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昼の休み時間に向けて、来るべき第二ラウンドというものに誰もがある種の緊張と不安を抱きながら時間は過ぎていった。
だがそれは大きく裏切られることになる。
「ね、ねぇトワちゃん。ちょ、ちょっといい⁉」
昼休みになるやいなや、翔太がトワに話しかけに言ったのだ。
誰もがポカンとしていた。この時間になるまでに何やら企んでいた三人組の女子は動きを止め、無駄な仲裁を心に決めていたイケメンの結城君も、え? みたいな顔をしていたし、当人たるトワも呆然とした顔で翔太を見返していた。
珍しく登校していた不登校児気味の佐藤さんだって、翔太のその動きに対して驚きを隠せていない。
翔太は、ポカンとしたままのトワを見て、さすがにヤベッ、と思った。
「あ、ごめんね、いきなり話かけて。僕たちあんまり喋ったことないもんね」
そういうことではない。そういうことではないのだが、一先ずの謝罪の言葉に、トワも思わず、「い、いや。別にいいけど」と返してしまう。
「うん、あのね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ちょっとさ、来てもらっていい?」
そのセリフはお前が言うのか、と幾人の男子が噴き出した。狙ってやっているのかと思えるくらいに無邪気な翔太に、思わずトワも笑いを堪える様に俯きながら、「うん……いいけど」と答えた。
「ちょ、ちょっと‼」
馬鹿にされているように感じたのは女子三人組だ。特に中心人物たる山下さんが、声を上げて翔太に詰め寄っていく。
「? どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ‼」
「?? 何が?」
何故僕は怒られているんだろう、と心底不思議そうな顔で翔太は山下さんを見返した。
そして、そんな気持ちが翔太はすぐ口に出る。
「どうして怒ってるの?」
「怒ってないわよ‼」
「いや、完全に怒ってるじゃん」
「……ねぇ、あんた、バカにしてるの?」
翔太は背が低い方だ。年齢的にはおよそ男女が同じくらいの背ではあるが、山下さんは女子の中でも背が高い方で、自然と翔太を見下ろす形になる。
マジギレだ、とクラスの皆が思った。
けれども不思議とそこまで緊迫した空気にはならない。
翔太がマジギレされている、という皆が思い浮かべたフレーズが、どこか面白おかしいものに感じられたからだ。
そしてさすがの翔太も、なぜだかよくわからないが自分がかなりの怒りをぶつけられていると感じた。
「あの、よくわかんないけど、ごめんね山下さん」
サラッと謝る翔太に、山下さんが「だったら」と言う。
「ちょっとそこどきなさい」
「何で?」
「私が、朝霧に用があるから‼」
「そうなの?」
「そうよ‼」
「そっか、でもごめんね。僕もトワちゃんに用事があるんだ。とっても大事なことなんだよ」
「なっ」
「なんかごめんね山下さん。トワちゃんは大丈夫?」
「わ、私は、大丈夫だけど」
「よかった。じゃああっちで話そうか」
二の句の継げなくなった山下さんを置いて、翔太は話は終わったとばかりに、トワを先導して教室から出ていく。途中、翔太と山下さんのやり取りに笑っていた男子から、「告白か?」と茶化されたが、「それならもっとみんなにばれないタイミングで話しかけるよ」なんて返していた。
そういうタイミングはわかるのか、と教室にいた誰もが思って、すぐに男子が声を上げて笑い始めた。朝泣いていた後藤さんと杉本さんも小さく肩を震わせていたが、憤懣やるかたない山下さんの様子を見て、すぐに顔を隠すように俯いていた。
「なんなのよ、あいつ」
翔太とトワの出ていった教室の扉を山下さんは睨むようにして見つめていた。。