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夏の幻想と翔太君  作者: 夏の影
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2

 そもそもであるが、翔太という少年は変な子供であった。

 具体的にどこが変というのは少し難しい。

 翔太は家庭でも学校でもあくまで普通に過ごしている、表面的には一般的な少年である。

 あえて言うなれば、変な時間に起きたらそのまま外に出てやろう、という行動に移すあたりが翔太の変たる象徴的な出来事といえるかもしれない。

 さらに言えば、翔太の通う中学校のクラスにはかなりの問題が存在していて、その中で普通に過ごしている、ということもまた、翔太の根本的な異質さを裏付ける要因でもある。

 翔太が何気なくおはようと挨拶すれば、クラスのみんなはおはよう、と返事をする。

 そして個人個人に個人的な内容の会話をして、席に着けば携帯でゲームを始める。

 翔太が挨拶した相手は、陰湿な虐めを行っている主犯格の生徒もいるし、暴力事件を起こした生徒もいれば、あまり顔を見ない不登校気味の生徒もいる。

 翔太には特別とても仲の良い生徒というのは存在しない。

 代わりに、まったく交流のない人間も、またいない。

 であるから、翔太自身は自分のクラスは平和かつ平穏で、過ごしやすいクラスでよかった、とすら思っている。

 周りも、そんな翔太との距離感を測りかねて、結論として人畜無害だし、わざわざ攻撃的に排除するには及ばないといった理由で、ふんわりとした関係を保っている。

 マイペースだとか、鈍感だとか、そういった一つの言葉で括るには難しいタイプの少年だった。

 そんな中でも、翔太が少し緊張する相手がいる。

 

 ――今日はこないのかな?


 そこだけが切り取られたみたいに空間の空いた、窓側の席。

 そこはおおよそ週の半分くらいしか使われることがない。

 特に最近は何日も来ていない。

 何かあったのかな、と思う反面、別に何もなくても休んでいるのだろう、とも思える。

 もちろん、来たからと言って、共通の話題もない翔太にできるのは、おはようと挨拶するくらいなものなのだが。

 ホームルームの時間も近づいたころ。

 ガラッ、と扉が開くと、教室の中は妙に静かになった。

 その一瞬の空気に顔を顰めて、スタスタと歩いて自分の席に座る少女。

 

 ――朝霧トワだ。


 中学生ながらも日本人離れしたスタイルと顔立ちから、彼女がハーフであることがわかる。まず腰の位置からして違うし、ショートパンツから伸びた白い脚は真っ直ぐにスラッとしている。同級生と比べても胸の発育が良くて、男子生徒の目は自然とそこに向かってしまう。またそれとはアンバランスに、栗色の髪をショートカットにしていているところが、彼女を実に大人びて見せていた。

 しかし今日は珍しく帽子をかぶっているので、ボーイッシュというか、綺麗な男の子にも思えてします。

 トワは周りの様子を一瞥することも無く、帽子も取らずに早々に何やら難しそうな文庫本を取り出し読んでいる姿は、どこか周りを威嚇しているようにさえ見える。

 翔太の中には可愛いとか綺麗よりも、格好良いな、という意識が強かった。

 また同時に、怖そうという気持ちもある。

 今日こそは話しかけてみよう、と翔太は心の中で決意を宿して、トワを見つめていると、クラスの三人ほどの女子が本を読んでいるトワの机を囲った。

 翔太はクラスの人間関係に非常に疎い。誰と誰が仲が良いとか、悪いとか、なぜ悪くなってしまったのか、どんな理由でこのグループとこのグループに分かれているとか、まったくわからない。

 だから、文庫本からゆっくりと顔を上げたトワと、気の強そうな顔をしている山下さんが剣呑な雰囲気で話し、後ろにいた小柄な後藤さんが泣き始め、それをイケイケな格好をした杉本さんが慰め、それでも態度の変わらないトワに対して、山下さんがトワの持っていた文庫本を強く手で払った。

 その様子を見て。


 ――喧嘩だ‼


 という感想しか生まれない翔太は、やはりどこか変な子であった。

 それも、翔太のいう喧嘩とは、仲の良いもの同士がするものという認識であるから、実態とはかなりかけ離れている。

 よく教室を見れば、クラスで一番運動神経があってイケメンの結城君が、他の男子に「おいおい、どうすんだ?」みたいに茶化されているのがわかるのだが、翔太は当然気付かない。

 翔太が気付かないまま剣呑な雰囲気を漂わせたその瞬間、担任の吉田先生が入ってきた。

 教室の空気に気付いて一つ面倒くさそうに溜息をつくと、ただ「はい、席についてください」と冷たく言い放った。

 その言葉に山下さんと後藤さんと杉本さんは「ふんっ」とトワを一瞥すると、今だ泣き止まぬ後藤さんを仰々しく慰めながら席へと戻った。

 吉田先生は教室を見渡して、トワが帽子を被ったままなことに一瞬眉を顰めた。


「朝霧、その帽子は?」

「怪我をしました」

「……そうか」


 吉田先生はそれだけ、呟くように言った。

 教室内が浮ついた空気のまま、吉田先生が朝礼を始める。

 翔太は僕が隣の席だったら文庫本を拾ってあげてそのまま話しかけてみたのに、なんてまるで呑気なことを考えながえていた。

 トワが床に落ちた文庫本を拾う。

 被りなれていないのだろうか、トワの頭から帽子がポトリと転がった。


 ――あれ?


 翔太は違和感を感じた。

 思わず、自分の額のこぶを確かめる。

 確かにそこにはこぶが二つあった。

 トワは慌てる様に帽子を拾うと、辺りを小さく見渡して、自分を見つめている翔太と目が合った。

 トワは一瞬、強張った顔をしたが、すぐに素知らぬ風に帽子を被りなおすと、前を向いた。


 ――もしかして。


 翔太の目には、トワにも、翔太と同じ額の位置に変なものがあった。

 それは、まるで角の様なものが、小さく生えているように見えた。


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