不思議が池の幸子さん・・・・・第十話その3
「あいつは、どうやらブリューリの本体そのものではなさそうです。」
アニーが報告してきていた。
「やっぱりね。」
ヘレナは小型連絡艇の中で、足を上げてくつろいでいた。
こんな恰好をしたら、いつもは第二王女に叱られるが、今は大丈夫だ。
第三王女は、今や地球帝国皇帝陛下である。
それなりの豪華な船に乗せなければならない。そうして、それなりの体制と言うものが取られなければならない。
なので、アブラシオが乗せている一番豪華絢爛な連絡艇(通常は火星の女王用なのだ)に乗せて、お付きも百人ばかり(大半は、コピー人間だが)同行させて王国に向かわせた。
第ニ王女も、地球帝国総督閣下。つまり地球のナンバーツーである。
そこで、こちらはまあ、多少質素ではあるが、お付きを三十人ほど連れて、東京に向かわせた。
ナンバ・ツーとトップの間には、すぐには越えられない大きな差が必要なのだ。
第一王女は、あいかわらずタルレジャ王国の第一王女で、次期女王ではあるが、地球帝国ではまったくの無役である。
なので、あまり目立たない小型の連絡艇で、松村コーポレーション本社屋上のヘリポートに向かっていた。
客室には、大事なお客様であり、これからはヘレナの部下となる男の子が、ぶすっとした表情のまま座っている。
いずれアリムのご先祖様となる、重要人物ではあるが。
「しかし、ブリューリ本体であることも、また間違いありません。つまり、他の細胞に移植されたブリューリ細胞ではないので、本体の一部がそのまま増殖したのでしょう。」
「分裂したのね。大本の方はまだどこか地上に潜んでいる訳か。この際、たっぷり実験に使って差し上げなさい。絶対逃がしちゃ駄目よ。いい?」
「ええ。」
「でも、今の段階では、まだ地上全体にあの散布剤は使いたくないものね。」
「そうですねえ。地球人にどの程度の影響があるか、まだ十分な検証ができていません。今回地獄に使用したことで、大きなデータが得られるとは思いますが。それに火星人の子孫の方々の体内にはブリューリ細胞がまだ残っている場合がありますからね。今のところ、服用薬か注射用薬がいいですね。散布剤は体調が狂う可能性がまだ高いです。」
「突然ブリューリ化する可能性もかなり、ね。」
「ええ、でも、おかげさまで、もうあと少しで、問題は解消されると思いますが。」
「地球全体を良く監視しなさい。それと、早めに結論出してね。薬剤による腫瘍の発生や、ブリューリ化の可能性の方が相当低くなったら、散布しましょう。たぶん、もう、すぐ怒って暴れ出すわよう。今回の事でね。ま、もっともそれでは親分がうんと言いますまい。いったいどんな手を使ってコントロールするつもりかしらね。」
「さあ? 注意はしていますが、なにしろ相手が良くないです。見せてくれないのですから。しかも、なにはともあれ、ヘレナにとっては・・・・」
「昔の事よ。それより、絶対何か、新しいものを作ってるに違いないから、なんとか情報つかんでちょうだい。」
「はあ・・・・リリカ様とはご相談を?」
「はいはい、すぐにいたしますよ。アリーシャを使って、ソーをもう一回誘惑させますわ。でも、わたくしは、学校の事もありますし、王国の公務をしなくてはなりません。演奏会もすぐあるし。できる限り、もう女王様はやりたくないし。妹達にまかせるって、決めたんだもん。ちゃんと忠誠を誓う儀式もしたし。あの二人、予防注射はした?」
「はい、もちろん。」
「そう、まあ、とりあえず、だけどね。なにしろ、『婚約の儀』を早くしなくっちゃ。もう待ち遠しいわあ。早く正晴様と・・・、ううん、待ち遠しいわあ。ね、アニー。わたし、お買い物にも行きたいの。新しい水着とかも。それで、正晴様といっしょに、ね。」
「それはそれは、どうも。ヘレナは、やはり幸子さんに似ていますね。」
