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夏の幻想と翔太君  作者: 夏の影
10/10

7

ファストフード店に行こう、と言われた時、翔太は目に見えて動揺した。


「僕、お金もってないし……」

「いいわよ、私が出すから」

「いいの?」

「いいわよ、そんくらい」


 男気のあるトワと、弱弱しい翔太の構図は不思議としっくりはまっている様だった。

 

「ありがと、トワちゃん」

「……」


 ただ純粋な笑みとお礼を向けられた時、トワは思わず言葉に詰まった。

 それはトワの母親が、現在のトワの父親に向けている顔に見えてしまったからだ。

 

 ――あの男も、今の私と同じような気持ちなのだろうか。


「どうしたの?」

「なんでも、ないわ」


 ――そもそもコイツが可愛いのがいけないのだ。


 トワの周りにいる男というのは自分よりも大きく強い存在ばかりであった。

 トワはぐしゃぐしゃと翔太の頭を搔き乱した。


「わ、ちょっとやめてよ!」

「うるさい」


 弟がいればこんな感じなのだろうか。

 今日きちんと知り合ったばかりだというのに、トワは翔太のことをかなり気に入っているようだった。



 夕方に迫る、これから忙しくなりそうなファストフードの店内で、翔太はハンバーガーを口にした。

 どこか慎重に、ゆっくりと、実に美味しそうに味わっている。


「それで、どうするの?」

「んー、そうねぇ」


 紙コップのコーヒーを飲みながら、トワはボヤッと思考をまとめる様にシーリングファンの回る天井を見つめた。

 思い出すだけでも背筋が冷えるような記憶、であったもの。

 あの青の強い空間。

 謎の男。

 思い返すだけでそれがこの瞬間に突如現れて、害をなしてきそうな気がしたのだが、今ではそんなこともない。

 むしろ、どこか滑稽な気持ちさえ浮かんでくる。

 どうしてあんなことにビビッていたのだろうか、と。


「とりあえず、あんたはどういう状況だったの?」

「僕? 僕はね」


 似つかわしいそうな、似つかわしくないような、翔太は食べ終わったハンバーガーの包装紙を丁寧に折りたたみながら自分の体験を語った。

 夜中の変な時間に目覚めてしまったこと。

 なんとなしに、外に出ようと思ったこと。

 近所の公園に変な男がいて、そいつとゲームをしたこと。

 そして、気が付けば老人の姿になって、半ば無理やりゴブリンの肉と言った物を食べさせられたこと。


「私と、状況はほとんど同じね」

「トアちゃんはどうなの?」

「時間帯も同じ深夜というか、朝方というか、その間だったわ」

「なんでそんな時間に?」

「……なんとなく、よ」

「そうだね、僕もなんとなく‼」


 トワは自分が一瞬シリアスになったところを、翔太の言葉に掻き消されて、何とも言えない不完全燃焼さを感じた。

 トワは翔太の頬っぺたをムニッと抓った。


「わ、なにするんだよ」


 翔太は抵抗の言葉を口にしたが、とくに振り払うような真似はしない。

 むしろ、なぜだかちょっと嬉しそうにも見えた。

 はぁ、とトワは一つ溜息をついた。


「私、あんまり親と上手く言ってないの」

「そうなの?」

「ええ、それで学校とか休んだり、夜に遊びに行ったりして、その日も家に帰らないでフラフラしてたわ」


 妙に眠れず、文庫本を手にしたまま街を徘徊していれば、気付けば時刻は深夜を大きく過ぎていた。

 徐々に消えていく人影に、不安とそれ以上に落ち着く何かを感じながら歩いていると、気付けば大きな道路の歩道橋の上で。

 

「そこで、私もたぶん、あんたがみた男と出会って、そこで小説の話なんかして」

「楽しかった?」

「え、ええ。そう、その時は妙に楽しかった」


 けれども、おかしいと思えることは非常に多かった。途中からかなりの言葉が上手く聞き取れず、変に高かったり低かったり、おじいさんの様だったり女子の様だったりと、違和感が増えていった。

 見た目も、なんだか掠れる様に揺らいでいて、上手く捉えることができなかった。


「あー、僕も上手く言葉が聞き取れないところがあったよ。見た目は、普通な時はずっと普通だったと思うけど」

「私は、目が疲れてるのかな、なんて思ったけど」


 しかし一度感じた違和感は払拭するどころか増えていく一方で、余りにも周囲に人が居なすぎるところだとか、日常の物音が消え失せて、代わりに妙に背の低い子供の様な気配を足元に感じたりしてくる。


「それで、目の前の男が汚らしい老人に変わって。お前は味方かって言ってきて、あの真っ赤な目で見られたら、こう、なんていうか、その……」

「あれは怖かったね‼」

「そう、うん、怖くて、頷いたら、食えってなんか肉を無理やり口に入れられて」

「ゴブリンの肉だね。すげー不味かった」

「気が付いたら家で寝ていたわ。そして、この通り、角が生えたのよ」


 トワは小さく帽子を上げた。

 翔太も、自分の角を触ってみる。

 朝よりは額は腫れる様に膨らんでいた。今日の夜ごろには角が皮膚の上に出てくるだろう。


「あんまり、よくわからないよね」

「まぁ、そうね」

「そもそも、なんでゴブリンなんだろう?」

「……そんなの、わかるわけないわ」

「角生えたら、他の体の部分もどんどん変わるのかな?」

「……それは、最悪ね」

「僕たちにゴブリンの肉を食べさせるのって何か意味があるのかな?」

「ねぇ、あんた、自分で何か考えてる?」

「……えへへー」


 クソ、とトワは翔太をにらみつけた。

 トワは自身が中学生だというのにこの同級生に対して強い庇護欲を感じているということを、上手く消化することができない。

 ムギュ、とトワは衝動的に翔太の形の良い鼻を摘まんだ。

 これでは、好きな子に悪戯してしまう小学生の男子だ。

 鼻声で「なにするんだよー」と、ニコニコ笑っている翔太に、立場は逆だが、中学生男女のデートの様だ、と話している内容とは関係ないことをトワは思った。

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