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詐欺師

作者: 紗綾侯吏

「はぁ、助かりました。これで払い戻しできるんですね?」

「えぇもちろん。あなたの口座の方へそちらのお金は振り込んでおきますのでご心配なく」

「いやぁちょうどお金がないと困ってたところだったので助かりました」

「そうでしたか。こちらとしても本来手元にあるべきお金が正当にもらえてないというのは悲しいことですからね」

「ありがとうございました。それでは待ってますね」

中年で中肉中背の優男の背中を見送り、丁寧に腰を九十度まげて礼をする。

お金を扱うものとしての礼儀だ。俺にとってお金は命と同等に大事なもの。いや、普通の人間ならそうなのではないか。どれだけ綺麗事を並べても、どうせお金がないとこの資本主義社会では生きていけない。ならば、お金を捨てることは命を捨てることと同義なのではないか。

商売道具を整理していると、固定電話が鳴り始めた。

「はいもしもし、こちらドロシー法律相談事務所です」

『ちょっと相談したいことがありまして……』



酔っぱらいばかりが闊歩する夜のイエローブリックロードを歩く。高いビルが少なく見通しのよい通りだが、街灯が少なく、空き家ばかりが立ち並ぶ地域なために夜は野郎どもしかいないのが特徴だ。そこを中折れ帽を押さえて鍔で目元を隠しながら進んでいく。

ふと耳に騒がしい声が入ってきた。どうやら酔っぱらいがチンピラに絡まれているらしい。

俺はそのチンピラにわざと肩をぶつけた。

「いってぇな。おい、お前。肩ぶつかったぞ。謝れよ」

「いや、これは申し訳ない。明かりが少ないもんで周りが見えていませんでした」

「素直なことはいいことだ。だが、今ので俺は肩に怪我をしたぞ。慰謝料払えよ」

典型的なチンピラだった。理不尽なことこの上ない。だが、そんな程度で俺が怖じ気づくと思われたのなら憤慨ものである。

「そうですか。それならとても申し訳ないことをしたと思いますが、慰謝料を払うことはできません」

「あぁ?てめぇ誰に向かってそんな口聞いてんだ」

「あなたにですが?それとももしかして裁判に持ち込む気ですか?別に構いませんが、あなたの方が余程不利ですよ。こちらには立証できる人がここにいますし、何よりお金に対しての考えが甘い」

「べらべらとうるせぇな!いいから金寄越せって言ってんだよ!」

チンピラが怒りに任せて胸ぐらを掴もうとしたその時、俺はその腕を懐に引きこみ、手首を捻りながら足払いを行い、チンピラを地面に叩き伏せた。

「暴力はいけませんよ」

「ぐあぁ!痛い痛い!すまんかった!手を離してくれ!頼む!」

「そうですか。なら離しましょう」

俺はすんなりと離して、チンピラを立たせる。

「くそっ、覚えてろよ」

最後に捨て台詞だけ残してチンピラは去っていった。

「大丈夫ですか?」

ずっとへなへなと座り込んだままだった酔っぱらいの男に手を貸す。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、お金で困ってる人を助けるのが私の仕事なので。あっ、ついでにこれ渡しておきますね。何かあったらご連絡下さい」

俺は名刺を男に渡し、身なりを整え、そこを後にした。男はただ呆然と俺が見えなくなるまでこっちを見続けていた。



「仮とはいえ、やはり家が落ち着くな」

羽織っていたローブをハンガーにかけ、中折れ帽もそこにかける。鞄を机に置き、中から今日の収穫をグラフ化したものが載っているプリントを取り出す。

「信頼を得てこそ初めて商売は成り立つ。とはいえ、俺のしていることは商売という等価交換ではないんだがな」

小さなぼろアパートの一室。六畳ほどのスペースしかないここでは備え付けだったベッドでほとんどが埋まってしまっている。

ふと、枕元に置きっぱなしにしていた写真が目に入った。幼い頃の俺と母さん、そして今もなお行方がしれない父さんと撮った最後の写真。

この写真を見るたびになぜ自分はこんな生活をしているのかと思う。そんなこと思ってしまったらおしまいではあるがな。

「今日はいつも以上に疲れたな。明日は休みだし、さっさと寝るか」

埃まみれのベッドに飛び込み一時の安らぎを得ようとした。睡魔が一瞬にして襲ってきた。これならすぐに眠りにつけると思ったとき、不意に母さんの声がしたような気が……した。