「ブッブー。わたくしが似ているのではなく、幸子さんがわたくしに、似ているのです。おわかり?それだって、色んなお話があるわけよ。聞いてくれる?」
「ああ、いえ、アニーは忙しい。アニーは仕事いたします。」
「ああ、そう、じゃ、どうぞどうぞ。」
「はあ、きれいな夕焼け。ロマンチックだなあ。お酒はおいしいし、お饅頭はうまいし。言うことないはず・・・でも、監禁状態。お仕事できないし、お客様が来ても出ちゃいけないって、女王様に言われてるからなあ。だいたい主人公は、わたしなのよね。ちっとも活躍してないなあ。ああ、でもなんだかとっても幸せ。」
池の底のお家の中で、壁に映っている外の景色を眺めながら、幸子さんは清酒『団子桜』と『大富豪』を並べて飲んでいた。そうして今、両手にお饅頭を持ち、最高に良い気分で口の中に頬張っていた。
こんなに素晴らしく幸せな気分だったことはないかもしれない。
仕事がひと段落着いたら、元副署長さん・・・旦那さんも帰宅してくれるだろう。
これ以上何にも言う事はない。
幸子さんは、にっこりと微笑んだ。
その瞬間、幸子さんは消滅した。
左手に持っていたお饅頭が、ぽとんと下に落ちた。
丁度その時、幸子さんだけではなくて、池の女神様達が、一斉に消えてしまったのだった。
ブリューリ細胞の支配からは解放され、禁断症状にぜいぜい言いながら、いったい何が起こったのだろうと、女神様たちは、みんな考えていた最中だった。
ユーリーシャ様も、ジュウリ様も、コキ様も、そうして幸子さんの親友アナ様も、一瞬の内に、消えて行った。
その頃、アヤ湖の畔で、じっと考えに沈んでいたヘレナリア様も、同時にすうっと消えて行った。
地獄では、副地獄長となっていたアヤ姫様が、ベッドで横になっていたまま、消えてしまった。
丁度地獄長・・前人事課長がフラフラになりながらも尋ねて来ていたところだった。
地獄も、今は夕焼けになっていた。
窓から真っ赤な光が、地獄の病室を照らしていた。
「え?」
地獄長が、ふと眼を離したすきに、アヤ姫様は消え去っていたのだった。
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ヘレナは、もう自宅の巨大な建物が見えるところにまで帰って来ていた。
「やれやれ、ルイーザには悪いけど、お風呂にでもゆっくり浸かりますか。」
その時、声が聞こえたのだ。
彼女だけに・・・・。
「ヘレナ。」
第一王女は立ち上がった。
「女王様・・・・」
茫然としている彼女に、声は伝えた。
「あなた、実は本当に、女王様は嫌になったのね。しっかり感じたわ。」
「いえ、あの、それは、気休めと言うか、生き抜きと言うか。」
「いいわ。あなたは良くやった。もう当分女王はしなくて良くてよ。」
「あの、女王様、お怒りになったのですか、あれは、ほんの、本当に冗談と言うか、気まぐれとい言うか、本気ではないのですから・・・、。だってわたくしの心は、あなたに全て捧げられておりますから。」
「いいの、言いわけはいらない。あなたは、当分第一王女に専念しなさい。また必要になったら、その時は声をかけるわ。」
「いえ、女王様、わたくしは大丈夫ですから。本当に。」
「いい、あなた一人が私であり続ける理由など、ないの。少し休みなさい。脳が披露してきている。この際、一旦弘子に戻りなさい。でも第一王女ヘレナは、まだずっと続けるのよ。大丈夫、怒ったわけじゃない。わたくしには感情などない。弘子はちょっと長く女王でありすぎたわ。体が中毒症状になっている。だから休憩させる。それだけよ。」
「女王様、どこに行かれるのですか?」
「そうね、まあ、わたくしはどこにでもいる。あなたの体の中には、一部能力を残しておいてあげる。妹たちには何も言う必要はない。いずれ、あなたの体に帰る事もきっとあるわ。がんばってね。新しい時代が始まるの。」
