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6(来てくれた)

   *


 その晩、母は珍しくきちんとした晩ご飯を作ってくれた。


 スープとサラダとオムライス。


 半熟気味で、色鮮かにふわふわして美味しそうだったけれども、母娘ふたりの食卓は、無言で空気の重さはいつも通りだった。


 どうしていいのか分からなかったのはわたしだけでなく、たぶん母も、もしかしたら父も同じ思いだったのかもしれない。


 翌日、わたしは普通に登校した。苅谷はやっぱりいなかった。

 何事もなくやり過ごせたのなら、苅谷はまた学校へ来るのだろうか。

 来られるのだろうか。


 昼休み、理科実験室の前を通ったら月齢カレンダーがあって、確かに今夜が三十日月に当たるのを知った。


 わたしは下校時刻間近になるまで学校にいた。


 運動部の掛け声と吹奏楽部の不協和音を聞きならが図書室で時間を潰して帰宅した。傾いた陽が空をオレンジ色に染めていた。


 家の直ぐ前までだらだらと歩き、ふと足を止めて今来た道を引き返した。

 学校をまたぎ、家とは正反対の神社へと向かっていた。


 人気が消えて民家がなくなり、雑木林をかき分けるようにして進んだ。

 途中、何人かのお年寄りとすれ違ったけれども、何も云われなかったし引き止められもしなかった。


 偶然 或いは必然か。苅谷はその境界を曖昧にした。


 苅谷はお社の中にいる。

 鳥居をくぐり、境内を突っ切り、真っ直ぐ向かった。


 空は深い藍色に変わっていた。

 キンとした静寂の中、そっと扉を開けると、ロウソクの明かりで染め抜かれた影が揺れた。


 浴衣みたいな白装束姿の苅谷は、昨日までのカラフルな私服から一転してモノクロームの世界に落ちたみたいだった。


 腕を後ろにし、全身を鎖で幾重にも縛られ、青く真新しい茣蓙の上に座っていた。


 わたしの姿を認めると、苅谷はうっすら微笑んだ。

 わたしは黙って中に入り、そっと扉を閉め、通学鞄を横に置き、向かい合うように座った。


「やぁ」苅谷は云った。「来てくれたんだ」


 太いロウソクが四隅に置かれ、煤けた空気の中に、かすかにお線香みたいなにおいが混じっていた。


 苅谷の横には素木の三方が置かれ、敷かれた白い和紙の上で、新品の剪定鋏が銀色に光っていた。

 それはまるで時代劇で見るような切腹の場を思わせた。


「万が一の時だって」わたしの視線に、苅谷は云った。「無茶だよね。この有様で」


 身体をよじり、南京錠のぶら下がる鎖に縛られた両手を見せた。袋は被せられておらず、その左手に小指はなかった。


「これからどうなるの?」

 わたしの問いに、さぁ、と苅谷は応える。「神様次第じゃないかな」


「わたしはここにいていいの?」

 再び、さぁと苅谷は応える。「いいんじゃないかな。ダメなら入ってこれないと思う」


「わたしに出来ること、ない?」

 苅谷はゆるゆると微笑み、ありがとうと云った。「一緒にいてくれる?」


 わたしは迷わずいいよ、と応えた。


 向かい合って静かに時間が過ぎるのを待った。


 苅谷は幾重にも身体に巻かれた鎖が邪魔で、居心地悪そうにもぞもぞと身体を動かしていた。

 じゃらじゃらと鎖がこすれ、ロウソクの作る明かりを鈍く弾いて、異様としか形容できない姿にされた彼女の為になにかしてやりたいと思った。


「苦しくない? 痛いところない?」

 大丈夫、と苅谷は応えたけれども、到底そうは思えなかった。


「重たくない?」

「重いよ」苦笑した。「でもこの重さは簡単に連れ出せないっておまじないの意味もあるんだって。パンクだね。中世かってーの」

 苅谷の言葉にわたしも苦笑した。「魔女扱いだ」

「火炙りでないだけマシかな。でもさ、魔女裁判ってどうしたって魔女にされるんだよね?」


「そうだね」目をつけられたら最後なのだ。「神様のくじ引きって、ひどいね」口にして、余りの残酷さに思い当たった。


「そうだよ」じゃらり、と鎖を鳴らして苅谷は僅かに身体を崩した。「理由なんてない非合理の集大成。爺ちゃん婆ちゃんたちは口を揃えてそう云うものだから諦めろって云う」


 ひどい、と口にしかけて言葉を飲み込んだ。


 云ったところでどうにもならないのだ。


 それでもわたしは思った。なんであんたなの?


「ババ抜きと変わんない。あたしの手元にたまたまたジョーカーが来ちゃった」唇を尖らせ、苅谷は捨て鉢気味に続けた。「だからまた指一本で勘弁して貰おうかなって思ったんだけど、気付いちゃった」


「何を?」


「残り八本あるんだ。今回、上手くやり過ごせても、これから先も続くんだ」


「……どうにかならないの?」


「一本で勘弁してもらえるなら、そうしてもらえって」ちらりと剪定鋏に視線を向けた。「いいわけないじゃん」吐き捨てるように苅谷は云った。「指の一本、二本ないひとなんて沢山居る。手がない人、腕がない人だっている。足がない人も身体が動かない人も、色んな人が沢山いる」


 苅谷は身体をよじった。鎖に引っ張られるかのように倒れかけて、わたしは支えようと身を乗り出した。

 苅谷はわたしの胸に飛び込む格好になった。

 硬くて冷たい鎖の下は、柔らかくて暖かな身体だった。


「無くてもいいだなんて大嘘だよ」カタカタと震えていた。「あったがいいに決まってるじゃん! なんでそんなの分かんないの!!」


 白装束の腰の下がさっと黒く濡れた。尿の臭いがつんとした。

 苅谷はわたしの腕の中で激しく嗚咽し、叫んだ。


「いいわけない! 納得できない!」

 剪定鋏の刃が明かりに反射して光った。「あたしの指、返してよ!!」


 涙と洟とでべとべとになった顔を上げ、お願い、とまるで血を吐くように声を絞り出した。

「終わらせて」


 濡れた瞳の中でロウソクの炎が揺れていた。


 願いひとつに指一本。


 わたしは息を止め、腕を伸ばして剪定鋏を掴んだ。


   ─了─


くさりて

作成日2013/06/21 10:07:29

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