三島こころ(変化)
三島こころは結果として言えば、自宅に帰ることができた。
自宅に至るまでに、知らない建物も見覚えのない道も増えていた。
おかしな人物や明らかにこの世のものではない生物の様なものもいた気がする。
しかし、どこか茫洋とした意識の中、それらを無視して馴染みのある場所だけを辿れば、ごく当たり前の様に三島家はあった。
外観もいつも通りだし、家の中も変わりはない。
共働きの両親が働きに行っているため、シンと静まった家の中、テーブルに今日の食事用に千円札が一枚置かれていた。
普段はそれで何かを夕ご飯を買いに行くのだが、まるでそんな気にはなれなかった。
何がなんなのか、よくわからない。
ともかく、とてつもない疲労感が三島こころの体を覆いつくしていた。
――そういえば、視線を、感じない
ベッドに横になって、天井を見上げた。
いつもなら、その視界の端に何かがいる気配があって、そこから何かが覗き込んでくるような気がするのだが、今はまったくそんな予感すらしない。
これが本来の普通なんだ、とは思ってはいるものの。
――どこからどこまでが、夢なのだろうか。
なんて思ってしまう。
先ほどの異常な事態すら、実は本当はなかったことなのではないかとすら思う。
それがなかったことだったとすれば、自分はまた視線を感じることになるのだろうか。
でも、その視線を感じていたことすら、本来は夢か幻なのではないだろうか、とも考える。
自分は長い長い夢の最中にいて。
ふと気が付けば、自分が考えている普通の世界で目が覚めるのではないだろうか、と。
――普通の世界?
それは一体、誰がどのようにして決めているのだろうか。
夢の世界で学んだ夢の世界を支える科学的知識に、どれだけ信頼を置けばいいのだろうか。
――どこまでが私で、どこまでが私じゃないのだろう。
三島こころは、どこか気付いていた。
自分の中の変化に。
腕を伸ばして、机にある小さな鏡を手に取った。
いっそ躊躇いなくその鏡を覗き込むと、一瞬、体を震わせてた。
その手から鏡が滑り落ちる。
ベッドに軽い音を立てた。
三島こころは枕に顔を押し付けるようにして、眠りに入った。
世界そのものを拒絶するかのように。
鏡に映った三島こころのその瞳は、宇宙人か何かの様に、真っ黒になっていた。