一体何が起こっているのだろうか。目の前に、目の前に化け物がいる。

顔はライオン、腕はブリキでできており、体の一部分が藁でできていた。

俺は動揺して後ろに下がったが、同時に化け物も下がっていた。ライオンの顔は読み取りにくいが、どこか焦っているような顔つきをしていた。まるで人間のように。俺は何かのためにと用意しているハンドガンを手に取ろうとした。すると同じように化け物もハンドガンを握ろうとしていた。そこでようやく目の前にあるのは大きな姿見の鏡であることに気づいた。そして俺の腕がブリキになっていることにも。

「おい、どうなってんだよ……。天地でもひっくり返っちまったのか?」

俺はいつの間にかおぞましき化け物へと変貌していたのだった。




なんなんだこれは。俺が一体何をした? くそっ、金も尽きようとしてるこんな時に……。

俺は冷静になろうとした。というか冷静にならざるをえなかった。ずっと動揺してるだけでは何も解決しない。こんな姿じゃ人前に出れるわけもない。

「腹減った……。とりあえず今日の飯が欲しい……」

ローブを羽織り、フードを目深にかぶる。マスクもかけてサングラスもする。完全に不審者だが、そうも言ってられない。かろうじて足は人のままだったのは幸いだった。靴を履くことができる。とはいえ足の一部も藁になっていて非常にバランスを取りにくいが仕方ない。

「近くのコンビニにでも行くか」

俺は玄関を何事もないかのように出た。

いつも通っているモビークストリート。だが、こうもこの道が恐ろしく感じることになるとは思わなかった。今は十三時五十二分。昼時の今、俺の姿がばれたらと思うと背筋が震えた。とにかく適当に買い込んで家にしばらく引きこもるしかあるまい。

コンビニに着くと、俺の姿の怪しさに眉間にシワを寄せる店員。俺は見えないふりをして適当にパンを漁りに行く。それを注意深く見られ、監視カメラにも睨まれているような気がしたその時。

「手を上げろ!! 撃つぞ!!」

デザートイーグルを掲げた中年の男がレジの店員を脅し始めた。

「そこの怪しいやつ! お前もだ!」

あんたに言われたかないと思ったが、仕方ない。手を上げよう。しかし、早く家に帰りたいのに何でこのタイミングで強盗なんか来やがるんだよ!

「早くこのかばんに金をつめろ! 全部だ! 全部!」

目が据わってやがるな。薬でもキメたか。バカな野郎だ。だから俺みたいな詐欺師に目をつけられる。そして人生を終わりにさせられる。憐れなこった。慈悲もない。

うん、待てよ。もしかして俺が詐欺をしまくってたから神様の罰でも受けてこの姿になったのか? いや、それはないか。神などいるわけがない。何か他の理由があるはずだ。そういえば昨日の……。

「お、おいそこのお前! 手を下ろしたな! 撃つぞ!!」

ガァァァンと銃声と共に何か金属に当たる音が辺りに響き渡った。

右肩を撃たれた。確かに撃たれた。だが、腕がブリキになっていたおかげで助かったようだ。しかし、また撃たれたときに体に当てられると困る。

「なぁ強盗さん。ちょっと落ち着こうよ」

「うるさい! 何で死なない!? もう一回撃つぞ!!」

ガァァァンという銃声が再び轟く。俺はそれを右腕で受けるようにして体を傾けて回避した。利用できるものは利用するしかない。

「お前何で死なないんだ!!」

「だから落ち着けって」

ガァァァンと三度目の銃声が反響する。しかし、それもまた俺の体に当たることはなかった。薬をキメたやつの銃の方向など一目瞭然だ。腕に当たるように避ければ問題ない。

「お前は神様信じてるか?」

「何で死なないんだよ!!」

「そうだな、シリジアって神様とかは……」

「シリジア様を呼び捨てにするな!!」

やはりか。最近過激な動きが目立つ教団の中の一人なのだろう。あのタトゥーには見覚えがある。ジリジリと近づきながら、会話をしていく。

「シリジア様が今この状況を見たらどうなるだろうな」

「シリジア様は関係ない!!」

「そうか? シリジア様はいつでも俺たちを見守ってくださるんだろ? なら今も見てるんじゃないのか」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「ならお前は自分の信じるシリジア様を裏切るのか?」

