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2(あーあ)

 その時だった。「チリトリ、こっちにある?」びっくりするくらい普通の声がして、お社の裏から痩せた男子が竹箒を片手に姿を見せた。「なにしてるの?」

 視線はわたしでなく後ろに立つ苅谷に向けられていた。「アキちゃん?」

 苅谷は何事もなかったように、やっほ、と呑気な返事をした。「みんなでサボってたよ」

「適当云うなよ」リーダー格が慌てたように異を唱え、「そんなことねぇよな?」他の男子に同意を求めた。

 痩せ男子は、まぁまぁと適当にいなすと、「お暇したがいいようだ」


 皆に片付けを指示して、それぞれに荷物を持たせると、まるで苅谷を避けるかのようにそそくさと神社を後にした。

 それは余りにもあっけなくてそっけなくて、わたしは糸が切れたようにその場にしゃがみ込んでしまった。


「あーあ」頭上で苅谷の抜けたような声を聞いた。「気にするなよ」


「バカっ」悔しくて惨めで、もっと酷い言葉で罵りたかったのに、涙と鼻水がそれをさせてくれなかった。

 漏らすなんて思いもしなかった。崩れた瞬間に緩んでしまうだなんて。


 わたしは膝を抱えてわあわあ泣いた。

 情けなさと恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

 泣いている自分がなにより惨めだった。


「悪かったよ」

 ひとしきり泣いて、ぐしぐしと腕で目と鼻を拭うあたしに苅谷は云った。「ここじゃナンだし、中に入ろ」

 苅谷はやっぱりポッケに両手を入れたままお社に昇り、靴を脱ぐと足で引き戸を開けた。

 わたしは湿った下着で制服を汚さぬよう、酷く無様な足取りでお社に入った。


 中は外と変わらず古くさくて黒ずんで、年月相応の変なにおい染みついていたけれども、妙に綺麗に掃除されていた。

 苅谷は再び足で戸を閉め、「予備、持ってるんでしょ?」

 ぐすっと洟をすすって、「何を、」

「ナプキン」

 ぐうと思わず唸った。

「濡れたところはそれで拭けばいいって。止血帯にもなる吸収力」

 わたしはため息をついた。替えの下着を持っていたのは不幸中の幸いだった。


 くるりと背を向けたのは、苅谷なりの気遣いだろうか。

 わたしは靴下を脱ぎ、汚れが他につかないように注意しながら下着をとった。

 血と混じって酷い有様のそれはたっぷり水気を吸って、ぼってり重たかった。


「あのさ」苅谷が後ろを向きながら云った。「あたしおねしょのクセがあってさ。毎晩おむつしてるんだ」

 そんな話はちっとも慰めにならない。

 わたしは鞄の中の巾着から新しいナプキンを取り出し、濡れた足を拭った。においがどうしたって惨めな気分にさせる。

 丸めて止めて、先のものと一緒にビニールのレジ袋に入れて口を縛った。

 下着を替えたところで情けない思いは消えなかった。


 神社を後にし、別れ際「悪かったね」苅谷はひとりですたすた歩き出した。

 わたしは家路をため息混じりにのろのろ歩いた。


 帰宅して、母が寝ているのを幸いに長らくシャワーを浴びて幾ばくか人間らしい気持ちを取り戻し、でも翌日、学校を休んだ。


 母が珍しく朝から外出していたので、ベッドの上でパジャマ代わりのスウェットとTシャツ姿でだらだらしていると電話が鳴った。

 無視を決め込もうとごろりと読みさしのマンガの続きに戻ったが、十回鳴っても諦めず、リンリンとうるさくがなり、渋々と負けを認めて部屋を出て、途中で切れたらこっちもキレるぞと思いつつ電話を取った。「はい?」


〝苅谷と申しますが、〟


 昨日の人間と同一とは思えない穏やかな声音だった。わたしの在宅を確認すると、


〝お見舞いにお伺いしたいと思って、〟


 妙にしおらしく、どうにも不気味だった。


〝ご都合悪ければまた後日にでも、〟


 面倒事なら後日でも同じだ。母がいないことをぼんやり考え、「いいよ」了承していた。


 苅谷は、今から向かうと電話を切った。

 受話器を戻した瞬間、玄関のインターホンが鳴った。

 まさかと思った一瞬のあと、子供のイタズラかと思うようなピンポンの連打。

 慌ててサンダルを突っ掛け外に出ると、門に頭突きしている女がいた。


「サボりいた」頭突き女が顔を上げるとピンポンが止まった。

「うるさい」不登校児に云い返した。


 苅谷は昨日と同じトレーナーパーカーを着て、裾に白レースをあしらった鮮かなボルドーのミニのフレアスカートに子供みたいなピンクとパープルの縞柄ニーソックスを合わせていた。

「お邪魔していい?」靴も昨日と同じものだった。

 ダメと云っても入って来たろう。「どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 苅谷はお腹のポッケから手を出さず、肘で門を開けて入ってきた。

 ドアを支えて中へと迎え入れ、リビングに通そうと思ったが考え直し、自分の部屋へ案内した。


「マンガ読んでたんだ」

 枕元のそれを見咎められたようで恥ずかしくなった。

 苅谷は勝手知ったる他人の家とばかりに小さな座卓のそばに置いてたクッションに座った。


「お茶、持ってくるから」

 わたしの言葉にお構いなくと云いながらも「ストロー、お願い」

 緑茶のペットボトルとグラス、コンビニで貰ったストローをお盆に乗せて戻った。

 苅谷はクッションの上でお行儀良く待っていた。

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