量が入った麻袋を担ぎ、中継地点までもっていく、道中に他の奴隷たちは居ない、遠くでは鉱石を掘る音は聞こえるものの中継地点よりずっと遠いから人を見かけることは無いだろう
坑道の最奥はとても寒い、そのため他の奴隷と違い俺は防寒着を着けさせてもらっている。奴隷に防寒着なんてっては思ったが確かに防寒具が無かったら一時間もしないうちに凍え死んでしまうだろう、防寒着にも数があるため坑道の最奥辺りで採掘をする奴隷は他に比べて数が少ない
それだったら少しサボってもバレないんじゃないか?と思うが奴隷館から引き続き装着している首輪がそうさせてくれない
奴隷の首輪、名前そのまんまだ。事前に決められた行動や奴隷の主人に反する行為をした場合に全身が火に炙られるかのような痛みが発生する。そして逃走した場合は首が吹き飛ぶ
そんなこともあって逆らったりサボったりすることなんて不可能だ。ずっと昔の偉大な魔法士が開発したこの首輪は、現代の魔法士で解析不可能で、基本学のない奴隷たちには自ら解除は不可能である。
「おいしょっと……」
ドサッと少々乱暴に麻袋を中継地点に置く、置いておけば回収専門の奴隷がそのうち運んでいくのだ。そして俺は休みなく元の場所へと戻ろうとしたその時だった
ドオオオォオォォォォーーーーン……
遠くから何やら爆発音と共に坑道内で地響きが発生した。パラパラと衝撃で小石が上から降ってくる。爆発事故だろうか?鉱床によっては燃えたり爆発したりする鉱石がある。その為に爆発事故というのは決して珍しいものではない、それにしてもここまで響いてくる爆発なんて初めてだ。
ピーーーーーーピピッ
爆発が起きてから少し間が空いた後、聞き覚えのない音が辺りに響いた。
「いきなりなんだ……って首輪が!?」
音共に首輪が発光し、ガチャリといとも簡単に外れた。首輪が外れたということはつまり……
「俺は自由って……なんで…だ」
首輪が外れた嬉しさより戸惑いの方が大きかった。奴隷の首輪はこの世にいるどんなに頭の良い魔法士であっても自力で解除するなんて不可能だ。ましてや学のない俺に外せるわけがないということは…
(爆発で何か起きたのか…?)
先程の大きな爆発と共に何やら怒号のような声が遠くで聞こえてきた。それも声は一つではなく複数人だ
(見に行くか……)
本来なら決められた区域以外へと移動すると首輪によって罰が執行されるのだが、当の首輪は外れている。本来であればここで留まり、定期的に巡回する監督官からの指示を待つべきだが、今は爆発や怒声怒号などの緊急事態だ。俺は迷うことなく坑道を駆けた。
坑道を駆けているとトロッコのレールが敷かれた行動の中でも主要な場所にたどり着いた。明かりもしっかりしており、いつも働いている場所とは違って明るく、風も吹いている場所だった。
(何だこのにおい!?)
坑道に吹いている風と一緒に漂ってくる謎の異臭、何とも生臭く今までに嗅いだことのない臭いが辺りに蔓延していた。
「お、おい!お前大丈夫……か……」
開けた坑道の端っこで一人倒れている奴隷が居た。顔は俯いており表情は確認できない、俺は彼に駆け寄り身体を起こそうとするが
「何で血が……」
名も知らない彼を起こす際にべっとりと付いた赤黒い血、その血はまだ生暖かいしかし名も知らない彼は一言もしゃべらない、呼吸をしている気配もない
ズササッっと俺は死んでいる彼から飛び退いた。周りを漂う生臭い臭いは血の匂いなのだろう、そしてその臭いの先から聞こえる怒号怒声、ここまで分かればどんな鈍感な奴だってわかるはずだ
「クーデター……クーデターが起きたんだ!」
クーデター、首輪のせいで今はほとんどないと言われているが首輪が無かった昔は各地でそれなりにあったらしい、奴隷館でどれだけクーデターが無謀で愚かな行為なのか嫌なほど聞かされた覚えがある。しかしその自由を縛る首輪も外れたということは
「殺し合いが起きている……」
遠くで聞こえる大きな声は今奴隷と監督官達が殺しあっているのだろう、俺はすぐに行動した。そのクーデターに参加して自由を目指すのではなくひたすら自分の安全のために、
(死ぬわけにはいかないんだ、今ここで死んだら)
ハァハァと荒い息で来た道を急いで戻る。幸いにも俺がいた場所は坑道でも最奥の場所だ。出口を目指すクーデターは来ることは無いだろう、来るとしてもクーデターを鎮圧した兵士だろう、少なくとも出口に向かっていくよりは安全だと考えた。
クーデターに参加したものは成功しなければたとえ生き残っても死刑だ。死刑でなくとも犯罪奴隷に落とされるだけだろう、俺のような金銭的な契約の奴隷とは違い犯罪奴隷はそれに加えて刑期分が加算される。しかも人を殺したとなればその刑期はどれぐらいになるのか分からない、下手すれば永久犯罪奴隷になる可能性だってある。
それだったら一年間地獄のような作業をしたほうがいい、成功しようが失敗しようが関係ない、小市民な俺は逃げるという行動に移ったのだ。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)
俺は神に祈るように跪き手を合わせずっと祈った。これがいち早く終わるようにと
ドオオオオオオォォオオン!
「うわっ!」
ひたすら一心に祈っていると今まで感じたことのない轟音と揺れがやってきた。その揺れは跪いている自分でさえ体勢を崩してしまうほどでビキビキビキと周りの岩盤にひびが入る。
「あっ……」
揺れによって起こされたものは、坑道の崩落だった。自分の真下に大きな空洞があったのだろう。俺は巻き込まれるように闇の空間へと落ちていった。
(痛い……寒い……)
固い岩盤に叩きつけられ、身体は思うように動かない、目の前すら見えない闇と凍えるような寒さ
(死ぬのか……)