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夏の幻想と翔太君  作者: 夏の影
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4

 翔太は人のいない廊下の端まで行くと、「ちょっと、ごめんね」と一言断りを入れて、トワの帽子を上げた。

 やはりそこには小さな角が、左右に一つづつちょこんと生えていた。


「やっぱり‼」

「ちょっと、いきなりなにするのよ‼」


 トワはその突然の翔太の行動にびっくりして、強く翔太の手を払った。廊下にバシッと強い音が響く。


「わっ」

「あっ……」


 トワ本人もちょっと強く払い過ぎたと感じたのか、帽子を目深に被りながらも、一瞬申し訳なさそうな顔をするが、言葉には出てこなかった。

 伺うように翔太を見つめ返したトワは、翔太が手を抑えながらも満面の笑みを浮かべているのをみて、困惑した。


「ねぇ、ねぇ、トワちゃん、ほら、僕もっ」


 興奮したまま翔太が前髪を書き上げて自分のおでこを見せつける。

「見て‼ 見て‼」と興奮しながらおでこをみせてくる翔太に思わずたじろぎながらも、トワは翔太のおでこを見て気付いた。そこには小さなこぶのようなものあった。


「それって……」

「ね、きっとさ、お揃いになるよお揃い‼」


 トワは思わず自分の額を触る。翔太のソレには身に覚えがあった。

 そしてその小さいこぶが、やがて角になることを。


「あなた、もしかしてあの男に会ったよ⁉」

「うん、あのおっさんでしょ? 会ったよ‼ やっぱり夢じゃなかったんだ‼」

「なに喜んでるのよ……」

「うわー、僕にも角生えるんだぁ……角かぁ……どうせなら格好良く生えてほいいなぁ……」


 トワは、どこか夢見心地な翔太を見て、頬を引きつらせていた。

 トワには中学生にしては多くの問題を抱えているのだが、その中でも目下一番の悩みはこの角のことであった。

 毎日鏡で確認しては、少しづつ存在を主張する角を見て、溜息をついて、あてもなくどうしようどうしようと、心を悩ましていた。

 今はまだ良いが、帽子で隠せないくらいに大きくなったらどうしようか。誰にも相談できないし、もちろん病院にだっていけない。行けばきっとどうしてこうなったかの理由を聞かれるだろう。その時の答えをトワは口には出せない。

 自分がただでさえ目立つ存在だという自覚はあった。様々な事情から、親には心配をかけたくない。

 だがどうだろう。

 翔太の存在は当然、同じクラスであるから知っていた。

 問題児が多く、クラス仲の悪い中で、唯一誰とでも会話をして、けれども一人でいることも多くて、しかし誰かに虐められることも無く、誰かを虐めることもない、普通じゃないクラスで、普通の中学校生活を送っている、時々熱烈な視線を向けてくる、変な子。

 さすがは変な子だ、とトワは思った。コイツの頭の中はどうなっているんだ、とみてみたい気がした。きっと頭の悪そうな妖精が頭の悪いダンスを頭悪いそうに踊っているに違いない。


「ねぇ、あなたも……その、食べたんでしょ? あの、なんていうか……えっと……」

「ゴブリンの肉でしょ? ちょー気持ち悪かった‼」


 あっけらかんと言う翔太に、トワは目眩を覚えた。

 少なからずトワにとってはあのゴブリンの肉というのは、言葉に出したくないくらいのトラウマであった。思い返しても、いや思い返したくらいくらいの衝撃だ。最近は多少改善したとはいえ、食事も喉を通らなくなったし、特に肉類は今でも見るだけでいやになってしまった。


「ね、ねぇ、あなた、あの男とはいつ出会ったの?」

「今日‼」

「今日⁉」


 トワは天を仰ぐようにして目を覆った。信じられなかった。トワはあの出来事が起きてから恐怖で三日は学校を休んだし、特に深夜と早朝の間、あの世界が青くなる時間は絶対に起きないように、気付かないように布団の中に籠ったのだ。

 今日、学校に登校したのだって、かなりの憂鬱が付き纏っていたのだ。


「ねぇ、ちょっと、最初から聞くけど」

「うん」


 翔太とトワが自分たちの経験を擦り合わせていくと、当然細部はまったく違ってくるが、大筋の部分は変わらないようだった。

 深夜と早朝の間の時間。外に人がまったくいなくて、とても静かであったこと。風鈴の音に、脇を通り抜ける子供の影。翔太は近所の公園でスマホをしていたが、トワは歩道橋の上で小説を読んでいたこと。キャスケットを被った男であること。そしてその姿が小汚い恰好をした老人に見えたこと。

 あっけらかんと話す翔太を見て、トワは徐々に自分がおかしいのかと思い始めた。どれもトワにとっては怖い出来事だ。とくにあの老人の姿と、あの目。あれを思い出すだけでも背中がゾワゾワとして体が冷えていくというのに、翔太は「いやーあれはさすがに怖かったね、普通にゾワッとしたもん」と話す。

 あれは決して、部屋に虫が出た、くらいの感覚で話すような出来事ではない。

 トワは能天気な翔太を見て、むしろ怒りすら湧いてきた。

 私が苦しんでいるのに、なぜおまえは苦しんでいないのだ……というような、逆恨みの感情まではいかないが、少なからずトワにとってはあの出来事は衝撃的であり、まさしく真に迫った体験なのだ。

 翔太の態度は、トワ自体そのものを矮小化しているような、そんな風に感じられたのだ。

 怖い夢を見て起きた瞬間は恐怖しているが、数時間も経てば、どうしてあんなくだらない内容の夢に怖がっていたのだろうか。

 そんなレベルに無理やり落とされたかのような、感覚だ。


「……むー」

「どうしたの?」


 睨むトワに、翔太はボヤッとしたままの表情だ。

 何か、やり返してやりたい、という気持ちがトワの中にふつふつと湧き上がってくる。

 そうだ、とトワは思いついた。

 トワはこの角についてどうにかしたいと考えていた。

 目下、手掛かりはあの謎の男しかない。

 できることは、またあの早朝と深夜の間の時間に、あの男に出会う必要があるだろう、とトワは考えていたが、恐怖もあってなかなか行動には移すことができなかった。

 しかし、この目の前にいる能天気な少年を巻き込めば、話は変わる。

 なにより、こいつもまた当事者なのだから、と。


「ねぇ、あんた……あー、翔太だっけ?」

「うん、翔太だよ」

「あんた、この角を消すの手伝いなさい」


 バッ、と翔太は守るように額を隠した。


「えー、なんで? 角消すの? 角だよ、角。もったいないよ」

「うるさい。あんたは角生えてもいいかもしれないけど、私は嫌なのよ」

「えー、格好いいのに……」

「どうなの、手伝うの? 手伝わないの?」

「手伝ってもいいけど、どうするの?ヤスリか何かで削るの?」

「それで怪我しても嫌だし、結局伸びてきたりしたら同じじゃない。あんただって親にいって手術なんて嫌でしょ?」

「うん、まぁ、本当にどうしようもなくなったら、親に言うかもしれないけど」

「だから、とりあえず、できることをやっておきましょう」

「何、できることって?」

「また会うのよ、あの男に」

「あの男って、あのおっさん?」

「そうよ」

「……どうやって?」

「それは、その、後で作戦会議よ」

「‼」

 

 トワ自身、そこそこバカみたいな発言をした自覚はあるが。

 作戦会議、と聞いて翔太は目を輝かせた。

 はぁ、とトワは思わずため息をついた。

 でも少なからず、トワの悲愴ともいえる感情は、消えていた。

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