下町のアイドル
市の中心地から一駅だけ離れた商店街に真稀人の小さな八百屋はある、そこはいわゆる下町にあたり人情あふれる人が多く住んでいる場所だった。
店の前は通学路で店の開店準備を始める時間はちょうど登校する小中学生達がところ狭しと歩いていた。
「おはよう兄ちゃんいってきま〜す!」
「おう愛生!頑張れよ〜!」
「兄ちゃんもね〜!」
元気な声が商店街に響く、テニスのラケットを持った少女は跳ねるように店の前を通り過ぎてた。
その後も沢山の、小中学生達とのおはようの挨拶を繰り返しながら開店準備に忙しそうに動く真稀人は誰が見ても好青年の働き者だった。
そして登校時間が終わると、今度は登院時間…。
おじぃや、おばぁが行きつけの病院に向け動き出す!
「おはよう今日も暑くなりそうですね、お仕事頑張って下さいね。」
「おはようございます、いってらしゃい!」
真稀人は明るく返事を返し、さっと後ろを向いて果物を並べた。
おじぃ、おばぁが喋り出すと話の終わりが無くなる…。
これは、おじぃ、おばぁには最低限の挨拶を返して10時開店に間に合わせる、真稀人のテクニックだ。
そして開店の10時になるとすぐにお客さんがやって来る。
「お兄ちゃんもう買える?」
常連の主婦が10時になるのを待って声をかけてくる。
「OK、おかぁちゃん何がいる?」
気さくに笑顔で答える真稀人に、お客の主婦達も笑顔で答え、
「キューリとレタス、甘いトマトあったら欲しいわ」
などと、自分たちの欲しいものを真稀人に伝える
「キューリとレタスと甘いトマトは、フルーツトマト入れとくよ!」
注文を聞いた真稀人は、ところ狭しと並んだ野菜達の中から、手早く言われたものを取り袋に入れる。
そして素早く暗算で商品の値段を告げ、お金を受け取りお釣りを渡す
「ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとう。」
そして下町ならではの温かさを感じさせる、お互いにありがとうで一連の会話は終わる。
笑顔で答える真稀人の元気に、買い物に来た30〜60代の主婦も自然と笑顔になる、真稀人の存在はこの地域の笑顔製造機見たいなものだった。
やはり八百屋は店が開いた二時間が1番忙しく、沢山のお客さんが新鮮な野菜や果物を求めて押し寄せた。
「お兄ちゃんキューリどこ?」
「おかぁちゃんの目の前やで!!」
「お兄ちゃんこの桃はいくら?」
「昨日より少し安くなって、200円でお願いしてるよ!!」
「お兄ちゃんスイカの美味しいやつちょうだい!」
「おかぁちゃん、うちのスイカはみんな甘いよ!!」
そんなやり取りを笑顔で1つづつこなし、元気な声で「ありがとう〜!またよってなぁ~!」
大きめの声で対応する、真稀人の店の日常的な風景だ!
お客さんの切れ間のあいだに、売れたものの補充や商品の袋詰めをバタバタと一人でこなし、13時過ぎからおにぎりを頬張る。
一人なのでゆっくりは出来ないが、このバタバタは体感時間をかなり早めた。
「お兄ちゃん、ただいま!」
真稀人の店の17時の合図だ、しかし時計は15時だった!!
「おぅ愛生!今日は早いやん、なんかあったん?」
「明日から1学期の期末テストやから部活はお休みやねん、お兄ちゃんは知らんかったん?」
まるで家族の会話のように話す二人は、まったくもっての他人。
「そんなん知らんやん!俺が中学行ってたのは去年までやねんもん!」
「それやったらしゃーないな、許したるわ!」
「うるさいわ、八百屋に寄り道せんと早く帰って勉強しろよ」
「ハイハイ言われなくても帰ります~、じゃぁな八百屋のおっさん!」
愛生は言い終わるとケタケタと笑いながら走り出し、少し離れたところから真稀人に向かって舌を出してみせた!
「コラ!バカ女!!おっさんちゃうわお兄さんや〜!!」
舌をみせ、イタズラに笑う少女に真稀人は親しみを込めた、バカ女をなげかけた。
「おっさ〜ん、頑張って仕事しろよ〜!!」
愛生は今度はゲラゲラと笑いながら帰って行った。
「ふぅ、まったく愛生の奴め…。」
ほぼ毎日繰り返されるこの光景は、かれこれ三ヶ月もほぼ毎日続いている。
それは真稀人がこの八百屋を継いだ半年前から続くありふれた光景だった。
そもそも愛生と真稀人は同じ中学の先輩と後輩、真稀人が中3の時の中1で小学校も幼稚園も同じであり、この辺りが地元の人間はみんなが通う公立だった。