「あ、あの・・・・・、あれ、消えちゃった。うわ、やった、わたしは自由だ! 弘子に戻れた!」
弘子=ヘレナは叫んだ。
連絡艇は、松村コーポレーションの巨大なビルの真上に到着していた。
マムル医師は、決断した。
「行きましょう。歩いてみるしかない。いい、覚悟できる?」
彼女は、きりっとして言った。
「はい。」
ママムヤムも頷いた。
問題は、鬼化してしまった『彼』だった。
しかし、『彼』は、反対はしなかったのだ。
実のところ『彼』自身は、何も真実を知らなかった。
分かっていたのは、残りの三人を、『守る事』だけだったのだ。
別に危害を加えるような考えは、『彼』には元々与えられていなかったのだから。
三人と鬼一人は、真っ白な空間の中を、手をつないで歩きはじめた。
前方には、何も見えない。
歩いてきた後ろ側は、すぐに全く見えなくなってゆく。
ただ、全てが白い空間に覆われているだけだった。
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時間の経過も、全く分からなくなっていた。
三十分くらいしか歩いていないようにも、もう何十年も歩き続けたような気もする。
濃く深い霧の中から、遠くに何かがちらちらと見えている。
「見て! あそこ、何か見えている。もう少し頑張ろう!」
マムル医師が元気よく叫んだ。
四人は(人間三人と鬼一人)、だんだん近づいてくる、その何かに向かって無言のまま、ひたすら歩いた。
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アリムは、着々と準備を進めていた。
地球皇帝の就任式直前に、第三王女を殺害する。
刺客は、もう決まっていた。
と、偉そうに言うのは、少しおこがましいかな、とは思う。
なにしろ、向こうから申し出てきたのだから。
それも、どう考えても、あり得そうにない人物からだった。
けれども、そのこと自体、もう歴史がきちんと動いている証拠なのだ。
就任式は中止されるだろう。
歴史によれば、その就任式は、今の予定よりも一週間後に行われた事になっている。就任式は、平穏のうちに終わり、地球皇帝となったタルレジャ王国の第一王女による地球支配が開始されたのだ。
第三王女は、間もなくこの世から消える。確実に。歴史通りに。
細工は流々、第二王女は、皇帝就任を拒むことになるだろう。
これも、歴史によって証明されている。
第一王女は、当面皇帝にならざるを得なくなるのだ。
もっとも、彼女は自分の運命をすでに知っている。
だから、運命の時までには皇帝から退くべく計画するだろう。
そこが狙い目なのだ。
化け物は、結局は墓穴を掘る事になるのだから。
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アルベルトは、何もすることがなかった。
この地獄の地下の部屋は、まあ、悪くはない。
とは言え、テレビも、ラジオもなく、新聞もなく、電話もなかった。
食事はいつの間にか、きちんとやって来る。
変な言い方だが、本当にやって来るのだ。
あの光の生き物は、壁を五回叩けば、きちんと話し相手になりに来てくれる。
話の内容は、いつも大幅にピントはずれなのは、どうにも仕方がなかったが。
この部屋で唯一すごい事は、本棚だった。
アルベルトがこれまで見た中でも、けた外れに最高の図書館なのだ。
一体どれだけあるのか、実は分からない。
と言うのも、本棚の終わりがない、のだから。
本棚の端は、壁の中に消えて行っている。
ひっぱると、いくらでも向こう側から出てきて、反対側は、あっちの壁の中に消えてゆく。
きりがないのだ。
読みたい本の指定は、どうも出来ないようだった。出てくるものを読むしかない。
しかしだ、信じられるだろうか?
四千年近く前に、エジプトで書かれた書物。その日本語訳?
火星の小説家が三億年前に書いた小説?