「私は誰よりもシリジア様に祈りを捧げている! ありえないありえない!!」

「ならその銃を下ろすんだ。どうせ弾も残ってないさ。不毛な争いをシリジア様は望んじゃいないぞ」

「お前には関係ない! シリジア様は心の広いお方!お前の方こそシリジア様を裏切っている!!」

もう一度指を引き金にかけ始めた。相手の肩に手を伸ばせば届く距離。この距離で発砲されたらさすがに避けられない。

俺は店員や他の客に見えないようにサングラスとマスクを外した。

「お、お前……は」

そして吠えた。

けたたましく吠えた。ライオンの吠えた声は小さい頃によく真似をした。職業柄声を変えることは得意なんでね。

強盗は白目を向き泡を吹いて倒れた。失禁までしていた。ちとやり過ぎたか?

俺はそそくさとサングラスとマスクをつけ直し、大量のパンを再び担いでレジに向かい、ぴったりの金だけ置いてその場を退散した。途中でようやく我に返った店員が俺を呼び止めようと大声をかけてきたが、俺は無視して家に帰ったのだった。



家には無事着いたが、この街ともおさらばしなきゃならんな。こんな姿じゃおちおち寝てもいられないし、そろそろ金返せとか言って雇われ人が来そうだしな。ひとまず田舎の方へ向かうとしよう。

「そういや昨日の電話もシリジアとかいういもしない神様に信仰を捧げた息子がどうのとかいうやつだったな。今朝の狂人もそうだが、かなりその宗教団体がこの街に蔓延っているらしい。そいつらから搾取した金も少なからずあるからな。狙われても仕方ないかもしれない」

その宗教団体宗教団体の目的までは知らないが、テロでも起こす気なのかもしれない。薬まで使ってお金を求めているということはそろそろ動けるぐらいには金が貯まっているのではないだろうか。

「荷物なんて特にないし、明日の昼までには出ようか。この街に居続けるのはまずい」

ただ、その前に母さんの墓参りにだけ行こうかな。もうここには帰ってこない気がするし。俺は親不孝者だが、別れぐらいは言わせてほしい。

俺はもう一度ローブを羽織り、サングラスとマスクをつけて、夜の街へ出掛けた。


やはり夜は冷えるな。墓地までの道のりはこっちであってるはずだが、なにぶん暗いからよく見えない。顔をよく見られないために懐中電灯などを持ってくるわけにもいかないから困ったもんだ。墓地近くにいけば明かりは一切なくなる。最近来ていなかったから道もうろ覚えなのに辿り着けるだろうか。

そんな折、子どもの声が聞こえた。こんな夜中にと思ったが、どうやら泣いているようだ。喧嘩でもしたのか。まるで俺みたいだな。よく母さんとしょうもないことで喧嘩したものだ。そしてその度に俺は家出した。

いつもは気にならないのに、なぜか子どもに俺は話しかけていた。

「少年。どうした?こんな夜中に」

「うぇぇん」

「なぁおじさんに教えてくれないか。こんなところじゃさらわれてしまっても仕方ないぞ」

「うぇぇぇぇん」

困ったなこりゃ。人の欺き方は知っているが、子どものあやし方なんて全く知らん。さてどうしたものか。


「お母さんが、お母さんが死んじゃったって。ぐすっ、お父さんは嘘つきだ。お母さんが、お母さんが死んじゃうわけないもん」


再び泣き出す少年。事故でもあったのか。おそらく少年の母はホントに死んでしまったのだろう。それか離婚でもしたか。まぁどっちでもいいが、こんな小さい子に母の死は辛いだろう。もうちょい考えてやれよ親父は。

墓地近くの道路で子ども一人ほっとくわけにもいかない。父親は多分探し回っているだろうからとりあえず街まで戻るか。俺はとびきり優しい声で再び話しかけた。

「少年の事情は分からんが、とりあえず街に行こう。お父さんが心配してるぞ。お母さんには今は会えないかもしれんが、きっとまた会えるさ」

「ぐすっ、ホントに?」

「あぁホントさ。だから行こう」

俺は少年の手を握り、一緒に街に続く坂を下っていった。



カーサストリートまで来たが、未だ父親は見つからない。子どもを呼ぶ声が聞こえてもいいだろうに。もう三十分以上は歩いてるぞ。なのに人っ子一人いない。だが、俺としては見た目から不審者で誘拐犯と思われても仕方ない格好で歩いているから、誰とも会わないのは好都合だ。が、目的が人探しだから人と会わないのでは聞き込みもできん。困ったな。

