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夏の幻想と翔太君  作者: 夏の影
2/10

三島こころ(導入部)


 誰かに見られている、と三島こころは感じていた。

 中学校生活が始まった頃くらいだと思うが、正確には覚えていない。

 ただ、気付けば視線を感じいた。

 朝、目が覚めて制服に着替えている時。通学路を歩いている時。学校で授業を受けている時。友達とお喋りしている時。家で食事をしている時。ベッドの中で寝ている時。

 中途半端に部屋のドアが開いていたりすると、確実に何かを感じる。

 何か、大人の男性くらいの真っ黒の何かが、わずか数センチの隙間から、自分のことを見つめている気がするのだ。

 あくまで、気がするだけで、それを確かに見た、というわけではない。

 そんな気がする、というだけだ。

 怖くなって親に相談しても、気のせいだ、と言われた。両親は共に忙しくて、きちんと答えてくれなかった。中学生くらいの女の子ならだれでも一度くらいはそんなことがあるから、その内すぐに忘れるだろう、と顔も見ないで言われた言葉に、ムッとしながらも、そんなもんか、とも思った。

 視線はいつになっても止むことはなかった。

 カーテンの隙間。ベッドの下。遠く離れた木の陰。学校の校舎の屋上。携帯の電気を消した一瞬の黒い画面。

 意識の隙間を縫うような視線はいつだって、三島こころを見つめてきた。

 あくまで視線を感じる気がするだけなので、何か物が無くなるということもないし、身体に危害が及ぶような実害はなかった。

 学校で友人が、怖い話を見た後は眠れない、とか、目を瞑って髪を洗っていると、後ろに誰かいるような気がする、という話もしていたし、自分のこれもそういった類のものかもしれない、と自分を納得させた。

 ある日曜日。

 空は抜けるほどに快晴で、けれども風がなくて。

 額に流れる汗を拭いながら、アイスが食べたい、と家を出て近所のコンビニへと向かった。

 ジリジリと照り付ける日差しを憎々しく思いながら、ふと、常に自分に向いていた視線がずれているのに気が付いた。

 初めてのことだった。

 自然と、三島こころは視線の逸れたその先に目を向ける。

 あれ、と思った。

 道が二股に分かれていた。

 三島こころの家からコンビニは大きな通りをほぼ一本道で行くことができる。

 こんなところに道なんてないはずだった。

 おかしいな、とは思いながら、なんとなくどちらを歩いてもコンビニにはつくような気はした。

 視線は尚も三島こころからはずれてもう一本の道に向いている気がする。

 その先をより目を凝らしてみたところで。

 三島こころは背筋を凍らせて、唐突に走り出した。

 道の先で、大きな、黒い影のような何かが、こちらを見返していた。

 ボウッと立っているようで、二メートルくらいはある様に見えた。全身が真っ黒なのだが、その眼だけははっきりとこちらを捉えていた。

 うまく説明はできないが、あれはヤバイやつだ、と三島こころはわけもなく考えた。気づいちゃいけないし、見ちゃいけないし、関わっちゃいけない。

 本能がそう叫んでいた。

 ただひたすら前に前にと走る体が妙に重くて、から回る足元にいら立ちを覚えながら、三島こころは走った。

 走って、走って、走って。

 家にはたどり着けない。

 むしろ、周りの景色は変になるばかりだ。

 夏の陽炎が見せただけ、とはとても言えない。

 建物の感覚が妙に窮屈になっていて、おかしな細長い建物が増えていた。信号の色も四つ目があった。電信柱が増えて、電線はむやみやたらに空を走っていた。人はいないけれど、騒めきの気配は感じる。人の汗や食べ物の匂いの混じったすえた匂いがする。

 帰れない、と唐突に三島こころは思った。

 泣きそうになった。いや、目にはすでに涙が浮かんでいた。

 立ち止まることはできなかった。立ち止まればそれまでだ、という強い思いがあった。

 強い視線を、背中から感じた。

 今まで、感じたことも無いくらいに強い視線だ。

 そうだ、よく考えれば、これまでも視線を感じた先を見てもなにもなかったのだ。

 今回だって、きっとそうだ。視線を向けた先には何もなくて、私は、ああ、やっぱりなにもないんだな、なんて思って、いつもと変わらない日常を過ごすんだ。

 三島こころは、後ろを振り向いた。

 すぐ目の前に。

 人の様な形をした黒い何かが、三島こころを見つめていた。


「視・譏隕を換九k繧ょう」


 妙に甲高いおじさんと女の人の中間の様な声で、それが喋った。 

 なんて言っているかはわからない。

 視界を、交換しましょう?

 余りの恐怖に三島こころの意識が閉ざされそうになる。


「譏シを交換しョo縺翫⊇」


 嫌だ、と素直に口にするには、余りも恐怖が大きすぎた。

 三島こころの意識はもう限界だった。

 彼女はともかくどうしてよいからもう家に帰りたかった。

 

 ――なんでもいいから、おうちに帰して!


 三島こころは、全てを拒絶するように頭を抱えて、しゃがみ込んだ。

 その言葉は口に出せていたのか、あるいは心で強く思っただけなのか。

 スッ、と気配が遠のく。


 ――終わったの……?


 何か、安心感を覚えて、三島こころは立ち上がって辺りを見渡した。

 

 ――え?


 見覚えのある建物はあった。けれども、そこにまったく知らない建物もあった。

 妙に増えた看板の文字には、漢字もカタカナもひらがなも使われていたが、日本では使われないような画数の多い文字が使われていたり、あきらかに文字ではなく記号の様なものが含まれていたりしていた。

 今まで三島こころが知っていた街に、まったく知らない街を無理やりに組み合わせたかの様だった。


 ――ここは、どこ?


 世界は、おかしいままだった。


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