同じく火星の『ユバリーシャ』という学者が書いた、『比較惑星芸術論体系』とかいう、ニ万ページにも及ぶ巨大な本の英語版。
金星のビューナスという”学者”が書いた『太陽の内部』という本。見たこともないような写真が並んでいる。
”想像”、いや”空想”、”虚構”の産物としか、言いようがないが、しかしそれにしては、統一された、あまりに立派な装丁の本が、ずらりと詰め込まれている。出版社は、すべて『地獄創造出版社』。
これを読んでいたら、すぐに老人になってしまいそうだ。
彼女と会える兆候は、まったく無かったのに。
彼はひたすら本を読み続けた。
読み切った本は、もう何百冊に達しただろうか。
けれど、彼が歳を取ったという兆候は、全く見えなかった。
彼女と会える兆しも、長い間、全く起こらなかったのだが。
ここに来て、いったいどれだけの年月が経ったのだろう?
彼が毎日24時間ごとに壁につけていた印から計算すると、すでに百五十年は過ぎているのだが。
彼女がまだ生きている可能性は、もうないだろう。
光を相手に、怒ったり、なだめたり、脅したり、すかしたりするのは、もう嫌になってしまった。
それからある日、彼は見た。壁に光が見えた。
真っ白な、まるで雪のような光だ。
やがて、平面であるはずの壁の、遥かに向こうの彼方から、人間が四人歩いて来るのが見えた。
いや、一人は何か変だ。
頭に角がある・・・・・ 鬼だ!
昔、あの幸子さんに呑み込まれた時に見た、その姿に似てはいるようだが、けれどもどうやらそれは男の鬼のようだった。
ああ、そうして、残り女性三人の内の一人は、彼女ではないか!
四人は、どんどん近づいてくる。
ついに、壁の中からその姿が浮かび出て、とうとう彼の目に前に、彼女がやって来ていた。
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世界中の池の異変に最初に気が付いたのは、当然の事だが、地獄長だった。
あすは地獄長を始めとした、新しい地獄の幹部達の就任式が予定されている。
各池の女神様たちも、謹慎中の幸子さん以外は出席することになっていたのだ。
彼は、アヤ姫様が消えてしまった病室の扉をそっと閉じて、指令室に向かった。
けれども、どうした訳か、誰もいなかったのだ。
「まいったなあ、みんな、サボってるのかなあ。」
地獄長(前人事課長)は、各地の女神様たちに連絡を取った。
しかし、誰にも連絡がつかなくなっていた。
困惑した地獄長は、新設された緊急回線を使って、女王様に連絡を取った。
「お久しぶりね。地獄長様。随分長く会わなかったわね。」
女王様の声だけが聞こえてきた。
姿は何故か見えないのだが・・・・
地獄長は、さらに戸惑いながら答えた。
「あの、女王様、池の女神様の誰にも連絡が付きません。どうなっているのか心配です。だって、あすは就任式ですから。女王様のご都合はいかがなのですか?」
「まあまあ、地獄長様、寝ぼけていらっしゃるの? 就任式って、何のことかしら? あなたが地獄長さんになってから、もう百五十年ね。あっと言う間だったわねえ。地上はすっかり変わってしまったわ。まあ、妹達がやった事だけどね。地獄も、今では、あなたの他には、もう十人ほどになってしまったのね。そろそろ、お互い幕を下ろした方がよさそうかなあ。そうそう、せっかく連絡してくれたから、明日会いましょう。二人だけの同窓会よ。私がそこに行くからね。じゃね。」
地獄長は、唖然として立ち尽くしていた。
翌日、地獄長の前に火星の女王様がやって来た。
その姿に、地獄長は 「あっ!」 と小さく叫んだ。
それは、間違いなく『不思議が池の幸子さん』だったのだから。
「お久しぶりい! お待たせしましたあ。はい、お土産ですよう。」
幸子さんの差し出した両手には、『お気楽饅頭の箱』が乗っていたのだ。
第十話・・・・・終わり
「私の永遠の故郷をさがして」第三部に続く・・・