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強い日差しを瞼に感じて、翔太はそれから逃れる様に顔を枕に押し付けた。
そのまま数秒の微睡を経て、すぐに翔太は目を見開いて体を起こした。
そして周りを見渡す。外からは朝の太陽の光が差し込み、ゲームと衣服の散らかったいつもの部屋を照らしている。
「あれ?」
翔太はベッドの上で呆然としていた。
「夢?」
いや、そんなわけない、と翔太は思う。
どこか記憶は朧げだが、確かに自分が変な時間に起きて、家を抜け出して、あの特徴的な朝でも夜でもない空間にいて、公園で変なおっさんに出会った。
そのはずだ。
「寝巻じゃないし……携帯も充電してないし……」
少しづつ自分の記憶に自信がなくなる。
確かに床には脱ぎっぱなしの寝巻がそのままにあるし、携帯も充電されていない。
それでも偶に充電したつもりで寝て起きることもある。
服だって、面倒くさがって着替えないまま寝ちゃうこともないわけではない。
「でも……」
翔太が思案していると、「翔太、ご飯よ‼」と母の声が聞こえた。
「わかった‼ 今行く‼」
いつも通りに大きく返事をする。
翔太はその余りにも日常的なやり取りに、体から不安がスッと溶けだしていく様に感じた。
ご飯か、と思って、翔太はお腹に手を当てて、すぐにあの不快な食べ物のことを思い出して、うえっ、と声にだした。
あの変な味と匂いは確かに覚えている。
妙に筋張っていて、それでもなんか柔らかくて、血生臭いような。
そんなあれを。
「ゴブリンの肉……ってなんだそれ」
翔太が知らないだけで、牛肉とか豚肉の様に、スーパーに売っているのだろうか?
ゴブリンの肉。本日特売。新鮮なゴブリンです、お早めにお召し上がりください、みたいな。
翔太は自分の妄想に自分で笑って、とりあえず体の調子を見た。
別にお腹が痛いわけでもないし、体に変な痣が出来ているわけでもない。むしろいつもより調子が良いくらいだ。
夢ではないと思う。確かに現実で起こったことだろう。
変な食べ物を食べて、病気になったらどうしよう、と思う気持ちもある。
けれど、じゃあ母親にそれを説明するのは躊躇われた。
なんて言えばいいのだろうか?
「実は夜中に外に出て公園で知らない人にゴブリンの肉を食べさせられたんだけど、大丈夫だよね?」 とでも聞くのだろうか?
無理だ。
母親がどんな反応するかも想像できないが、決して愉快な結果にはならないだろう。
とにかく、今のところ体に問題はない。むしろ好調なのだ。
わざわざ変に怒られたくもない。
何か起こってからでも遅くはないだろう、と翔太は中学生らしく問題を先送りにして、居間に向かった。
そして、それでも少しドキドキしながら、何気ない風で欠伸なんかをしながら「おはよう」と母親に挨拶をした。
「はい、おはよう……。あれ、翔太、あんた何かあったの?」
「えっ‼」
母の予想だにしない言葉に、翔太は自分でも驚くくらいに大きな声で反応してしまった。
「何そんなに驚いてるのよ、ほら、ここ、小っちゃいけどたんこぶができてるじゃない」
母親が翔太の額の辺りを撫でてくる。
「んー、赤くはなってないけど、ニキビかしら? あら、こっちにもあるわ。あんたまた器用にぶつけたわね」
「え、ほんと?」
確かに母親に撫でられる感触には、額の左右に小さくこぶがあるように感じられた。翔太は自分でも触ってみるが、確かにそこには小さくこぶがあった。
「どこかにぶつけたの? 痛くない?」
母親が心配そうに聞いてくる。
「いや、どこにもぶつけてないし、痛くもないけど」
「うーん、熱も持ってないみたいだし、大丈夫かしら……もし、痛くなったりするようなら、すぐにお母さんか、学校なら先生に言いなさい」
「うん、わかった」
「おでこに湿布はる?」
「いいよ、恰好悪いし」
「上から包帯まけばいいじゃない」
「変だよ」
「別に変じゃないわよ。まぁ、いいわ。とりあえずご飯食べちゃいなさい」
「うん」
翔太は不思議そうに自分の額を触ったりしながら、朝ごはんを食べた。とてもご飯がおいしく感じるし、いくらでも食べられる気がする。いつもの倍は食べたところで、「こんだけ元気なら、大丈夫そうね」と母が少し呆れながら言った。
お腹がいっぱいになって、翔太はふと、気になって思わず口に出してしまう。
「ねぇ、ゴブリンってさ……」
「え、なに?」
「あ、いや、なんでもない」
母が洗い物をしていて、聞き逃したようだ。
翔太は携帯で検索した。
「ゴブリン、角っと……」
画像検索には、誰かが書いた醜悪な顔をしたゴブリンや、3Dモデルのもの、デフォルメされてマスコットの様なかわいいゴブリンまで、たくさんの種類があった。
そこには一本角だったり二本の角があるものや、または角自体ないものなどもいた。
「ほら、携帯弄ってないで学校いっちゃいなさい」
よくわからないな、と翔太は思って、母親の声に促されて検索画面を閉じると、部屋に戻りカバンを背負う。
「そういえば……」
あの気味の悪い老人にも同じような処に角が生えていたな、と朧げな記憶の中に思い出す。
一瞬ゾワッとしたが、すぐにふんっ、と鼻で笑った。
時間が経ってしまえば、角の生えた老人って意味わかんないな、とむしろ滑稽さすら感じてしまう。
「行ってきます‼」と大きく声をかけて、学校へと向かい始めた。
その時には、翔太の中ではすでに、友達に変な夢を見た話をしてやろう、くらいの気持ちになっていた。