「ねぇ、おじさん」

「なんだ」

「どうしておじさんの手はロボットみたいなの?」

「あっ」

すっかり忘れてた。暗闇だと視認できないし、普通に今まで通りに動かすことができるから気にならなくなっていた。

「えーと、これはな、義手なんだ」

「ぎしゅ?」

「代わりの手ってことだ。おじさんは小さい頃に手をなくしちゃってね。それで代わりにつけてるんだよ」

「へー、そうなんだ。おじさんの手は返ってこないの?」

「そうだな。今もまだ探してる途中だから返ってこないかな」

「そっかー。返ってくるといいね」

少年はあまりに無邪気な笑顔でそう言ってくれた。その笑顔は俺にはあまりに眩しすぎた。人を騙すことで生きてきた俺にはもうそんな笑顔をすることはできない。

「あれ、お父さんの声がする」

遠くの方で「ピーター! どこ行ったんだピーター!」と叫ぶ声がする。

「良かったな。お父さんだ」

「うん! お父さん! お父さーん!」

俺たちは少年の父親の声がする方へ呼びながら近づいていった。通りを抜け、大通りに出たときに父親は向かいの歩道にいるのが見えた。

「ピーター! ピーターなのか!」

「お父さん! お父さん! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「いいんだ! お父さんも悪かった!」

父親の方へ車道を横切り向かおうとする少年。しかし、そこへトラックが近づいてくるのが見えた。なぜそこまで行ってやっと気づけたのか。そのトラックは無灯火運転だった。さらには居眠り運転をしているように見えた。明らかに街中で出すスピードじゃない。

「ピーター! 危ない!」

「えっ」

これは間に合わない。間に合うわけない。だが、なぜか俺は走っていた。ガードレールを乗り越えて少年へと向かう。頭の中では過去のある一瞬が思い出された。


オズ!と呼びながら小さい頃の俺をトラックから庇おうとする母親の姿。


 少年に既視感を覚えていた。その理由は昔の俺のようだったから。なぜ少年を助けたいと思ったのか。母さんを思い出したから。今まで生きてきて幸せと感じたことはなかった。母さんは「真っ当に、ただ真っ当に生きなさい」とそう言った。俺は親不孝者だ。母さんはお金に追われる生活をさせられていた。父さんは行方不明だと聞いていたが、自らの身体をお金に変えたことを俺は母さんの死のあとに知った。今なら分かる。母さんが最後は金のためじゃなく俺のために命を使ってくれたことが。最後ぐらいは他人のために命を懸ける。俺もそんな人生の終わり方をしてもいいよな。そしたら俺はちゃんと、ちゃんと家に帰れるよな……。



大きな大きな衝突音が鳴り響き渡った。夜中に突如として起きた音に人が集まってくる。

おじさん! おじさん! と呼ぶ声がする。救急車を呼んでくれ! 早く! と声が聞こえる。体は動かない。耳だけが働いている。

あぁ、俺は死ぬのか。あっけない人生だった。詐欺師の俺には当然の報いなのかもな。

そういやあの時、事故が起こる前に買ってもらった本の名前……なんだっけ? 確か俺と同じ名前がついた……。



『昨夜、ノーマンストリートにてトラックによる衝突事故が発生しました。犯人は薬物中毒になっており、正常な判断ができていなかったとし、犯人は「裏切り者を殺したぞ」と続けて供述しているようです。そしてこの事故によりオズ・パーカーさんが亡くなったとの……』


いかがでしたでしょうか。今回は童話のオズと魔法使いのお話から少し借りて書かせていただきました。ここからネタバレになりますが、実は主人公はオズの魔法使いにでてくるブリキと藁のかかしとライオン、そして主人公の少女ドロシーの求めていたものを全て得て死んでしまいます。詐欺師をしていた彼の過去をまた別で書いてみたいものです。それではまた会えることを願って、ここまでお読みくださりありがとうございました。

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